#32
「追え!逃がすな!」
白煙の中から飛び出してきた車を追うように指示を飛ばす。
ある者はオートバイに跨り、またある者は建物の陰に止めていたジープに乗り込む。
ジープの荷台にある銃架にはM2重機関銃が取り付けられている。
荷台移った男は銃尾についた押金式のトリガーに指を押し当て、走り去ろうとする車にその銃口を向ける。
鈍い音をたてながら銃口が火を噴いた。
M2重機関銃に使用されている弾薬は威力の強い12.7×99㎜弾。
くわえて射撃の際の反動が抑えられており撃ちやすいのが特徴だ。
有効射程が長く弾道特性も良いので命中率も高い。
1983年の登場以来大きな設計変更もなく現在まで使用され続けてきたこの重機関銃は扱いやすく信頼性が高い。
初弾発射後その反動を利用して自動装填し弾帯より糾弾される弾は雨のごとく銃弾を逃げる車輌へと浴びせる。
12.7㎜などの大口径の銃弾に対応していない軽装甲機動車の装甲は簡単に突き破られる事になる。
「ちょ、嘘だろ!」
現役を引退したとはいえ本物の装甲材を使用した戦闘車輌である軽装甲機動車の特殊高張力鋼板を貫通してきたのだ。驚くのも無理は無い。
島崎が驚いている間にも次々と銃弾が浴びせられる。
まずい、このままでは大事な俺の相棒が!
本当は会社所有となっている軽装甲機動車であるが島崎はすでに自分の物であるように思っていた。
目前に丁字路が見える。
「おし、ここだ!」
煙幕装置のスイッチに手を伸ばした。
2号車も1号車同様に発煙弾発射機が取り着けられている。
数発の発煙弾が打ち上げられ炸裂を繰り返す。
一瞬にして周囲を白煙が覆った。
「怯むな!ただの煙幕だ、突っ込めぇ!」
先頭のジープの男が激を飛ばし白煙の中へ突っ込んでいった。
後を追うように他のジープとオートバイが続く。
「おわぁ!」
白煙を突っ切った後、目の前に迫ったビルに対処する間もなく突っ込むジープ。
他のジープも対処出来ずにいた。急ハンドルによりスピンして支柱にぶつかったり、止めてあった他の車にぶつかるなどして数を減らした。
唯一機動力の高いオートバイはそのまま難なくやり過ごす。
「先回りしろ!」
オートバイの男が身振り手振りで別の男に指示を飛ばす。
指示された男は縦に首を振るとオートバイの方向を変え別の道を走っていった。
――
後ろを振り返り追手が居ないことを確認し安堵する島崎。
いきよいで囮役を買って出たのはいいがこのままどうすればいいんだろうか。
無線機は使えないので本社と連絡をとるのは難しい。
だが判断出来ないからといって立ち止まっていてはいけない。
またいつどこからさっきの兵隊が襲ってくるか分からないからな。
辺りを警戒するようにキョロキョロと見回す。
車の造りが特殊な為、窓が小さいのが難点だ。視界はあまりよくないのでスピードを落す。
本来ならば敵がいるかもしれない場所でそんな事せずに一気に戦線離脱するべきなのだが後ろの敵を撒いたと安心した余裕からかそんな暴挙に出てしまったのだった。
ややゆっくり走っているとビルの間の細い路地をオートバイが走っているのが見えた。
手にはマシンガンらしき物を握っている。
「やばっ!」
正面を向きアクセルを踏み込もうとするのとほぼ同時だった。
目に前に現れた男が肩になにかを担いでいる。
筒状の発射機と思われる物体の先端にフットボールのような形状の大型の弾頭が見える。
すぐにそれがなにか分かった。映画でも頻繁に登場する名脇役だ。
RPG-7である。威力が高く、使い安く、入手しやすいの三拍子のそろった対戦車兵器。
映画の世界ではもっぱらテロリストや紛争地帯のゲリラなんかが使用している凶悪な兵器だ。
今それが自分に向けられている。
発射された弾体はロケットブースターにより真っ直ぐに飛ぶだけで熱誘導などの追尾機能は無いが装甲車程度なら当たれば木端微塵なのは言うまでも無い。
ましてや今自分が乗っているのは軽装甲機動車であって装甲車ではない。
跡形も無く消え去ってしまう可能性が高い。
このまま正面に突っ込んでも相手が撃つ方が早いだろう。
それほど距離には余裕があった。
煙幕ももう使えない。先ほど撃ち尽くしてしまった。
ギアに手を伸ばし急ぎバックにいれる。
後方なんて確認せずに一気にアクセルを踏んだ。
タイヤがスリップしゴムの焼ける臭いと白い煙をあげ後退する。
まっすぐに下がるだけでは駄目だ。
そのままあのロケット弾の餌食になってしまう。
蛇行しながら後退すべきだが道幅から考えても無理だ。
助かる方法はただ一つしかない。こいつの放棄だ。
だが俺には出来ない。憧れだったこいつを、相棒を犠牲にするなんて!
後退していくなか先ほどの路地からオートバイが飛び出してきた。
マシンガンを乱射するがその程度の攻撃では問題にすらならない。
むしろあのRPGの方が怖くてこのマシンガンには恐怖すら抱かない。
装甲に当たったマシンガンの銃弾を弾く音だけが聞こえる。
あの男は自分の絶対的余裕を楽しんでいるのだろうか、中々発射しようとしない。
俺が恐怖に絶望するのを楽しんでいるかのようだ。
ちらっとバックミラーで後方を確認する。
後ろにはなにもない。うまく行けばこのまま逃げれるかもと思い視線を前に戻した時だ。
前方の道路、あのRPG-7を担いでいた男が居た場所から白い煙が吹いたかと思った次の瞬間には何かが飛んできた。
十中八九ロケット弾だというのは間違いない。
「くそっ!」
ドアノブに手を掛け猛スピードで後退する車輌からその身を投げ出すのと弾体が着弾するのは同時だった。
耳を突くような爆発音に吹き飛ぶ土ホコリや熱風。
黒煙と炎を巻き上げながらそこかしこに鉄クズが降り注ぐ。
もうそこに軽装甲機動車の姿は無かった。




