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イン×プリ  作者: リゼ
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旦那様の苦悩 3

 

 妻が見立てて用意してくれた、という雪遊びに備えた防寒用の衣服に着替え。裏庭の降り積もった雪の中に立った私は、寒風吹き付ける雪面にあって、冷気を大いに遮断する衣服、その暖かさに感心する。ああ、確かに私よりもこと服装センスに関しては妻の方が優れているのだな。


「あなた、お待ち下さい。

雪遊びの開始には、手順があるそうですわ。まずはこうして助走をつけて……」


 いつになく浮き立っている様子の奥方に、呪いによる熱がグラグラと腹の奥底に溜まり始めているというのに、何も知らない彼女は数歩後退り……とととっ! と駆け足で、裏庭に佇む私に目掛けて躊躇なく飛び込んできた。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 ここで、勢い良く幅跳びを決めた妻をなんなく支えてやれれば良いのだろうが、あいにくと今現在の私は、日々、妻が何気なく、あるいは全く頓着なく繰り出すしどけない仕草や姿に触発されて発動する呪いに常に苛まれ蝕まれ、寝不足気力不足に体力不足の身の上である。

 咄嗟に妻を抱え込みこそ出来たが、そのまま雪面にドサッと倒れ込んでしまった。背中はヒンヤリしているが、妻を抱えている胸は熱い。


「こ、こうしてまずは雪に飛び込むものだと、わたくしのメイドが言っておりましたわ」

「……驚いたけれど、確かにこれは踏み荒らされていない雪の上でしか出来ないね」


 詳しく聞き出してみると、妻付きのメイドのうちの片方、ボケーッとした雰囲気の金髪メイドの助言らしい。

 私に抱き止められながら、妻は楽しげにクスクスと笑い声を漏らしているではないか! これは、妻付きのメイドの給料は上げておくべきだろう。


「私は雪遊びをした事が無いのだけれど、君のメイド達は他にどんな遊びをするって?」

「ええ。次は一緒にスノーマンを作りましょう、あなた」


 彼女は私の腕からむくりと起き上がると、手袋に包まれた手の平で、新雪を地面と平行に押し始めた。……それは、道具を使って行う雪かきの動きなのでは……?


「おかしいわね。押していけば丸く大きくなると言っていたのに、ちっとも丸くならないわ」

「最初に雪玉を丸めて固めてみたらどうかな?」


 見るに見かねた私は、手近な雪をギュッギュッと丸めて雪面に置き、押してみる。転がった分だけ雪玉に雪が付着して膨れ上がっている様子を見て、妻は「まあ」と、両手を叩いた。


「あの子が言っていた、中心部の芯が重要とはそういう意味だったのね。

あなた、わたくしの方があなたよりも大きな雪玉を作ってみせますわ!」


 妻はビシッと私に向かって手袋に覆われた手を突き付けて宣言し、固めた雪玉を懸命に転がし始めた。確かに大きくはなっていくが……彼女の転がす雪玉は、球体ではなくバームクーヘンを連想させる形状になりつつある。

 それよりも君、「中心部の芯が重要」とは……君付きメイドのもう片方、キツい目つきで舌に毒を含ませる黒髪の娘さんは、いったい何を吹き込んだんだい?


 大方の予想通り、丸い球体を形成出来なかった妻が作った雪玉を、私の作った雪玉の上に乗せる。……微妙にバランスが悪いので、転げ落ちないように無理やり上から抑えつけた。

 お次はスノーマンの顔になる部品探しである。私は雪が積もっている林に向かって歩き出しながら、妻に手袋を身に付けた手を差し出した。彼女は嬉しそうにいそいそと、手袋に包まれたそれを私の手に重ねる。

