狂人形討伐作戦-⑤-
討伐作せ……否、遠足の帰りのことだ。
疲れた様子の者や、まだ元気そうに話をしている者が周りにいる中、俺は帰りのバスの中でふてくされていた。
隣にはキョロキョロと物珍しそうにあたりを見回す櫻井が。
こいつは、どこから誰がどう見ても櫻井だ。
真実を知っている俺でさえ、気を抜くと『間違え』てしまう。
そう、こいつは櫻井だが、櫻井ではないらしい。
どういうことか。それは、二時間程前にさかのぼる。
「そうか。儂は封印されてたのじゃった…ハハッ、いつの間にか何年もたったらしいのう。すっかり忘れておった。ところでお主は?晴明殿に似ているが、少し違う。おかしな着物?を着ているが、お主何者だ?」
「え、ええ?ああ…」
急に何者だと聞かれても、返答に困るのは必然だ。
つか、こいつがその『悪魔』という奴か。あの男が言っていたような、悪者には見えない。
悪者には見えないとは言ったものの、見た目は櫻井だが。
俺はとりあえず、名前などの軽い自己紹介をすることにした。
「俺は白井 博也。人形操士で、お前が今入っている身体は俺の連れだ」
『今入っている身体』と聞いて、偽櫻井(仮)は、自分の身体をまじまじと見る。
「そうだ、入っていたのを忘れておった。先ほどはうまく扱えなくて、攻撃を避けるのがやっとだった。『奴ら』を追い払ってくれたのだな。礼を言う。えっと……ハクヤ?」
「博也でいい。じゃあ、次はお前の自己紹介だな」
「自己紹介?」
「名前とか」
偽櫻井(仮)は、虚空を見つめて何かを考え始めた。
自己紹介くらい、さっとできないのか。
「名前は……なんじゃったっけ?」
「いや、逆に聞かれても困るが!?」
天然かっ!とツッコミを入れたくなる。
「名前は自分でも分からないが、簡単に自己紹介をするならば」
偽櫻井(仮)は、存在をすっかり忘れていた、石の台の方を指差した。
「あれが儂じゃ」
石の台の上には、先ほどの事件が起きた元凶である、あの小さな何かが。
近づいてよく見ると、それは土のようなもので作られた、フィギュアのようなものだった。
「じゃあ、お前は…」
「式神じゃよ」
え、そこは『操人形じゃよ』じゃないのか。
「式神?」
「なんじゃ、お主も陰陽師じゃろう?儂と同じ式神を使っておったではないか」
偽櫻井(仮)の話を整理すると、つまり、人形操士=陰陽師、操人形=式神ということだ。
かなり古い時代に封印されたのだろう。昔は人形操士を陰陽師と呼んでいたのか。陰陽師は陰陽師で別物だと思っていた。
にわかには信じ難いことばかりだが、偽櫻井(仮)曰く、そうらしい。
「納得はできないじゃろうがなぁ」
「ああ、簡単に納得しろと言われても難しいな。お前は自分のことを知らなさすぎるし」
「まぁな。……そうだ、封印を解いてくれた礼に、儂に出来ることならなんでもするぞ?」
偽櫻井(仮)に出来ること。
少し考えてみる。
俺ははっと、我に返った。
「じゃあまず」
「なんじゃ」
「お前は今他人の身体を乗っ取っているわけだ。で、その身体をもとの持ち主に返してやってほしい」
「いいぞ」
「そこ、もっと悩んだりしないものか?」
偽櫻井(仮)が、ゆっくりと目を閉じる。
「いち〜にの〜さんっと」
開いた櫻井の目は、もとの優しげな目だった。
今まで気がついていなかったが、偽櫻井(仮)時は髪が少し逆立っていたようで、髪ももとの髪型にもどった。
「びっくりした?」
「ああ、今もな」
意外にも櫻井は、自分が乗っ取られていたときのことをきちんと覚えていた。
さらに、乗っ取られることがさほど不快ではないらしく、平然としている。
「そうだ、この娘の名前考えてあげないと」
「いや、まずはここから出ようか」
この娘とは、偽櫻井(仮)のことだ。
俺たちは、その建物から出た。
