狂人形討伐作戦-④-
青年は俺の表情をうかがいながら、まるで心を読んだかのように話しかけてきた。
「いまいち分からないって顔だな。つまり、『そいつの中に今入ったやつ』の封印が解かれないようにしてんの。『そいつ』は他の生き物の体に自分の魂を移すことができてな。今その娘はその娘じゃない。他のものが乗り移った、違う生き物だ。俺は、それが人間に悪さををしないように見張っているんだよ」
櫻井に違う生き物が?
「じゃあ『そいつ』とやらは、なんなんだ?」
「悪魔だ」
青年は即答した。そのどこか暗い表情からうかがえるように、『そいつ』に、深い恨みのようなものがあるようだ。
「やつは俺たちを滅ぼそうとしたんだ。やつを封じ込めて、俺たちの暮らしの安寧を守るのが、俺の使命だ」
まだよくわからないが、そういうことらしい。
「なるほどな。じゃあこいつからその悪魔とやらを出してほしい」
「そうだな……なっ!?」
その瞬間、櫻井が青年の顔に向かって、物凄い勢いで殴ろうとした。
青年はとっさに身を翻し、すんでのところでその攻撃を避ける。
よく見ると、櫻井の目は殺気に満ち、表情が変わる様子が全くない。
「チッ……こいつ、本気で俺を殺そうとしてるな。新しい身体に慣れてないからあんまり動けないようだが。なら」
青年は服のポケットから白いものを二つ取り出した。よく見ると、それは人間の形をした人形のようだ。
その人形を両手に持ち、前に手を伸ばす。
青年は、呪文のようなものを唱え始めた。
「狂人形…?」
すると人形は、二体の大きな操人形………否、クリスタルが黒く光る、狂人形と化した。
普通人間には、狂人形を操ることなどできないはずなのに。
「やれ」
狂人形が櫻井に向かって腕を振り下ろす。櫻井は間一髪でそれを避けたが、バランスを崩し転倒する。
櫻井は、人形操士といえど人間。狂人形の強烈な攻撃を一度でも受けてしまうと、ただではすまない。
「なっ…お前、悪魔とやらを倒すだけなんじゃなかったのか!?」
二体の狂人形は、櫻井に向かって何度も何度も攻撃を繰り出す。
櫻井は攻撃を避けるばかりで全く戦おうとはしないが、なかなか危なっかしい。
「ああ。だから、そいつごと殺すんだよ。それが一番手っ取り早い」
俺はその言葉に憤りを感じた。
「お前、何言ってるんだ?」
思わず人形を取り出し、手に握りしめる。
「意味の分からないのはそっちだろ〜?……って、お前まさか人形操士?」
俺の人形を見た青年は、表情を曇らせる。
「そうだ」
「っへぇ〜そうなんだぁ。これはこれは、人形操士さん」
青年は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「じゃあ、お前も殺さねぇとな」
青年はどこからか刀を抜き、こちらに向かって斬りつけてきた。
俺はとっさにルトナを操人形化させたため、防御されて相手の突然の斬撃にどうにか対応することができた。
「当たらなかったか。いや〜でも、操人形なんか久しぶりに見たな。ああ、忌々しい」
「忌々しい…?」
「人形操士はさ、操人形を使って狂人形と戦うだろ?俺たちはその逆で、昔とある人形操士どもに滅ぼされかけたんだよ。間一髪で逃れたがな」
じゃあ、お前は一体何者なんだ?
そんなことを言う暇も無く、相手は先手をうってきた。
ルトナが攻撃を受け止める。ルトナは鉄でできているため、通常の攻撃はほとんど通らない。
後ろでは、櫻井と狂人形が戦っている。
「なんだ、後ろを気にしてるのか。安心しろ。あの娘もどうせ人形操士なんだろ?あいつは俺の狂人形がちゃんと殺ってくれるさ」
「…させるものか」
ルトナが小さい銃を両手に一つずつ持ち、連射する。しかし相手の動きは想像以上に素早く、一撃も浴びせられない。
奥義を使うか否か。
一度奥義を使うと操人形には大きな負担がかかり、使った後に人形状態に戻ってしまったり、人形が急に意識を失うことがある。
一日に一度くらいが限界だ。
ルトナの奥義『雷帝の銃』は、放った銃弾の形や動きを十秒間自在に操ることができると同時に、強い電流で相手を麻痺させるという技。
これは便利な技だが、先ほど使ったばかり。ルトナの体力が持つか分からない。
考えているうちにも、戦いは続いている。櫻井もルトナも、そろそろ疲れが出てきたようで、ダメージが増えつつある。
これは一か八か、やってみるか…。
やらないで後悔するよりは、やって後悔する方がマシだ。
「ルトナ!奥義だ!」
「え、ええ?本日二回目ですよ!?」
「時間がない…!奥義発動!!!」
ルトナのクリスタルと瞳が光り、青年と距離をとりながら銃を構える。
「雷帝の銃!!」
光輝く銃弾は、まず青年の右手首を貫いた。
「がっ……!」
青年は刀を床に落とし、苦しげに右手首を抑えた。
さすがに人間を殺すわけにはいかない。それを思って、武器を持つのに必要な、手首だけを狙った。
しかし。
青年の手首からは全く出血せず、傷口はまるで布が破れたようになっていた。
これでは、まるで人形じゃないか。
「お前……それ…」
奴は狂人形なのか?いや、狂人形なら知能はほとんど持たないはず。
なら操人形か?…違う。操人形なら撃たれても痛みは感じないし、人形操士が近くにいる。
「っ……!」
青年はかなり焦った顔で、すぐさま二体の狂人形をもとの人形姿にもどした。
「……また会おう…今度は絶対殺してやるからな………!」
そしてその瞬間、姿が消えた。
俺はその後、少しの間あっけにとられていた。
我に返った後、すぐに櫻井のもとに駆けつけた。
櫻井は、冷たい床に疲れた様子でで倒れている。
「大丈夫か!?」
「う……ぅぅ…」
櫻井は、頭を抑えながらゆっくりと身体を起こした。
大丈夫そうだと確認した後、ぐったりした様子のルトナを人形にもどし、カバンの中にしまった。
「こ…こは……」
「ん、どうした?」
櫻井は大きく伸びをした。
「なんじゃかよく寝た気がするのう。儂はどうしたものか…」
「そうか…………って、は?」
それは確かに櫻井の声だった。しかし、声以外は全く別物だった。
「ん?なんじゃ?お主は」
俺は櫻井の目をよく見る。
その目はいつもの櫻井と違い、鋭く、覇気を感じられるものだった。
「お前は……誰……だ…?」
「儂か?」
櫻井ではない『何か』はあたりをキョロキョロと見回す。
「って、なんじゃこりゃああああああああ!!!」
『何か』の声は、耳が痛くなるほど大きかった。