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足跡  作者: 皐和
第一章/もう一つの夏休み
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その三/冒険の始まり

数分後、諦めたのか、お母さんの足音は少しずつ遠ざかっていく。僕は息をついて立ち上がると、自分の机に向かった。その上に乗っている、一つの野球ボールを見つめる。お父さんが去年、僕の誕生日に買ってくれた物だ。野球に憧れている僕にとっては、嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。



あ、そうだ……!



名案を思い付き、ぽんたを一旦床におろして、そのボールに油性ペンで“ぽんた”と文字を書く。これは、僕とぽんただけのボールにしよう。思わず笑顔になり、ぽんたに見せようとした、その時だった。



「蛍太」



お父さんの落ち着いた声が聞こえてくる。……そっか。きっと、さっきの事で何か言われるんだ。明るい気持ちも消え去り、ドアの方に顔を向けた。



「……何?」


「お父さんは、お前の口から、あんな言葉聞きたくなかったぞ」


「……」


ぽんたとボールを手に抱き、立ち上がった。ドア越しに、お父さんがため息をついたのが分かる。



「お前の言い分も、分からないわけではない。その年で生き物の命を預かろうとするなんて、お父さんは関心だ。だけどな、飼育ってもんは、そう簡単な事ではない。相当な覚悟が必要だ。思い付きだったら続かない。だから反対だと言ったんだ」


「でも、ぽんたは僕の家族だ」


「ぽんた……?あぁ、名前か。それと、お母さんにさっき言った言葉、撤回しなさい。今すぐ謝るんだ」


「嫌だ。ぽんたを捨てろって言ったお母さんなんかに、謝りたくないよ。……僕もう寝る。早く、行ってよ」



カチッと電気を消した。そのままベッドに移動し、着替えもせず、お風呂にも入っていないのに、掛け布団にくるまる。ぽんたは不思議そうな顔をしていた。


……ごめんね、怖かったよね。もう大丈夫だよ。


僕はそんなぽんたの背中をなでた。ぎゅっと目を瞑り、息を潜める。その内、お父さんの足音も、少しずつ遠ざかっていく。


完全に気配が消えたのを確認すると、ベッドの中で小さく息をついた。


どうしよう。このままじゃ、やっぱり駄目かな?謝った方がいいのかな、お母さんに。


……でも、僕は悪くないもん。だって、ぽんたを守りたかっただけだし、勉強も頑張るって言ったし。それなのにお母さんは、あれも駄目、これも駄目って。何なんだ。どうして、僕がやりたい事はやらせてくれないの?そんなに、勉強って大事?受験って大事なのかな?


やっぱりお母さんは嫌いだ。大嫌い。さっきのは訂正。悪いのはお母さんだよ。僕は、何も悪くない。


うーん、でも、これからどうしよう。何が何でも、明日の朝にはお母さんと顔を合わせなくちゃいけない。お父さんにも、さっきあんな言い方しちゃったから、ちょっと気まずい。どうしよう……。


……あ、そう言えば、青い池って、本当にあるのかな。実はちょっと気になっていたりする。タイムスリップってどこに行けるんだろう?もし、未来に行くとしたら、僕のこれからの生活を覗けるって事かな。それとも、全く違う世界の日本に行っちゃうのかな。もしかしたら、空飛ぶ車とかあったりして……。


過去だったらどうだろう。戦国時代とか、武士がいっぱいいる所に行けるのかな?もしかしたら、有名人に会えるかも。織田信長とか、坂本龍馬とか。それとも、恐竜がいた時代とかにも行けたりするのかな。……でもちょっと怖いかも。それなのに、考えれば考える程、どんどん興味が湧いてくる。



……そうだ!



どうしてもっと早く思い付かなかったんだろう。行ってみよう、その青い池に。何が起こるか分からないけど、だって、気になる物は仕方ない。気晴らしも兼ねて、行ってみよう。お母さんやお父さんと喋りたくないし、これは名案だ。



よしっ!



じゃあ、早速準備しなくっちゃ。行くなら早い方がいい。お母さんとお父さんが寝たら、出発だ。お年玉も残っているし、グミとか飴を持っていけばいいよね。万が一の為に、小さい毛布も。


初めての一人旅だ。何だか、わくわくしてきた。僕はベッドから飛び起きて、準備を始めた。






それから、数十分後。



「準備完了!」



動きやすいように、カバンはリュック。その中身に、思いついた物をどんどん入れていった。


お金は、お年玉の余りを持った。それから、飴玉にグミ、飲み物。後、机の中をあさっていたら、使い捨てカメラも見つけた。折角だし、これで青い池の写真を撮ろう。あ、そういえば、この辺は田舎だからコンビニがないんだった。明日の為に、お握り作った方がいいかな。



「あ……!」



そうだ!これも、これも。さっきの野球ボール。当然ぽんたも連れて行くんだから、忘れたら駄目だ。急いで、それをポケットに突っ込んだ。他に必要な物は?……このくらいかな。タオルも持ったし。


そういえば、肝心の池だけど……。お父さんは確か、白海山地らへんを指さしていた。結構大きい山だ。ちょっと長旅になるかもな。お母さん達が寝るまで、仮眠しておこう。



「じゃあ、お休み。ぽんた」



僕はぽんたとベッドに入り、眠りについた。






「ふぁ……」



伸びをして、大きな欠伸をする。少ししか寝ていないから体が怠い。今、何時だろう?


01:27


結構遅いなぁ。流石に、お母さん達も寝ているよね?部屋のドアまで行って、隙間から様子を確認。電気は消えてる。じゃあ、寝てるな。それでも念の為、抜き足差し足で移動。夏だけど油断は出来ないから、厚めのジャンバーを着た。そして、リュックをしょう。ぽんたも抱き上げて、そおっとドアを開いた。



ミシ……



おっとっと、危ない。音をたてないようにしないと、もしもバレたら計画が台無しだ。またそーっとドアを閉め、出来るだけつま先で歩いて行く。


そして……



「脱出成功っ」



小さな声で思わず呟き、慌てて口を押さえる。でも、僕は嬉々としていた。何とか、家を出られた。後は池を目指すだけだ!



「やったね、ぽんた」



ヒソヒソ声で、まだ寝ているぽんたに話し掛ける。


夏休み初日。

僕らの大冒険は、こうして、始まった。

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