出るときに気になったのは、入る前に感じた怪しげな雰囲気が消えていたことだ。
あれほどまで入り難かった建物だが、帰りにはとくに何も感じなくなった。
これも、あの男を追い払ったからだろうか。
建物からは、あっさりと抜け出すことが出来た。
「白井、なんかすごく疲れた顔になってるよ?大丈夫?」
櫻井がジャージのポケットから手鏡を出し、こちらに手渡す。
「すまん。……本当だ」
先ほどの戦いのせいだろう。鏡に映る自分の顔は、青白く、目もしっかりと開いていない。あの櫻井に心配されるのも、無理は無い。
戦い終わりの人形操士って、こんなに疲れているんだな。
「せっかくの男前なんだから、気をつけないと!」
「別に男前じゃない!」
「いいじゃんそんなことは〜。じゃ、ちょっと休憩でもしない?」
今まで気がつかなかったが、かなり喉も渇いている。
「…そうだな。弁当でも食べるか」
先ほどの建物を背に、地面の上にそのまま座る。
森全体の湿気が多いせいか、地面は若干湿っている。虫もいるので、少し不快だ。
だが、そんなことばかりは言ってられない。
櫻井の方を見ると、もうすでに弁当を膝の上に広げ出していた。早い。
じゃあ、俺も。
背負っていたリュックを下ろし、弁当を取り出す。取り出す。取り出………。
無い!?朝バスを降りた後に先生から配られたはず!
…いや、櫻井のことで頭が一杯で、もらうのを忘れてた気が……。
一応言っておくが、櫻井のことで頭が一杯っていうのには、深い意味は無いぞ。決して。
どうする!?俺。
腹がへった…だが仕方ない。水はあるし、我慢するか。
「白井、食べないの?」
櫻井はまだ割り箸を割ったところだった。
「もしかして忘れたの?」
「それは…ない!」
「じゃあ早く食べれば?」
「う…」
櫻井はニヤニヤしながら飯を口に運ぶ。
羨ましくなんて…ないんだからな……?
「忘れたんでしょ」
…意地を張り続けてもしょうがないな。
「そうだ。そうだよ」
俺はふてくされてうつむく。
「…分けてあげてもいいけど」
フン、何を今更。
一瞬櫻井が天使に見えたのは、とんだ見間違いだろう。
俺がそんなことに同意するとでも?
「分けるなら半分は欲しいものだな」
「いや、半分は無理」
同意するに決まっているだろう。
「ちょっとならあげれるよ。でも、食べる手段はどうしよう」
俺の分の割り箸なんて無いからな。手で食べるわけにもいかないし。
櫻井が、米を少し箸で掴み上げる。そしてそれの下に手を添え、こちらに差し出してきた。
これはまさか。
「はい、あ〜ん」
なん………だと……?
櫻井の笑顔が眩しい!そして少し上目遣いなのがまた……。
いやまて、そもそも櫻井は俺の彼女でもないし、友達でもない!(と、信じている!)
俺が、そんな奴の誘いに乗るとでも?
「…あ……ああ…りがとう」
さすがに、このシチュエーションには乗らざるを得ない。
あたりに誰もいないのをしっかりと確認し、差し出された米を食べる。
認めたくはないが、これを嬉しく思う自分がいる。
…それにしても、櫻井のこんなに明るい笑顔はまだ見たことなかったな。
可愛…くなんかないぞ。ないない。いや、可愛い。え、可愛い?
「美味しい?」
「……」
「無視ですか」
「あ、ああ!美味しかった!」
しまった、俺は櫻井に見惚れていたのか…?
飯を食べ、俺たちはバスへともどった。そのときは、すでに集合時間ギリギリだった。
そんなこんなで、俺は今帰りのバスの中にいる。
バスへと向かう途中、櫻井は偽櫻井(仮)に変身(?)した。
櫻井に理由を聞くと、「この娘バスとか乗ったことないみたいだから。いろいろ見せてあげて」だそうだ。
そもそも偽櫻井(仮)って、あの口調で女子なんだな。
ハクノア(博也×乃愛)がえらいことに…!
ちなみに乃愛の見せた満面の笑みには、深い陰謀が隠されているのです(棒)