GW
五月二日、遠足の翌日。
授業は通常どおり。
今日は学活の時間に、昨日のことのレポートと、ペアで倒した狂人形の人形を提出した。
私たちの倒した狂人形の数は三匹。三匹ともレベル六だったこともあり、これはかなりの好成績だ。
今回の遠足での戦績は、一学期の成績に入る。学園生活序盤から、これはたいしたものだ。
……この成績はペアで一緒になるから、ほとんど白井のおかげなんだけどね。
当の白井は、私の隣の席でぐったりしている。見ようによっては、眠そうにも見える。
なんやかんや言って、頑張ってくれたんだ。ちょっと迷惑かけちゃったかな。
でも、安心するのだ白井。明日からは、待ちに待った…そう!
GWなのだから!
私は実は帰宅部。この学園には様々な部活があるが、根っからの面倒くさがりの私は、どれにも属さなかった。
習い事などでは、習字を習っていたぐらいだ。
部活などするものか。部活を始めたら、土日がなくなるじゃないか。私にはとても耐えられない。
寮にはゲームなどを持ち込めないので、休日は本を読んだり町に出かけたりして過ごしている。
ということで、私は前々からGWという至福のひとときを楽しみにしていたのだ。
さて、GWは何して遊ぼう。
実家に帰る?友達と遊びに行く?寮でゴロゴロする?特訓する?
どうしよう。考えるだけでにやけが止まらない!
でも、せっかく新しい友達ができたんだから、友達と遊びに行こうかな。ゴロゴロしたり特訓するのは、とりあえず封印。
流希ちゃんと筑紫ちゃん、GW暇かな。帰ったら聞いてみないと。
二人とはクラスが別だから、この広い校舎ではなかなか会えない。だから私は休み時間、同じクラスの友達と喋ることが多い。
友達はわりと多い方だ。
中学のときの友達はここにはいないけど、新しい友達がいてくれて、そこまで社交性の無い私にとっては喜ばしい。
皆んな裏表がなくて、優しくて、普通に接してくれて。
長い間家族と一緒に暮らすことがなかったから、皆んな家族同然に感じる。
私は幸せなんだろうな。
…早く帰って、二人と話したいな。
「乃愛ちゃんごめん!私部活があって…」
「私もです。すいません…」
流希ちゃんも筑紫ちゃんも、苦笑しながらそう言う。
そう、私は部屋の真ん中で、二人にGWのことを話したのだ。
…まさか二人とも無理だなんて思わなかったが。
「そうなんだ…。無理言ってごめんね」
いやいやいやいや納得できませんけどね!?
私のGW…。
予定があるのは仕方ない。私だけの都合じゃ迷惑をかけてしまうのは分かっている。
でもおぉぉぉぉぉおお!!!
「私、部活が無かったら乃愛ちゃんと遊べたのにな〜。でも、彼氏とかがいたら別だけどね〜。博也君とか博也君とか博也君とか」
「はぁ……私はそういうものには関心が無いので分かりませんが…」
「流希ちゃん、さらっとすごいこと言うね。特に最後」
流希ちゃんは熱狂な、白井……もとい博也ファンだ。
たまに、さらっとすごいことを言う。ちょっと怖い。
「君たちは博也君の良さが分かってない!」
いつもどこかおっとりしている流希ちゃんだが、白井の話になると、まるで別人のようになる。
「別に悪いとは思いません。彼の腕は確かですし。でも流希さんレベルでは……」
対して筑紫ちゃんは、恋愛系の話などには興味がないらしい。ましてや白井には。私もだが。
でも筑紫ちゃんの性格は、なんとなく白井に似ている気がする。同じではないけどね!?
「そもそも、あんなにカッコよくて強くてクールな男子なんか、いくら探しても他にいない筈だよ!それがこの学園にいるなんて、考えただけでもう………!」
流希ちゃんはうっとりとした顔で、必死になって白井の魅力を語っている。
私たち二人は、この話が始まると、いつもとりあえず相づちを打つ。お互い流希ちゃんのことは大好きだが、こればかりはついていけない。
「私はあいつあんまり好きじゃないけど……」
「ん?なんて?聞こえないよ〜?博也君は神だよね?」
私が何を言おうと、論破されます。
「そう…ですね」
「そこ、言葉に感情が全く入ってないよ!?」
筑紫ちゃんが死んだ目でそう言うと、それに対して、流希ちゃんは焦りながらツッコむ。
「ところで二人には、好きな人とかいないの?」
「いませんね。興味ないです」
「いないよ。だってさ」
「だって…?」
流希ちゃんの目が輝く。こういう話好きだよなぁ。
「男子は四十を過ぎてからじゃない?」
二人の表情が凍る。あれ、私変なこと言っちゃったかな…?
