その八/尋問 二
その時、ぽんたが寝返りをうった。
井戸に入ってたって事は……ずっと、水に浸かってたんだ、僕達。
どれくらい経ったんだろうと、腕時計を見た。
……しかし。
「あれ?」
確かに腕時計は、あるんだけど……。
それは僕の時計ではなくて、しかも何かが変わっていた。
カチ、カチ、と秒針は一定の早さで動いている。
しかし短い針がなくなっていて、長い針だけ残り、それは止まっていた。
0と365の、真ん中よりもずっと左を指して。
普通の時計だったら1から12に刻んであるのに、この時計は……
0、365、300、250、200、150、100、50、30、10、5、1。
こんな風に、円をかいて刻んでいたのだ。
そしてこの時計の中央に、日付があった。
1863年07月29日。
僕が青い池に入ったとき、スロットが頭の中を流れた。
その時の日付は、1863年07月26日。
「三日経ったんだ……。それにこの時計カウントダウンしているみたい」
腕を天井に引っ張り伸びをすると、固くなっていた体が緩くなった。
すると、ぽんたがゆっくりと目を開いた。
体を起こし、ブルブルッと震わせると、この部屋の中をうろうろし始める。
──ガラッ
その時、またさっきの人が部屋の中に入ってきた。
僕を見つめると軽く手招きをした。
「その犬と持っている荷物を全て持ってついて来い」
「あ、はい」
荷物……あんなに持ってきたのに、置いてきちゃったんだよね。
だから僕は、ぽんただけを抱き上げ、その人の所に行った。
「……おい」
「はい?」
「まだ残ってる」
え?
その人が顎で指し示す場所を目で辿った。
「あっ」
驚きのあまり小さく声が出る。
そこには何と、使い捨てカメラがあったのだ。
何でだろう。
もしかして、写真を取って、手に持ったまま池に入っちゃったのかな。
僕は、水に濡れて壊れているかもしれないカメラを手に持つと、男の人の後ろをついて行った。
木造の廊下。
現代と違って、歩く度にミシミシと床が言う。
それから、ヤー!と叫び声。
多分どこかで、剣道の稽古をやっているんだろう。
僕もぽんたも興味津々で、きょろきょろしながら歩いて行った。
そして辿り着いた部屋。
障子の向こうに誰かがいるんだろう。
「失礼します」
男の人がそう言うと……
「入れ」
そう、低い声が聞こえてきた。
スッと障子を開いた先には、さっきまでいた場所と同じように、殺風景な部屋。
そして一つだけ低い机が端にあり、長い髪を高く結んだ男の人が机に向かって何かをしている。
多分、仕事だよね。
忙しそうに筆を動かしているし。
「お前、親がいないそうだな」
いきなりこっちを振り向いたから驚いた。
僕は、慌てて頷いた。
「はい」
「……そうか」
その人は机から離れ、体ごと僕の方を向いた。
「帰っていい」
「え?」
帰っていいの⁉
やったー!
思わぬ展開。
僕は嬉々として、満面の笑みを浮かべた。
……だけど。
「言っとくがお前じゃないぞ、小僧」
「……えっ?」
僕が考える前に、失礼しましたといいながら、僕をここまで連れてきた人が部屋から出ていく。
そしてスッと障子を閉め、部屋の中には、僕と男の人だけになった。
一気に現実に引き戻された気がする。
「必要がなければ手荒な真似をするつもりはない。お前、どこから来た?その服装と持っている黒い箱は何だ。正直に言え」
ごくりと唾を飲んだ。
ていうかこの人……僕、見た事ある。
土方歳三だ。
口調は落ち着いているけど、すごい威圧感がある。
それだけで押し潰されてしまいそうだ。
「……言えねえのか?」
僕は下を向いてしまった。
すると、はぁ、と短いため息が聞こえてきた。
「うじうじすんなよ男が。大体な、言ってみねぇと分かんないだろ」
そうだけど……。
言っていいのかな、未来から来た、なんて。
「ここは壬生浪士組の屯所だ。お前の言い分次第で、どうするか決める。正直に言うまで残すか、帰すか」
土方さんは、見定めるように僕を見た。
嘘を言わせない雰囲気。
“正直に言うまで”って事は、拷問とかされるの?
不安だし、迷う。迷うけど……。
僕には、カメラも、不思議な時計もある。
それから……ぽんた。
ぽんたを守るためにも、僕が頑張らなければならない。
僕はぽんたを優しくなでた。
大丈夫だよ、と目で言うと、ぽんたはあくびをした。
犬のあくびは、ただ眠いんじゃなくて……「落ち着いて」とか、そんな意味もあるんだっけ。
だから……大丈夫。
僕なら大丈夫だ。
「僕は、未来から来ました」