狂人形討伐作戦-②-
俺はふと思い出す。
「狂人形レベル確認装置使うの忘れてたな。レベルは……六…か」
俺は走りながら、櫻井のいる方に振り向く。
あいつの操人形は、巨大な狂人形の足を少しずつ切り刻んでいる。狂人形の行動に必要な足を崩し、その後弱った相手のクリスタルを俺が貫き、倒すという作戦のようだ。
これは、狂人形を複数人で倒す際に、最も用いられる方法。あいつも、ちょっとは成長したか?
「……あ……あいつら…!」
あいつの操人形は、動きは速いが、そこまで攻撃力は高くないらしい。攻撃に夢中になっていたようで、狂人形に捕まっていた。
その操人形は、狂人形の手の中で苦しそうにもがいている。このままでは、クリスタルごと握り潰されてしまうかもしれない。
しかし、操人形は無理矢理狂人形の手を武器で切り開き、苦しそうな様子で地面に転げ落ちた。あの高さから落ちたのだから、布製のもろい操人形なら、クリスタルにひびが入っていてもおかしくない。
不安ながら、俺は高い木の上によじ登った。もちろん、俺の操人形、ルトナも連れて。
森自体の湿度が高く、木の表面がかなり湿っている。木に登るだけで一苦労だ。手に棘がささることも多々ある。
やっとの思いで見晴らしの良い枝の上まで来ると、俺はルトナに指示し、例の狂人形に向けて、銃を構えさせた。
ルトナの銃はかなり重く、その分相手のクリスタルを狙いやすいうえに、威力も尋常じゃない。
「ここで奥義発動するか?」
「はい!トーラ様も大変なようなので、早く決着をつけちゃいましょう」
ルトナは銃のスコープを慎重にのぞきながら、心配そうにそう言う。
櫻井の操人形の、トーラとやらが戦っている場所は、今俺たちがいる木の上から、だいたい三百メートルほど離れている。
奥義を使えば、銃弾は五百メートルくらいなら余裕でとどく。まあ、ルトナの人形のタイプも関係しているはずだが。
そんなことをしばらく考えていたが、ルトナがなかなか相手を撃たないことに気がついた。
「どうした?」
「相手の動きが活発なので、うまくクリスタルを狙えないんです。…しかも、トーラ様がいて…」
三百メートルも先の戦う様子は、眼鏡をかけていても、俺には確認することができない。
「ちょっと見せてくれ」
ルトナに一言かけ、銃のスコープをのぞく。そこには、激戦の様子が。
「は!?」
トーラは三匹もの巨大な狂人形に囲まれ、かなりの苦戦を強いられている。櫻井は……ここからは見えないが、これほどの激しい戦いだ。少なくとも、無傷ではないだろう。
どうする?自分。焦るな。考えろ。
「…連射だ」
「え?」
「できるだけ連射に近い速さで発砲するんだ。あの狂人形どもに向けて」
「でも、クリスタルは狙えません」
「狙わなくていい。とにかく撃つんだ。……俺は狂人形のもとにまた戻る。ルトナは五百数えたら発砲を止めて、こちらへ向かえ」
「…?は、はい!」
木を滑り降り、雑に地面に着地する。右肩から着地してしまったので、少し傷めたようだ。
その後すぐに、木の上から何度も発砲音が聞こえた。俺は安心した。
その発砲音を背に、森の中を駆け抜けた。
櫻井たちのいる場所に着いた。そこには、三匹の狂人形と、それと戦う操人形。
トーラは、首から肩にかけてが大きく裂けており、まともに戦える状況じゃない。
ところで櫻井は……?
狂人形が腕を振り回すごとに、こちらまでとどくような強風が吹く。
その風に押されながらも、俺は櫻井を探す。あいつのことだから、むしろ心配だ。
「あれは…!」
狂人形が戦っている場所から、少し離れた木の影。そこには、櫻井がうつむいてしゃがみこんでいた。
そこに駆け寄ると、櫻井は顔を上げた。
「どうした!?」
「トーラに…ここにいてって言われて……」
櫻井曰く、ここで狂人形をやり過ごせと言われたらしい。
俺は、今のトーラの状況を伝えた。
「…このままじゃだめだ。トーラを助けに行かないと。大事な、自分の操人形だろ?」
「うん…」
「じゃ、行くぞ。走れ」
俺は櫻井の手を引き、先ほど来た道を引き返した。怪我をした場所が、足でなくてよかった。
櫻井が時々つまづいたりしたが、たぶん大丈夫だろう。
俺が心配なのは、櫻井の心配そうな表情だった。
例の場所に着くと、トーラはまだ必死に戦っていた。
俺は、トーラに声をかける。
「トーラ!」
「なっ…白井 博也…と乃愛様……なんでしょうか!?」
地上で、武器を振り回し続けていたトーラが、こちらに目を向ける。そして攻撃を止め、こちらに向かって走り始めた。
…そのとき。
「ま、まて!後ろ!」
「え…?」
一瞬で、トーラの体が持ち上がる。狂人形に、頭を握り潰されながら。
「が……ぁ………」
狂人形の手の中から、低い声が聞こえる。
「トーラ!!!」
俺の横にいた櫻井が、そう叫ぶ。
ルトナの連射で弱っていた狂人形の、突然の一撃。狂人形は、にやりと笑みを浮かべる。
ガラスのような物が割れる、耳をつんざくけたたましい音。森全体に響き渡った。
櫻井は目を瞑り、手で顔を覆う。
クリスタルの破片が周囲に飛散する。
「櫻井、よく見てみろ」
櫻井は顔を上げ、狂人形の方を見る。
しかしそこには狂人形の姿はなく、地面に倒れこむトーラの姿が。
「…?…」
櫻井があまりにも不思議そうな顔をしていたので、トーラのもとに落ちている物を拾い上げ、しっかりと見せてやった。
「死んだのは狂人形。俺の作戦どおりだよ」
俺が拾い上げたのは、人形姿に戻った狂人形。いや、死んだ、という表現は少し違うか?
櫻井は、頭の中がかなり混乱しているようだ。
「あとは俺たちに任せろ。残りの狂人形は片づけておく。ちょうどルトナも到着したしな」
「五百数え終わりました。そして、狂人形を一匹倒しました!」
息を切らせて走ってきたルトナは、嬉しそうにそう言った。
「では、始めましょうか。狂人形さん、あなたの相手はこっちです!」
ルトナが銃を構える。
その目は、まるで狩人のようだ。
「奥義、発動ですっ!『雷帝の銃』!!!」
銃の先から、黄色い光が目にも留まらぬ速さで放たれる。その光は、狂人形のクリスタルを一瞬で貫いた。
「まだまだ!あと一匹ぃ!」
すると先ほどの光が、意思を持っているかのように、くねくねと自由に動き始め、もう一匹の狂人形をも貫いた。
「す…ごい……」
櫻井が小声でつぶやく。俺にはそれが聞こえていたので、それに返答した。
「まあ俺たちは、人形操士全国大会優勝者だし」