#31
「ビル解体現場で不発弾らしきものが発見されました。近隣の皆さんは避難してください」
避難を促すアナウンスを流しながら軍の広報車が移動している。
その放送を聞いた住人は慌てたように指示された避難場所まで逃げていく。
ものの数分で賑やかだった街はゴーストタウンへと姿を変えた。
治安が悪化し始めた頃から積極的に避難する住人が増え始めた為かこういった状況になった時の住人の反応は早い。
すでに人が消えたはずの街で動く影があった。
軍で主に小隊などの人員輸送を行う大型のトラックが数台静かな街中を走っていた。
「まさかここまでとはな、この国の奴は皆臆病なのか?」
「まぁそう言うな。平和ボケした国だ、臆病なのはしかたないさ」
小ばかにしたように笑う男達。
一見国軍の兵士のようだが肩の腕章には白蛇が描かれている。
彼らがセルパンの指示でビル解体現場に不発弾を設置した犯人である。
一般人が居ないほうが作戦の都合上最適だという事で彼の指示にしたがい不発弾を工事現場に残してきたのだがこれほどまで効果があるとは信じていなかった。
理由はそれだけではない。
目撃者を作らないというのがこの避難指示の大部分をしめる。
彼らがこれまでに数々の事件に関与したというのが噂程度でしかないのは目撃者の数が少ないというのが大きい。
「さて、じゃあ次の仕事にかかるか」
「そうだな」
止まったトラックの荷台から男が数名降りると板のようなものを受けとり組立はじめた。
組み上げられた通行止めのバリケードを設置すると彼らは姿を消した。
――
交差点を右折し軍用車両が近づいてくるのが見える。
情報通りだ。
誘導灯を振りかざし停止するよう求める。
―コンコン
ガラスをノックし窓を開けてもらう。
「すいません。この先のビル解体現場で不発弾が見つかり軍の処理が終わるまで通行止めです。迂回をお願いします」
「不発弾だと!?疑うわけではないんだがちょっといいか・・・」
運転手が無線で何処かに連絡をとっているようだ。
確認をとっても無駄なのにな、ご丁寧なこった。
「そうか、分かった。ありがとう・・・すまない、実は民軍の仕事で護送中なんだが最短の迂回ルートを教えていただきたのですが」
「なるほど護送中でしたか、ならばこちらで誘導しましょう」
「それは助かります」
「では着いてきてください」
近くに止めてあったパトカーに乗り込み赤色灯を点灯させる。
おもむろに無線機をとると
「これから鳥かごを誘導する」
「了解」
無線機を元に戻すとアクセルを踏み発進させる。
ミラーで着いてきているかを確認し笑みを浮かべた。
「まったくお気楽な連中だぜ、格好だけで相手を信じるんだからな」
被っていた警官用の帽子を助手席になげると口笛を吹きながら運転を始める。
パトカーと軍用車が曲がり角に消えた後、その道を塞ぐようにバリケードが設置された。
――
しばらく進んだ後パトカーが路肩に停車する。
スピーカーを通してあとは真っ直ぐ進むように指示してきた。
指示通りに進んでいると突然前に男が飛び出してきた。
手を振りながら止まるように合図をしているように見える。
軍服を着ていたので最初は国軍かと思われたがどうも違うようだ。
はっきりと確認できた時にはもう相手は銃をかまえていた。
「!!!まずい!!!」
五十嵐はとっさに煙幕装置を機動させる。
軽装甲機動車には車輌のサイドに発煙弾発射機が取り付けられている。
殺傷能力こそないものの敵の視界を遮る等、相手を攪乱させるには最適な装備だ。
数発の発煙弾が打ち出される。
発射機から打ち上げられた発煙弾は空中で炸裂した。
瞬間的に黄炎が燃え上がったあと大量の白煙が周囲に立ち込める。
とっさの判断で煙幕を展開させたが効果はあったようだ。
フロントの装甲板に銃弾の当たる音はするが防弾ガラスには命中していない。
闇雲にばら撒いているだけのようだ。
「島崎聞こえるか!応答しろ!」
「・・・」
無線機からは砂嵐のような音しか聞こえない。
いつまでもここで立ち往生している訳にはいかない、このままでは格好の的だ。
「村田、援護を頼む!」