 ああ、手袋越しだというのに、周囲は雪が積もって寒風が吹き付けてくるというのに。どうしてこんなにも、繋いだ手や胸が熱いんだ。


「あなた、スノーマンのお顔って、どういう物を使うかしら?」

「そうだね……二頭身の顔……私が以前通りがかりに見掛けたのは、確か……鼻が長かったような気がするけれど」


 冬の背景の一部として、意識の端に引っ掛かっていただけの、子どもの遊戯でしかない雪人形の詳細など、思い出せもしない。商人としての観察力の不足に、歯噛みする思いだ。


「わたくしとあなたの、創意工夫の力が試されるのね」


 私がそうやって自らの不明に恥入り、思考が後ろへ向かい始めると、彼女は容易く向上し前を向く発言を口にする。そう、結婚以前から。

 ……どれほど妻本人が、『記憶を喪う以前と今の自分は別人』だと主張しても、私にとって彼女はどちらも同じ心根を持つ同一人物だとしか思えないのだ。


 妻と二人、林で拾い集めてきた落とし物達で、スノーマンを飾り立てる。拾い集めの最中、様々な形状の石を妻が持参の袋にせっせと大量に詰めていくのは何故なのかと思えば、変わった形の石でスノーマンに愛嬌ある表情を表現したかったらしい。

 天真爛漫な妻の、スノーマンの手に見立てた枝の豪快な突き刺しっぷりに私は内心慄きながらも完成させ、次なる雪遊び、雪合戦に移る。本来、これは二人ではなく多対多で競い合う遊びだと思うのだが、妻はやる気満々だ。


「あなた! わたくし、今度こそあなたに完全勝利してみせますわ!」


 裏庭の真ん中に線を引き、互いの陣地にて向き合った妻は、戦い開始前に先んじて製作した手製の雪玉を手に、ビシッと手袋に包まれた手をまたもや突き付けてくる。……親指以外の四本指は、一つの袋状になっている手袋なので、正直、神聖なる戦い前の宣誓とは、何かが異なる雰囲気が漂う。


「では、勝負開始だ」


 私達は、多対多のチーム対抗雪合戦を見た事も参加した事も無く、雪合戦のルールなどまったく分からない。ましてや一対一の投げ合いなど。

 よって、簡単に話し合って決めたルールに則り、雪玉を投げ合うゲームになった。互いの陣地内を動き回り、お互いに雪玉を投げて相手の雪玉を避ける。三回当たったら負け。実に簡単だ。

 この勝敗如何によって、彼女の夫としての私の真価が問われるに違いない。私は特大の雪玉を振りかぶった。


「ああっ、あなたの背後に冬眠から目覚めた熊がっ!?」


 そこへすかさず、陣地の後方、予備の雪玉を置いてある地点へと後退った妻は、私の後方を指し示しつつ注意を逸らしに掛かるが……ここは、城壁に囲まれた都のど真ん中にある、富裕階級の都民が暮らす住宅街に建つ屋敷の裏庭である。我が家の雑木林に住んでいるのは小動物程度で、甚大な被害をもたらす大型動物は隠れ住んでいようはずもない。


「えい」

「きゃあっ!?」


 取り敢えず私は私の背後を指し示す妻に取り合わず、陣地の境目に駆け寄り妻に近付くと、立ち止まっている彼女の履いているブーツ目掛けて両手に構えた雪玉をひょいひょいと投げつける。止まっていたせいで回避が間に合わず、妻は二つとも私の雪玉を受けてしまった。


「動揺を誘う口撃は最高の絡め手だと、あの子は言っていたのに……わたくしの夫は、ただものではないわ……!」


 恐ろしい事に、どうやらうちの奥方のこの驚愕は、彼女の本心からの声であるらしい。

 うちの奥さんの世話を、あの個性的な二人のお嬢さん方に任せていても本当に大丈夫なのだろうかと、妻との結婚以来、もう同じ気持ちを味わうのは何度目だか数える気にもなれない不安が、私の脳裏を過ぎる。過ぎるのだが、肝心の奥方本人があの二人を殊の外気に入り可愛がっているせいで、私にはどうする事も出来ない。


