#37
閑静な住宅街を巨大な影が動いている。
その巨大な影は周りの光景とは不釣り合いなほど圧巻する空気を放っていた。
「目標を確認、突入する!」
巨大な影は街道に設置されてあったバリケードを容易く弾き飛ばすと近くに停められて国軍の車輌を標的にした。
バリケードを突き破って突入してきたのは治安維持局が所有する87式偵察警戒車だ。
旧自衛隊時代の偵察車輌であるが後継機の導入が進むと治安維持局へと払い下げられた車輌である。
本来の目的は威力偵察や警戒任務だが利便性の高さから市街地戦での制圧任務などに用いられるようになった。
とりわけ主武装の25㎜機関砲は使い勝手がよく砲塔も旋回するので市街地など狭い場所でも活躍している。やや火力不足感はあるが市街地戦ではそこまで重厚な敵との戦闘になることもないので問題ないといえよう。
そんな25㎜機関砲から放たれた銃弾は相手を紙屑がの如く粉砕する。
一瞬の出来事にバリケード近くに潜伏していた兵士達は反応が遅れた。
ちょっとした油断が戦場では命取りとなる。
決着はすぐに決まった。
破壊されたバリケードからなだれ込むように完全武装の兵隊たちが突入してきたのだ。
そんな光景が市街地の各所で同時に発生していた。
「西エリア、クリア!」
「東エリア、クリア!」
スピーカー越しに各部隊が制圧に成功した報告が入ってくる。
その報告を聞き、うんうんと唸っている男がいた。
謎の武装集団と最初に交戦した治安維持局の相良だ。
相良はあの後事の次第を上司に報告、そのまま自身が所属する局まで戻り指揮所の設営に協力していた。
「相良準備しろ」
「え?」
突然の上司の発言に呆ける相良。
上司は手早く装備を身に着けると相良を急かす。
「国内でこれほどまで大きな事件に関われるとわな、前線で指揮を執るぞ!」
ワクワクしている上司の態度に呆れながらも相良は装備品を身に着け始めた。
「やっぱ貧乏くじだ・・・」
机の上に置いていたヘルメットをかぶると顎紐を締める。
装着し終わった相良は諦めたような表情で上司の後を追っていった。
―――
解体現場のフェンスを突き破り、少し走った所で車輌が止まる。
勢いよく開かれたドアからは周囲を警戒するように銃をかまえた兵士が出てくる。
最初に出てきた兵士が合図をすると2人、3人と出てきた。
千華警備の五十嵐と南部に村田である。
「発信機の信号はここで間違いなんだな」
「ええ、2人とも反応はここから」
五十嵐の問いに村田が答えた。
千華警備の制服には発信機が取り付けられている。
もしもの場合を想定して取り付けられていたのだが、そのもしもがこんなに早く来るとは思っていなかった。
2つとも反応が動いていない状況を見ると拘束されて身動きが取れないかあるいは潜伏しているか、もしくは・・・。
最悪の結果を連想するがすぐに打ち消す。
うちの社員に限ってそんな事はないと。
「敵を警戒しつつ2人を探すぞ、おそらくどちらかと一緒に彼女も居るはずだ」
「「了解」」
まずは1番近い反応を辿っていく事にした。
本来ならば背後からの襲撃や挟み撃ちを防ぐために1階から順に各部屋を制圧していく必要があるかが今回は護衛対象の保護が最優先である。
遭遇する敵だけを撃破する事を念頭にビル内へと入って行った。
途中小規模な衝突はあったが容易く撃退していく。
自分たちが強いというより敵が弱すぎるという具合だ。
恐らくは寄せ集めの集団だからだろう。
統率のとれていない動きと単独での戦闘だったので簡単だった。
「ここです、この中です」
ある部屋のまえで村田が止まる。
五十嵐は2人に合図を送ると突入に備える。
合図を送りドアを蹴破ると五十嵐が突入し2人が援護の為に室内に銃を向けた。
