その一/青い池と一匹わんこ
頑張って書きたいと思います!
宜しくお願いします!
水しぶきの上がる海の砂浜を歩いて行く。地面に転がっている小さな貝殻を、歩きながら遠くに蹴った。コロコロと転がり、やがてそれは止まった。今日は終業式で、明日からは夏休みが始まる。
「いい思い出をたくさん作ってね」
そう、担任の加藤先生は言ってたけど……。
小学校生活最後の夏休み、思い出を作る暇なんて僕にはない。真っ暗闇の夏休みだ。配られた成績表には、「よく出来た」の列に全部丸が付いていた。「出来た」と「がんばろう」の部分は、決まっていつも空欄。
「蛍太君は、成績優秀だし、係のお仕事もちゃんとやっていて偉いね」
何度そう言われた事か。愛想笑いで誤魔化していたけど、嬉しくも何ともない。うんざりだ。クラスの子にも、「お前どうせ、夏休みも遊ばないで勉強しかしねーんだろ」って馬鹿にされるだけ。
その通り。僕の夏休みの予定は、勉強。後は、北海道に住んでいるおじいちゃんとおばあちゃんの家に行くくらいだ。他の日は、きっと全部塾で埋めつくされていると思う 。クラスの皆は、「夏休みだー!」って凄く喜んでたけど、僕はそんな嬉しい気持ちには到底なれない。ただでさえ、毎日勉強三昧なのに……。長期の夏休みとなればもっと大変になる。短くため息をついた。夕日が出ているけど、夏のせいか、汗がうっすらとにじみ出てくる。
サクサクと歩いている、その時だった。
「おー?お帰り、蛍太!」
「あ……!」
ふわりと、いい匂いがしてくる。手招きされたから、僕は駆け寄って行った。この人は、僕のお父さん。真っ黒に日焼けしていて、家から近いこの青森県の海で漁師をやっているんだ。そして、船の近くで網の下に火をおこして……。魚や他のイカは店に売るけど、見た目が悪いのとかはやっぱり出荷出来ないから、こうやってほぼ毎日のようにイカを焼いている。お父さんが焼いたイカは凄く美味しくて、僕は大好き。
「ほら、食べな」
「ありがとう」
いつもこうやって、お父さんは学校帰りにイカを数切れくれる。……あ、今日は塩味だ。醤油も好きだけど、やっぱり美味しいな。イカは小腹が空いてる時に結構食べたくなる。
「そういえば、蛍太は知ってるか?」
「え?何を?」
「青い池の話だ」
夢中で食べていると、お父さんがそんな事を言ってきた。青い池……?何だ、それ。聞いた事もない。疑問符を頭に浮かべる。
「お父さんも、最近聞いたんだけど。あっちの森の奥深くにあって、海よりも空よりも地球よりも、青いらしいぞ。その池に飛び込めばどっかの時代に飛べるって、聞いたんだ」
「た……」
タイムスリップ⁉
そんな非現実的な事、起きるわけ……。
「期限は一年間。しかも、未来に行くか過去に行くかは、飛び込んでからのお楽しみ、だってよ」
へぇぇ……。
で、でも僕には関係ないけど……。
「あ、いい事考えた。おい蛍太」
「何?」
何だろうと、イカをかじりながらお父さんの目を見る。どうしてかキラキラしているその目。何か嫌な予感がするのは、気のせいかな……。
「その池、夏休み中に本当かどうか確かめろ」
「……」
……予感的中。一時停止する僕の体。
「え、えぇっと……」
しどろもどろに口を動かすと、お父さんは楽しそうに笑った。そして、バシッと背中を叩かれる。
「何本気にしてるんだよ、冗談だ!」
「えぇ⁉」
その拍子に、口に含んでいたイカを一気に飲み込んでしまった。少し喉に詰まって、軽くむせる。
「ただの噂だ。本当なわけがないだろ?ほら、早く食って帰れ」
そんな風に促され、残りのイカも全部口に突っ込む。
「せっかく小学校最後の夏休みなんだ。蛍太は勉強ばっかで大変だろうけど、まぁ、悔いのないように過ごせよ」
「は、はーい」
勉強という単語を聞くだけで、現実に引き戻される気がする。曖昧な返事をして、僕は家へと向かった。
「……あれ?」
しかしその途中。
ふと顔を上げて、思わず独り言が出る。いつも通りの道を歩いていると、遠くに何か茶色い箱が見えてきた。田んぼに挟まれた道。その道の曲がり角にある大きな木の側に、その箱は置いてあった。
……何だろう。興味本位で、箱に近付いていく。時々、カタカタと横に揺れるその箱。何だか怖い。でも、気になる……。
そんな気持ちで、恐る恐る、箱の前にしゃがみこんだ。まだ微かに揺れているけど、ドキドキしながらその箱の蓋を開く。
……すると。
キューン……。
小さな何かが、僕の目を見据えた。
「かわいい……!」
僕は笑顔になって、すぐに抱き上げた。怖い気持ち薄らいでいく。箱が動いていた原因は、これだった。茶色くて、所々黒いふさふさの毛に、大きな目。
柴犬の赤ちゃんかな……。体もまだ小さい。
「くすぐったいよっ!」
ペロペロと頬を舐められ、ランドセルもいつもより重いから、ドンッと尻餅をついてしまった。でも痛みなんて気にしないで、柔らかい毛をなでる。その犬も、嬉しそうにしっぽを振っていた。犬を胸に抱えたまま何とか立ち上がり、片手でお尻の土を払う。
「ねぇ、君、迷子なの?」
そう聞くけど、当然返事なんて返ってこない。不思議そうな顔をして、首を傾げるだけだ。
本当に、どうしてこんな道端に……?
そう思って、箱の中身をもう一度よく見てみる。
『可愛がってあげて下さい』
そんな紙が、中に入っていた。
……あぁ、そっか。
少しずつ意味が分かっていく。捨てられちゃったんだね、君は。一人ぼっちなんだね……。僕と、おんなじだ。自分と重なって見えたその犬の背中を、優しく、そっとなでた。
「……よしよし、もう大丈夫だよ。僕とずっと、一緒にいようね」
優しくそう言った直後、鬼と化したお母さんの顔が、頭に浮かぶ。想像しただけで震えあがりそうになるけど、僕の気持ちはもう、固かった。ぎゅっと犬を抱きしめる。
「君の名前、今日から“ぽんた”だからね。だって狸みたいなんだもん」
ぽんた。
その新しい名前を聞き、また少し首を傾げる。
「じゃあ僕は、一回家に帰るね。ここで、ちゃんと待ってるんだよ?」
少し心配だけど、きっと大丈夫。僕は、ぽんたを優しく箱の中に戻した。そしてその箱を、誰にも見えないよう木の後ろに隠す。
「すぐ戻って来るからね!待っててね!」
何度も同じ言葉を繰り返すと、家までの道程を全力疾走した。
キューン……。
そんなぽんたの鳴き声を、聞きながら。