「了解」
村田は天井ハッチを開け上半身をのり出した。
ターレットと自身の体を固定すると据えつけておいた5.56㎜機銃の安全装置を解除する。
分隊支援火器として優秀な性能を発揮するこのMINIMIはベルトリンク送弾ならば毎分725発もの弾を撃ちだす事が可能だ。
ギヤをバックに入れ直し後退させた五十嵐は囮車輌であるセダンに横付けする。
村田も威嚇もかね白煙たちこめる前方に銃弾をばら撒く。
車載の無線機が使えないので接近回線用のインカムを使用することにした。
「聞こえますか!」
「はい、いったいなにがあったんですか!?」
突然の白煙に銃声。いくら三葉家の優秀な執事である青山さんといえど取り乱さない訳がない。
囮になる覚悟はしていたとはいえやはりそこは一般人だ。
名乗り出たからと言っても本当に危険な目にあわす訳にはいかない。
「落ち着いて聞いてください。敵襲です、ここは危険なのですぐに避難を。もちろんお嬢様と一緒に逃げていただきます」
援護の為に運転席から降りた五十嵐が銃を構え周囲を警戒し、珀敷が護衛対象の三葉恵里を連れ車外へと出ると
後部ドアを開け、囮車輌へと乗り込む。
この時点で囮として使用するはずだったセダンは最重要車輌となった。
「ご安心を彼女もうちの優秀な社員です。万が一にも危険はありません。頼んだよ珀敷!」
「はい!」
珀敷はしっかりと返事をする。
窓ガラスを叩き発進するように促す。
青山は車をUターンさせると来た道を戻っていった。
「さて、我々は囮になるか」
ものの数秒の出来事だった。
ここまで迅速に行動できたのは日頃の訓練のおかげだと思う五十嵐だった。
とりあえず護衛対象を避難させることには成功したと安堵する五十嵐は車輌に乗り込もうとした時だった。
横の路地からトラックが迫ってくるのが見えた。
村田もそれに気づいたのかターレットを左旋回させ銃口を向ける。
すでに敵の発砲があったので民軍は自衛権を発動できる状態だ。
躊躇うことなく引き金を引く。
引き込まれた引き金は敵を鎮圧すべく鉛の凶弾を吐き出した。
空となった薬莢が活きよい良くはじき出され弾が次々とトラック目がけ放たれる。
しかし装甲材でフロントを覆われた軍用のトラックでは目立った外傷を与える事は出来ていない。
いくら機関銃といえど映画のワンシーンのように車を吹き飛ばす芸当など到底無理な話である。
五十嵐はすでに運転席に座っておりサイドブレーキを解除したところだったが間に合いそうにない。
万事休すかと思われた時だ。
突っ込んでこようとしていたトラックの横っ腹に別の車が突っ込み、そのままトラック諸共ビルの外壁に突っ込んだのだ。
「島崎!」
五十嵐はとっさにそう叫んでいた。
トラックの横っ腹に突っ込んだのはなにを隠そう千華警備の2号車である。
一部始終を見ていた島崎はアクセルを踏み込み飛び出したのだ。
本人としては横っ腹に突っ込むのではなく1号車の盾となるべく前にでようと思っての行動だったが勇気を出すまでの時間がかかり今の状況となってしまった。
結果的には1号車を守れたので良しとしよう。
島崎はバックギアに入れると後退させる。
バンパーこそは拉げているもののそこは装甲車、頑丈な造りだ。動かすことはできる。
一方ぶつけられたトラックは胴体を大きく曲げ壁にめり込んでいる。
正面からの攻撃には強くでも横の攻撃には弱かったようだ。
「自分が囮になります、五十嵐さんはセダンを追って護衛を継続してください!」
窓を開け島崎が叫ぶ。
叫ぶと同時に後部ハッチが開き南部が出てきた。
「護衛は一人でも多いほうがいいでしょうから、彼女もお願いします!」
そう言うと島崎は窓を閉めアクセルを踏み込んだ。
白煙の中から飛び出した車輌に銃弾の雨が浴びせられる音が五十嵐達にも届いていた。
「くそっ!」
五十嵐はハンドルを殴り怒りをぶつける。
自身の判断ミスだ。
市街地では襲撃は無いだろうと油断していた。
だがもう後悔しても遅い。
今は護衛対象の安全を最優先しなくてはいけない。
アクセルを踏み込み先に後退したセダンを追った。




