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足跡  作者: 皐和
第二章/小学生と一匹わんこ、見参なり
9/11

その九/脱出大作戦

……言ってしまった。


土方さんは眉を寄せた。


それに、心臓が尋常じゃないほどドキドキ言っている。


殺されるかな。


どうしよう。


僕はもう、不安で不安で仕方がなかった。


だけど……。



「そうか」



土方さんはそれだけ言って、また自分の仕事に取り掛かっていった。


僕の頭に、点々と疑問符が増えていく。



「あ、の……何で、疑わないんですか?」



目の前にいるのは、後の新選組副長、土方歳三。


鬼の副長と呼ばれた土方さんは、どうして僕を疑わないんだろう。


だって、もしも逆の立場だったら。


いきなり僕の目の前に人が現れて、未来から来ましたなんて言われたら……


僕だったら、信じる事は到底できない。



「目が違うからだ」


「目……?」



目が違うって、どういう事だろう。



「……“今は”信じる。だが、怪しい素振りを見せたら、次は斬る」


「……!」



あぁ……そうだ。


ここは僕がいた平成時代とは、180度違うんだ。


忘れてはいけない。


土方さんももちろん、腰には刀を付けている。


その刀は、僕の時代にある、偽物の刀ではない。


おもちゃ屋に売っているような、子供が振り回すちゃんばら用の刀でもない。


本物なんだ。


人を斬る……殺す為の道具にすぎないんだ。


怖くなってきた。


早く、ここから出たい──。



「お前は今日から、俺と同じ部屋にいろ」



それなのにどうしてこうなるんだろう。


……どうして、こうなっちゃったの?


涙が出てきそうだ。


タイムスリップなんか、しなきゃ良かった。


興味本位でしてはいけない事だったんだ。


これは……お母さんやお父さんに謝らなかった、罰なのかな?


ぽんたをぎゅっと抱きしめる。


だけどぽんたは、やっぱり分かっていないようだった。


今、すごく危険な所にいるってこと。



「その服装も、どうにかしねぇとな。……為三郎に借りるか」



為三郎……?


誰だろう。



「ここに住んでる、お前と同じくらいの年の餓鬼だ。だから、服くらい貸してくれるだろ」


「あ……そうなんですか」



同い年くらいの子供がいる。


その事実を知り、少しホッとした。


だけどやっぱり──。


……決めた。


なんとかして、ここから出ていこう。


そうだよ、僕はお父さんにもお母さんにも気付かれずに、家から飛び出して、しかも青い池にまで行ったんだ。


だから大丈夫。


あの時と同じく、今日の夜中に決行しよう!


すると土方さんは立ち上がり、すたすたと歩いてきた。



「服借りてくるから待ってろ。逃げるなよ」


「はい」



今は逃げません。


夜中逃げます。


着替えられるなら丁度いい。


こんな、Tシャツにジーパンだったらまた他の誰かに怪しまれる。


土方さんがスッと障子を閉めて、中には僕とぽんたの二人だけになった。


他にも何か、持ってきてないかな。


他に……あ!


ポケットに手を突っ込む。


するとそこから、野球ボールが出てきた。


そうだった。


準備している時、忘れそうになって、慌てて突っ込んだんだ。


他にも、小さな飴が一つ。


あぁ……本当に、リュックを持ってこれなかったのが残念だった。


タオルとかおにぎりも準備したけれど、今僕が持っているのは、時計、カメラ、飴、そして野球ボールの四つ。


でも、これだけあれば充分なのかな?


何とかがんばろう。


それに今は、ここから脱出する方法を考えなければならない。


慎重に計画を立てないと、見付かってしまうかもしれないからだ。


まず、問題はぽんた。


置いていくわけには当然いかないから、何か長い紐で、リードのような物を作ろう。


危険な時代だから、逃げてしまったら大変だ。


それから、この建物がどうなっているのか。


それも確認しなければならない。



「よし……と」



僕は息をついて、とりあえず今いる部屋の中を確認した。


畳が敷いてある、五畳くらいの部屋。


部屋の端に小さな机が一つ。


その上には硯と筆、そして大量の紙が散乱している。


それから、押し入れ。


その中には多分、布団が入っているのだろう。


こんな感じだ。


つまりは殺風景。


他の部屋も、こうなっているのかな。


とにかく一刻も早く、ここから出口までで一番短いルートを探さないと。


その時、障子が開いて土方さんが入ってきた。


入ると同時に、ぐっと僕に着物を差し出した。



「着ろ」



黒と、紺色の着物。


だけど生地は薄い。


ぽんたを床におろして黒い着物を手に取り、僕は着替えを始めたのだった。


……着替えようとしたけど……。



「あの……」


「あ?」


「着方が分かりません……」



着物とか、着たことないから分からない。


どうすればいいんだろう?


土方さんは、本気かよ、とでも言わんばかりに眉間に皺を寄せている。



「こっち来い」



手招きをする土方さんの所にいく。


僕は土方さんに手伝ってもらいながら、ようやく、着替えを済ませたのだった。





──

───




──夜。


もぞもぞと、布団の中で何度も寝返りをうつ。


部屋の隅に、ぼうっと灯っているろうそくが少し不気味だ。


隣には既に眠っている土方さん。


今日、この建物の中をしっかりと確認しようと思ったけどできなかった。


それから、ぽんたのリードを作る事も。


やっぱり、僕は厳重に監視をされているみたいだった。


この部屋の中には土方さん。


外には誰かがいる。


今も、いるんだ。


何となく気配で分かる。


だけど……大体一時間おきくらいで、外で見張る人が変わるって事に気が付いたんだ。


一時間経ったら人が立ち去り、またほんの少し経ったら、別の人が来る。


そう、僕はその隙を窺っていたのだ。


もう準備はしてある。


ポケット……じゃなくて、懐に入る物は全部突っ込んだ。


服とかカメラは手に持つしかない。


そして、今外にいる人がいなくなったら、急いでぽんたを抱えて部屋から出るつもりだ。


上手くいくかは分からない。


だけどやってみないと分からない。


ぽんたは、隣ですやすやと眠っている。


とにかく早く、ここから出たいんだ。




──サッ




あ……。


今だ。


人がいなくなった。


その人は多分右に曲がったから、僕は左に……


急ごう!


素早く、しかし物音を立てずに、僕は布団をはいだ。


ぽんたを抱き上げ、あの時と同じように、そろりそろりと歩き出す。


スー……


静かに障子を開けた。


廊下は真っ暗だ。


今はまだ誰もいない。


スーッとゆっくり障子を閉め、僕は予定通り、左へ向かって歩き出した。


緊張する。


なるべく早く、誰にも見付からないうちに出ないと……。


そう思いながら、僕は足の動きを早めた。

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