その七/尋問 一
黒い着物を着たその人は、スタスタと歩いてきて、横になっている僕の隣に座った。
あ、この人刀持っている。
時代劇とかでよく見るけど……実際に見ると、かっこいいなぁ。
……いや、そうじゃなくて。
この刀、本物?偽物?
もしも本物だったら……本当にタイムスリップしちゃったって事だ。
思わずごくっと唾を飲み込んだ。
同時に、心臓が尋常じゃないほど暴れ出す。
「緊張してるか」
「……」
してるに決まってる。
平成から、時代を越えてここまで飛んで来たんだから。
あ、でも一つだけ分かった事がある。
ここは過去だ。
どの時代かは分からないけれど、目の前に侍がいるから多分過去。
だって、日本の未来に侍が復活する……なんて、考えられない。
「何故井戸の中にいた?」
「……え?」
僕は押し黙った。
井戸の中?
青い池に入ったから、タイムスリップした先が井戸なんだって考えられるかも。
でも……何て答えればいいのかな……。
青い池に入ってタイムスリップしようとしたら、いつの間にか井戸にいましたなんて言っても、信じてはもらえない。
どうしよう。
「答えられないのか?」
男の人は表情は変えずに、しかし声を低くする。
何だか怖い……
体が少し縮まったけど、何とか口を開いた。
「あ……遊んでたんです!こ、この犬と鬼ごっこしてて、そしたら、犬が井戸の中に入ってしまって、それでそのまま、寝てしまいました」
途中で噛んで途切れ途切れになりながらも、何とか伝えた。
言い切って、とりあえず一安心した僕だけど……もちろん、全部嘘だ。
だってこう答えるしかない。
未来から来たなんて、信じてもらえるはずがない。
嘘、通じるかな?
このまま、“そうか。じゃあ、帰れ”とか言って見逃してほしい。
でも、それにしても……怖いよ、この人。
早く逃げたい。
「遊んでたのか」
「……はい」
「しかし、門には見張りを付けていた。井戸まで行くのは、至難の業だ」
疑いの目を僕に向けるその人。
ギクッと体が縮まった。
どうしよう……。
これ以上、嘘は通じない気がした。
「……」
「答えられないんだな?」
「すみません……」
なぜか謝ってしまった。
だけど、僕の口からはこれしか出なかった。
男の人は僕をじっと見つめる。
何だか、自分の感情を表に出さない……その人から、そんな印象を受けた。
でも僕の今の状況、よく考えたら尋問されてるんだよね。
だけど、僕だって気になる事がある。
「……ここは、どこなんですか」
「自分から入ってきたのに、ここがどこか分からないのか」
「……」
やっぱり僕よりもこの人の方が一枚上手だ。
また、僕は黙り込んでしまった。
本当にどうしよう……。
何とか逃げたいけど、門に見張りがいるって言ってるし……。
するとその人は、仕方なさそうに、小さく息をついた。
本当に小さく、まるで僕に気付かれないように。
「ここは壬生浪士組の屯所だ」
壬生浪士組の……屯所……?
……って……えぇ⁉
壬生浪士組⁉
そういえば池に飛び込んだ時、何だかスロットみたいな物が頭の中に浮かんだような……
あぁ、そうだ。そうだよ。
今やっと、あれの正体が分かった。
《1》《8》《6》《3》《0》《7》《2》《6》
つまり……
1863年07月26日。
幕末の時代に、僕はタイムスリップしたんだ。
しかも、人斬りと言われる、後に新選組となる壬生浪士組の屯所に。
僕があまりに驚いた顔をしたからだろう、男の人は、少し眉をひそめた。
「お前……本当にここが分からなかったのか?」
「は、はい。でも、今思い出しました」
よく考えたら、新選組って……簡単にここから逃がしてはくれない気がする。
現代でいう警察みたいな存在だし……。
「親類はどこにいる?」
「あ、いません……」
この時代には。
そういうのを前提にすると……いない。
「天涯孤独の身か……」
男の人はまた、ため息をついた。
僕、どうなるんだろう。
「つまり、帰る場所がないって事だな?」
「あ、はい……。でも探すので大丈夫です」
早く出ていきたい一心で僕がそう言うと、男の人は、いや、と首を振った。
「親類がいないのなら話は別だ。副長に報告してくるから待ってろ」
「え、あの……」
「逃げるなよ」
僕が何か言葉を発する前に、男の人はそう念を押すと、さっさと部屋を出てってしまった。
まだ、ぽんたが寝ている。
しーんと、静寂が漂った。
本当に……僕、どうなるんだろう……。