「さあ、奥さん。これで私の先制点二ポイントだ。もう後が無いね?」

「あら、そう言うあなたは両手の雪玉を使って投げてきましたから、お手持ちの雪玉が無いではありませんか!」


 余裕な態度を見せてプレッシャーを掛けようと目論んだが、私の妻はとても前向きな人だった。なるべく後方へ退避しようとする私の逃げ道を塞ぐように、次から次へと雪玉を投げつけてくる。しかも、彼女が投擲してくる雪玉の速度は妙に速い。


 ただでさえ足下は雪が積もっていて、スムーズな足運びに適さない戦いの場。防寒と雪遊びに備えて水分の染み込み対策が施された服装は、普段よりもモコモコと着膨れて機敏な動きが取りにくい。反撃して隙を突こうにも、足下の雪を拾い上げようと動きを止めれば、妻からの直撃を食らってしまうだろう。そこをすかさず追撃されれば勝負は決まってしまう。


「くっ!?」

「おほほほ! まずは一撃!」


 お陰で、陣地の半分ほど後退が叶った時点で妻の雪玉の直撃を受けてしまった。うちの奥方はなかなか筋の良いスナイパーであり、戦術家だ。

 だが、問題はそこではない。私は両手を上げて、次なる雪玉を構える妻を押し留めた。


「ちょっと待った、奥さん!」

「なあに、あなた? わたくしにはかなわないと悟り、降参なさるのかしら?」


 私は、自分の身体に当たって砕けた雪玉の中心部から出てきたそれを掴み上げ、妻に突き付けた。


「雪合戦で、雪玉の中に石を込めておくのは反則だ……!」

「あら?」


 怪我をしたらどうするんだ!? と、真剣に叱りつける私に、妻も神妙な表情でお説教を受けていた。どうやら妻が石を拾い集めていたのは、大半が雪玉の中に詰めておく為の石だったらしい。

 ……彼女にこんな誤った雪遊びのセオリーを吹き込んだあのメイド達は、しばらくの間減俸処分にしよう、と私は心から誓ったのだった。



 主に妻が大はしゃぎした雪遊びを終え、冷え切った身体を温めるべく暖炉の前で二人、ラグの上に座って一枚の毛布にくるまり、スープを飲む。彼女が初めて作ってみた、というそのスープは、身体の芯から温めてくれるようだった。


「……むにゃ……」


 昼間、騒ぎ過ぎた反動だろう。妻はスープを飲み終えるなり、疲れから私の膝を枕にうとうとと微睡み始めてしまった。

 念の為に、妻の手足が冷えていないかと確認してみるが、とくに問題はないようだ。

 毛布からはみ出ている身体が冷えては一大事と、私は妻を起こさないよう慎重に抱き上げて抱え込み、彼女の頭を私の肩に寄りかからせた。

 夕食が出来上がるまで、このまま寝かせておこう。


「ん……」


 妻が何か寝言を漏らしているが、きちんとした言葉にはなっていない。私は毛布を手繰り寄せて、彼女の髪の毛を指先で梳きながら暖炉にくべた薪が炎にはぜる様を眺めていた。

 昼間の雪遊びは驚くほど呪い緩和に効果があったようで、今夜は身体への負担が殆ど感じられない。今宵は久々に、ゆっくりと休む事が出来そうだ。


 そうして何気なく、ちらほらと雪が舞い始めた窓の向こうを見る。薄暗い宵闇に沈む不格好なスノーマンは、こうしている今も皮肉げな笑みを浮かべて我々を見守っているに違いない。


 ……約束された輝かしい栄光に満ちた未来を棄てさせ、自らの運命を狂わせた女を、それでも尚、あの騎士は手放せなかったように。

 恐らくは私もまた、この女と道を違える選択を選ぶ事が出来なくなってしまったのだろう。

 雁字搦めに捕らわれたこの呪いが、いつか解ける日が来たとしても。

 彼女が記憶を取り戻しても、喪ったままでいても。


 ただ、たとえこの先誰が忘れ去ってしまったとしても、私だけは決して忘れないでいようと思う。

 私に呪いをかけ、凍り付いていた心を動かし始めた、私の婚約者だった彼女の事を。


 紛れもなく、あの女は私のもう一人のファムファタルなのだから。



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