「乃愛ちゃん、まさかの……」
「うん、そうだよ。変?」
「ううん!ぜーんぜん!?変じゃないよ!」
表情が固いのは気のせいだろうか?
「だから良い人いないんだよなー。アニメとかではよく見るけど」
「そ、そっか」
なんか引かれてる…?
「そ、それはさておき。乃愛ちゃん、GW結局どうするの〜?」
完全にそのことを忘れていた。
今から連絡取るのも、ケータイ回収の時間がもうすぐだから無理だし、クラスの友達も皆んな部活に入っていたはず。
帰宅部とかいたっけか。
誰か、誰か!
いくら干物の私でも、長いGWを独りで過ごすのはきつい。
とりあえず、明日一日は寮でじっとしていよう。一日ぐらいは捨ててもいい。
「じゃあ、明日は独りでゴロゴロして、明後日から友達と予定合わせて遊びに行こうかな」
「そっか〜……あ、もうケータイ回収して寝る時間だ」
私たちはケータイを寮の回収場所に持って行き、部屋に戻った後、寝る準備をした。
「じゃあね、おやすみー」
眠い目をこすりながら、そう言う。
「おやすみ〜」
「おやすみなさい」
三人、同時に布団に入った。
布団に入り、完全に寝てしまう前。ふと、こんなことを思った。
明日は、町に出ようかな。
特に理由はない。でも、なぜかそう思ったんだ。
………あれ?なんかかなり重要なことを忘れてる気が…。
……ま、いっか。
「……はっ」
朝だ。ベッドから降り、カーテンを開けると、やけに天気が良く、雲ひとつ無い。お出かけ日和とは、このことだ。
起きたときには流希ちゃんも筑紫ちゃんもいなかった。部活、朝早いんだなぁ。
さてと、出かけますか。
支度を終えると、時計はもう十時を回っていた。私はすぐに、寮を後にした。
はぁ〜〜あったかい。春って、こういう気候がいいんだよね。どこに行こう。
迷ったときは希姫さんのお店に行くのが、いつもの町での過ごし方だけど、今日は行かないでおこう。
いつもと違う過ごし方も、きっと良いはず。なんだかウキウキして、道行く人たちの間を、思わず走り出してしまう。
充実感に浸っていると、小さな喫茶店の前にたたずむ、一人の女の子が目についた。
女の子は帽子を深くかぶっており、表情はよく見えないが、どこか暗い印象がある。長く綺麗な銀色の髪を後ろでうまく束ねていて、着ている白いワンピースがとても合う。大人びた感じがあるが、背の高さからして、小学三年生くらいだろう。
女の子の周りを見ると、保護者らしい人が見当たらない。一人で来た…わけでもなさそうだ。誰かを待っているか、あるいは迷子か。
「ね、どうしたの?」
心配なので、声をかけてみる。
すると、女の子はハッとして顔を上げた。
「……?」
透明感のある白い肌に、左右非対称の色をした澄んだ瞳。いわゆる、オッドアイ。
テレビや雑誌でも見たことのないような、容姿端麗さ。すごく可愛い。
「……何…?」
「え、あ、ああ………こんなところでずっと立ってるけど、どうしたの?」
上目遣いなのがまた可愛らしい。
「………さっき…はぐれたの」
やはり迷子だったか。
「誰と?」
「類…と」
「類?」
「……私の身の周りの……お世話して…くれる人…」
『類』って何のことかと思った。人の名前か。
身の周りの世話……執事とかかな?この娘、結構高そうな服着てるし。
「保護者さんだね。私が一緒に捜そうか?」
「…いいの?」
「うん、暇だし」
女の子の表情が、いっきに明るくなる。
「あ、えーっと…私は乃愛!君、名前は?」
「…雫……」
「雫ちゃんか、じゃあ行こ!」
二人で歩き出そうとした、その時。
「…あ」
「どうしたの?」
「類……来た」
私たちの前方から、息を切らして走ってくる、スーツ姿の青年の姿が。
それを見た雫ちゃんは、そちらに向かって叫んだ。
「類ー!」
「雫様、ご無事ですか!?」
青年は、私の目の前まで来ると、ニコッと微笑んだ。その穏やかな顔つきもあってか、こちらまで表情筋が緩んでしまう。
雫ちゃんが名前を呼んでいたのだ。この青年が、類だろう。
少しの沈黙がなぜか続いたが、この空気を変えようと、雫ちゃんが小さな声でゆっくりと口を開いた。
「乃愛がね、私を類のところに連れて行こうとしてくれたの」
たどたどしくそう言う姿を見た類…さんは、雫ちゃんではなく、私に向かって話しかけてきた。
「乃愛…様とは、貴女のことですか?」
「は、はい」
も、もしかしてこのパターンは!「雫様にお声をかけていただき、誠に感謝しております。この度は私めの不注意により招いたトラブルです。なにかお礼でもさせていただけないでしょうか」とか言われて大豪邸に連れて行かれて、すごいおもてなしを受けるというやつかもしれない!