「・・・敵影無し、クリア!」
敵が居ない事を確認すると銃を下す。
ドアの前に村田を絶たせ周囲を警戒させる。
五十嵐と南部が室内を探していると部屋の隅に居る2人を発見した。
「無事でしたか!」
ガクガクと震えている珀敷とその彼女を励ますように寄り添い座っている三葉恵里。
なんだか立場が逆なような気もするが無理もないと五十嵐は思った。
戦闘班に配属された珀敷は隊内で1番実戦経験が少ない。
今でこそ戦闘班にいるが、ひと昔前までは別の班だった。
前いた隊員が負傷の為に別勤務になった為に人数合わせの都合で急きょ編入された補充要員だったからだ。
取りあえず2人が無事だった事に安堵した五十嵐であったがすぐにその安堵は吹き飛ぶ。
数多くの足音が聞こえ体に緊張がはしる。
「村田、南部!警戒!」
2人を守るように3人で囲み銃を四方に構え迎撃態勢を整える。
背後は壁なのでまず後ろは気にしなくていいだろう。だが足音の数からして5人、いやそれ以上居るかもしれない。
緊張からか引き金にかけた指が震えているのが分かった。
「・・・来ます」
村田がそう呟いた時、建物の陰に武装した集団が見えた。
五十嵐が引き金を引こうとした時だった。
「撃つな!こちらは治安維持局だ、千華警備の者か?」
両手を上げて近づいてきた奴はこちらの存在を知っているようだ。
「治安維持局?なんで奴らがここに・・・」
兎にも角にも敵でないという事に安堵する面々であった。
銃を下し警戒態勢を解く。
「千華警備の五十嵐です」
「これはご丁寧に、自分は治安維持局の相良と言います」
互いの紹介が終わった所で五十嵐は状況の説明を求めた。
相良の話によると街のあちこちに武装集団が潜伏しており戦闘状態にあるそうだ。
しかし制圧は時間の問題らしい。
なぜここが分かったかについては匿名で情報をよこした奴がいるという事だった。
「これで全員ですか?」
治安維持局の兵士達に護送されながら敷地外へと出る。
そこにはわざわざ準備されたであろう護送用のヘリが待機してあった。
「いやまだうちの隊員が」
五十嵐がそう言った時だった。
何かを思い出したかのように三葉恵里が話し込んでいる五十嵐と相良の間に割って入ったのは。
「大変なんです!はやく彼を、島崎さんを助けないと!」
若干取り乱した三葉を落ち着かせ詳しい話を聞き出す五十嵐。
だが彼女の話を聞いて五十嵐はその顔を青ざめさせた。
彼女曰く島崎は大量の出血をしている可能性があるとの事。
彼が自分たちを助けに来た時全身血だらけだったという。
すぐに五十嵐は通信機で連絡を試みる。
「おい、島崎!聞こえるか!」
「・・・」
「おい!返事をしろ!」
「・・・あれ?五十嵐・・・さん」
駄目もとかと思ったが繋がった。
反応があった事に安堵する五十嵐だったがちょっと様子が変な事に気づく。
息遣いが荒い。
「おい今どこだ!」
「・・・はぁ、はぁ・・・それが・・ちょっ・と、分かんない・・・です」
言葉も途切れ途切れだ。
明らかに様子が変である。
何処か怪我をしたのかと五十嵐が訪ねるも
「い・・・え、痛みは・・・ないので・・大丈夫・・・・」
反応も悪い。
やり取りを聞いていた治安維持局の兵士がすでに動いており、島崎を探す為に再びビル内へと向かってくれていた。
五十嵐は島崎の意識を繋ぎとめようと必死に語り続ける。
「今どこだ、なにか目印は無いか!」
「・・・はぁ、はぁ・・・それより五十嵐・・さん、2人は・・・保護しまし・・たか?」
「ああ無事だ、おまえ活躍したそうだな」
「・・・そうですか・・・無事ですか・・」
「・・・島崎?」
「・・・・・・・・・」
それ以降島崎が五十嵐の呼びかけに答える事は無かった。




