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足跡  作者: 皐和
第一章/もう一つの夏休み
4/11

その四/おとぎ話

ずっしりと、背中に重みを感じる。ザブンと聞こえてくる海の音と、感じる塩の匂い。僕の足は弾んでいた。初めての一人旅。勉強からの開放。青い池に対する、期待と不安。


どのくらい青いんだろう。地球よりも海よりも青いって聞いたけど、僕の池へのイメージは、なんかこう……。苔が生えてて、どっちかって言うと緑っぽい感じ。青いっていう事は、やっぱり神秘的な雰囲気なのかな。何だか楽しみだ。


それにしても、タイムスリップかぁ……。もし本当に出来るなら、僕はどこに行きたいんだろう。しかも、期限は一年間。怖い時代に行ったりしたら、その一年どうしよう。本当に、初期の人間……。あれ、何て言うんだっけ?……あぁ、そうだ、アウストラロピテクスだ。そんなのがいっぱいいる所に行ったら、どうしよう。


でも、優しい人達に会えるかもしれない。何が起こるか分からないからね。



「あ……」



やばいっ。警察だ。自転車に乗って、見回りしている。前方からどんどん近付いてくる。そうだよ、この人達にも見つかっても駄目だった。もしも補導されたら、それこそ計画が台無し。慌てて、近くにある木の後ろに隠れ、じっと息を潜める。良かった……。もしライトが僕に当たっていたら、きっと今頃、「こんな所で何してるんだ」って聞かれていた。ハラハラドキドキ。シャーッと、自転車が通り過ぎて行く。人気がなくなったのを確認して、僕はまた、歩き出した。






それから、海の砂浜を超えて。僕は今、「白海山地」と木の板に書かれた看板の前にいる。ついに、ここまで来た。この中に青い池があるんだ。ドキドキと、緊張感が心の中を走っていく。それでも、迷う事なく足を踏み入れた。さっきまで砂の上を歩いていたけど、今度は土だ。所々に木の枝も落ちている。暗くて、何だか熊が出てきそうだな。


……と思ってたら、丁度『熊に注意!』という看板が目に入った。うわ、やばいな。どうしよう。……でも、大丈夫。この前テレビでやってたけど、もし熊に会ったら、背を向けずにゆっくりゆっくり、自分の姿が見えなくなるまで後ずさりすればいいんだって。背を向ければ、敵だと間違えられて追い掛けてくるから。良かったぁ、そのテレビ見てて。だから、大丈夫だ。



「わ……っ。とっとっ……」



枝に足が引っかかり、少しよろけてしまう。何とか態勢を整えて、歩みを進めて行った。



キューン……?



「あ、ぽんた。おはよう」



くりっとした目で、ぽんたが僕を見つめる。か、可愛い。こういうのを、親バカって言うのかな。そんな事を考えながら、歩き続ける。しかし、その時だった。



「ぽんた?」



ジタバタと、急に暴れ出すぽんた。どうしたんだろう?手足をバタつかせて、小さな爪が僕の頬っぺたを引っ掻く。思わず足も止まってしまった。



あ……っ!



ぽんたが、僕の腕から飛び出した。



「ぽんた!」



どんどん小さくなっていくぽんたの後ろ姿。追いかけないと!石や木。沢山の障害物。それらをよけながら走り続ける。



もう、どうして急に逃げちゃうんだよ!



リードとか必要だったんだ。安い物でもいいから、買っとくべきだった。



「待ってよ!」



どうしよう……どうしよう!


焦りと不安が、ザワザワと心の中を巡っていく。






何分走っただろう。


僕とぽんたの距離は一定で、ずっと走り続けた。待ってよ、止まってよ、ぽんた!と、そう何度も叫びながら。


漸くぽんたが、走るのを止める。僕は、胸をなでおろした。たくさん走ったせいで、心臓がドクドクしてる。



「ぽんた、ダメだよ。勝手に走っちゃ」



もう、結構森の深くに入ったかな?でも、良かった。ぽんたとはぐれたら、どうしようかと思った。安堵感で、僕はその場に座り込む。服が汚れる事なんて構わなかった。疲れた。



「ちょっと休憩しよっか」



そう言いながら、腕時計を見る。



《02:35》



あれ?意外にも、あれから一時間くらいしか経っていない。でも、出来たらまた日が沈む前に、青い池に到着したらいいんだけど……。


リュックからペットボトルを取り出し、水を口に含む。渇いていた喉は、一気に潤った。ふう……と、ゆっくり息をついて、今度はその水を手にひらに注ぐ。水を滴らせながら、ぽんたの口に持っていった。



「ほら、飲んで?」



ぽんただっていっぱい走った。だから、ぽんたが水を飲むスピードは凄まじかった。ちょっとだけ土で汚れた手で、ぽんたの背中をなでる。そんな事をしていたから、気付かなかった。後ろから迫っている、大きな影に。



ザッザッザッザッ……。



「何だろう……」



異変に気付き、リュックをしょって、ぽんたを守るように抱っこすると、僕は立ち上がった。辺りを見回すけど、足音はだんだん近付いてくるだけ……。真っ暗闇に、風で揺れる木や、真上にある大きな月。遠くからは、ホー、ホーと、梟の鳴き声まで聞こえてくる。今更ながら、僕は怖いと感じた。


そうだ、もしかしたら、熊かも……。

思わず体を怖ばらせる。



ザッ……ザッ……。



嫌だ……来ないでよ!来るな来るなっ!


ぎゅっと目を瞑る。確実に、足音は僕達に近付いてきていた。



ザッ……。



目の前に、何かの気配がする。側に感じる息遣い。うう、どうしよう。本当にどうしよう。テレビでやってた事を、実践するしかなよね。だって何もしなかったら、食べられちゃうかも……。



大丈夫だ!僕は熊になんか負けない!



意を決して、ゆっくりと目を開いた。……だけど。



「あれっ?」



開いた目を、さらに見開く。確かに目の前にいるけど、それは熊ではなく……鹿だったからだ。拍子抜けして、僕はその場に座り込む。鹿は、大きな目で僕らを見つめていた。かと思えば、小さくかがみ込み、足で地面をトントンと蹴る。そして、僕らを見つめる。



「……乗ってもいいの?」



鹿が、少しだけ微笑んだように見えた。何だか僕、おとぎ話の世界に入り込んじゃったみたいだなぁ。恐る恐る乗ろうとしても、鹿は全然抵抗しない。本当に、乗っちゃってもいいの?そーっと足を跨がせて、片手はぽんた、もう片方は鹿の角に捕まる。うわぁ、こんなに硬いんだ。鹿の角なんて、初めて触ったよ。すごく、立派な角。それに、今までに感じた事のない乗り心地。


貴重な体験が出来た。よし、そろそろ……。



「ありがとう、鹿さん。じゃあ、僕達もう行くね」



そう言って降りようとしたら……。

なんと鹿は立ち上がって、走り出した。



「えっ、ちょっ、待って!止まってよ!」



僕の願いは届かず。鹿は、ずっと走り続けた。


ふと考える。



本当に、おとぎ話みたいな世界に来ちゃったのかも。


本当に、タイムスリップが出来るかも。


今年の夏休みは、楽しいものになるんじゃないか、思い出がいっぱい出来るんじゃないか……と。



わくわくした気持ちと、不安と、そんなたくさんの思いが心の中を行き来して、それでもやっぱり好奇心の方が勝って、これから起きる事に希望を持ちながら、鹿の角に捕まる手に、僕はぎゅっと力を強めた。

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