これは憧れの高級タラバガニを口いっぱいに頬張れるチャンス…?考えるだけでお腹いっぱいだよ…。
ニヤニヤしながらそんなことを思っていた、その矢先。
「雫様に、少しでも触れたりしていませんよね?」
類さんの優しい目つきが一変して、ギロリとこちらを睨みつける。背筋に悪寒が走り、まるで蛇に睨みつけられている獲物のように、身体が固まってしまう。
これは、完全な敵意だ。
固まってしまった身体を動かすように、やっとの思いで声を出す。
「い、いえ……」
「……そうですか。なら良かったです。まぁ、本人に聞いた方が早いんですがね」
類さんはもとの優しい目つきに戻っていた。先ほどの強い敵意は、まるで感じられない。むしろ微笑んでいる。
「…類……行こ」
「そうですね。では」
え、もう行くの!?お礼無しに!?
私の期待返して…。
二人は私に踵を返し、私が向いていた方向と反対の方向に歩き出した。
私は呆然として、ただ立ち尽くしている。
「…あ」
歩き出していた雫ちゃんが、何かを思い出したかのように声を出し、こちらに振り向いた。
「どうされました?」
すぐに類さんも振り向く。
雫ちゃんは私の目をしっかりと見つめ、少し微笑んだ。
「さようなら。中真学園の、櫻井 乃愛さん」
「…え……?」
雫ちゃんはそう言い放ち、類さんと二人で、足早に去って行ってしまった。
なんで私の学園と苗字を…?学園の人……なわけないよね。高校生ではなさそうだし。どういうことだろう。忘れてたことを急に思い出したみたいに言ってたけど。
忘れてたことを思い出す?あ、そういえば!遠足のときに入ってきたあの魂、寮の二人に紹介するの忘れてた!あまりに存在感が薄いから…。
『悪かったのう、影が薄くて』
え?誰?
周りを見渡しても、私に声をかけている人はいない。でも、確かに声は聞こえた。
『儂、儂。今は脳内に直接話しかけてる』
脳内に直接?
道行く人々の邪魔にならないように、できるだけ道の端に寄り、耳に手を当て目を閉じる。すると、真っ暗な視界の中に、一人の古風な女性が。
「へぇ〜、こうやって話せるんだね」
『すごいじゃろ?』
女性は笑う。言葉は、脳内で考えただけで通じるようだ。
「で、急に出てきてどうしたの」
『儂はな、昔式神だったんじゃよ。…帰りのバスという乗り物でハクヤに聞いたが、今では操人形というらしいな』
女性の表情が、少し暗くなる。
「うん、乗り移られたときに、そんな感じはしたよ。あれ、今は違うの?」
『陰陽師……人形操士が死ぬと、操人形もともにか消えるのは知っているだろう?儂は凶人形どもとの戦いで主を失い、本来なら主とともに消える運命だったのじゃ』
そう、操人形の『死』とは、『術者である人形操士が死ぬこと』。人形操士が死ぬとすぐに、魂の宿らないただの人形に戻り、額のクリスタルが消える。
逆に言えば、『人形操士が死なない限り、操人形は戦い続けられる』のだが。
クリスタルを破壊するというのは、人形操士が操人形に送る力を一時的に遮断すること。人形は一度クリスタルを破壊されると、長くて三時間、短くて一時間は人形のまま動くことができなくなる。これは、常に人形操士から送られ続けている力を強制的に遮断した、反動によるものだ。
『じゃが儂はある狂人形に、それを阻まれたのじゃ』
「阻まれたって…つまり、死んでしまうところを救われたってこと?知性を持たないはずの狂人形にそんなことが……あ」
乗り移られた直後のことをふと思い出す。あそこにいた青年の形をした狂人形は確か言葉を話し、物事を考えていた。
狂人形と操人形には、共通して額にクリスタルがある。操人形のクリスタルの色は様々で、個体差があるが、黒のクリスタルは無い。それに対し、狂人形にあるクリスタルは黒のみ。あのときに見た人形には、黒く光るクリスタルがあった。だから、狂人形だと認識したのだ。
『お前はまだ死ぬなって言われてな。そしてあの神社にあいつとともに封印されたんじゃ』
「ところであの狂人形は何者なの?」
『…これは、お主には全てを知ってもらう必要があるな』
女性は目を閉じ、大きく息をする。そして目を開くと、力強い眼差しで言った。
『あれか。あれはな………『真の人形操士』なんじゃよ』