その六/時代を越えて
──それは、朝方での事だった。
「ふぁ~。いい朝だなー」
一人の男が顔を洗いに井戸へ向かう。
まだ寝ぼけ眼で、大きなあくびをした。
だからすぐには気付かなかったのだろう。
目の前に広がる光景に。
「んんー?」
いつもとは何かが違う井戸の中。
もっとよく見ようと、男は身を屈ませた。
すると、眠くて重く、今にも閉じそうな目が大きく見開かれる。
と同時に……
「でっ、出たあぁぁーっ!」
男は地面に勢いよく転び、悲鳴にも近い叫び声が、あたりに響きわたった。
グラグラと、建物が上下左右に大きく揺れそうだ。
当然、その声のせいで目を覚ました者は少なくないだろう。
そして、その声に起こされてしまった気の毒な男がやって来る。
「うるさいなぁ、何叫んでるんですか。原田さん」
「そ、総司!ちょうどいい、助けろ!座敷童子だっ!」
原田はさらに大声で叫ぶ。
総司と呼ばれた男は、は?という明らかに不機嫌な顔で井戸を覗きこんだ。
「……うわ」
しかし、中を少し見た途端、すぐに顔を遠ざける。
「な?いるだろ?座敷童子!」
「どう見ても普通の子供じゃないですか。座敷童子とか、言い方酷くないですか?で、この子どうするんですか原田さん。僕は知りませんよ」
「お、俺も知らねぇって!どうすんだよ!てかお前、子供好きじゃねーのかよ?」
「好きですけど……」
総司……沖田総司は、曖昧な表情を浮かべた。
ため息をつくと、沖田は再び井戸の中を覗く。
「……こんな、ずっと水の中に入ってちゃ風邪も引きますよね」
「どうするんだ?」
「……あの。原田さんが見つけたんですよ?何で僕に任せるんですか」
そんな事を話していると、さらに何かがいる事に二人は気付いた。
二人そろって、ぎょっとして目を見開く。
そこには、茶色くて、子供の隣に小さく丸まっている何か。
「犬までいるぞおい……」
原田は呆れたようにため息をつく。
しばらくの間、妙な沈黙が流れていった。
沖田は仕方なさそうに、井戸の中に入ろうと足を跨せた。
「ほっとくわけにもいきませんし……。原田さん、手伝って下さいね」
──……
───……
暗い。
瞼が重くて、開かない。
体が重くて、動けない。
ここはどこ?
池の中に入ったから、こんな事になったの?
ぽんたは?
「寝てろ」
微かにそんな声が聞こえた気がしたけど。
……違う。
今の状況を、僕は早く確認したいんだ。
もしもタイムスリップしてなかったら、病院?
お父さんとお母さんが、側にいてくれるのかな。
今の声は男の人だけど、お父さんの声は、そんなに低くない。
……もしも、タイムスリップしてたら。
僕はどうなるの?
側にいる人は、誰?
不安で不安で……何か重いものに、押しつぶされそうだ。
……何で?
お母さんやお父さんと話したくなかっただけなのに、何でこんな事になっちゃったの?
もう……嫌だ。
嫌だ、嫌だ……怖いよ。
変な時代に行ってたらどうしよう。
殺されたらどうしよう。
現代では僕、行方不明になってるのかな。
……お父さんとお母さん、探してくれてるのかな。
そんな事を考えながら、僕はまた真っ暗闇の夢の世界に沈んでいった。
──……
───……
「……」
やっと僕の瞼が持ち上がる。
だけど……。
真っ先に視界の中に入ってきたのは、木造の天井だった。
……もしかして、誰かが助けてくれた?
それともまさか、タイムスリップ、本当にしちゃったのかな。
そんな事を考えていると、ふわりとした物が僕の顔に当たった。
「あ、ぽんた……」
僕の横で丸まって寝ているぽんた。
さっきのは多分しっぽが当たったんだ。
良かった……。
無事だったんだ。
僕はほっとして胸をなでおろした。
ぽんたは小さくあくびをすると、再び眠りに落ちていった。
でも……ここ、どこ?
誰かいないのかな……。
その時だった。
カラッと乾いた音がして、襖が開く。
そして……一人の男の人が、中に入ってきた。