#30
作戦会議も終わり全員で整列して待っていると玄関が開く。
執事である青山さんを連れて恵里さんが現れた。
「今日はよろしくお願いいたします」
そう言って軽く礼をする。
その様子に脅えた表情など一切見られない。
今回の護衛の話をした時点で自身の命が狙われているという事はすでに彼女には知らされている。
まだ10代後半と年端もいかない少女なのにここまで堂々としている姿をみると感心させられてしまう。
さすがは三ッ葉重工の会長のお孫さんという所だろうか。やはり普通とは違う教育を受けてきたのだろう。
俺なら絶対びびって部屋から出ないだろうな。
まぁ命を狙われる危険なんて俺の場合まず無いだろうけど。
毅然とした態度の恵里さんを見て感心する島崎。
「我々にお任せください。必ず守ってみせます」
「実に頼もしいですね、あなたは」
あなたはの部分を強調するようにして五十嵐さんに返事をする恵里さん。
それは俺への当てつけでしょうか。
出発前からすでに敗北している島崎をあざ笑うかの如く振る舞う三葉恵里。
やはり彼女は祖父と同じく弱者には厳しいようだ。
一通り挨拶した後、各々が決められた配置に着く。
まず先頭の1号車である軽装甲機動車に五十嵐、村田、珀敷と護衛対象の計4名が乗り後車の2号車に島崎と南部が乗った。
囮車輌として装甲板を使用した改良セダンが1号車と2号車の間を走る。
当初の予定では運転手は五十嵐が務めるはずだったのだが執事である青山さんが名乗り出たのだ。
もちろん全員が止めたのだが
「三葉様のお仕えになって20.年以上。やっとこのご恩をお返しできる時が来ました。お嬢様の為ならばこの命惜しくございません」
そう言って懇願されたら断る訳にもいかない。というより根負けした感じだ。
防弾チョッキの着用、危険になったら必ず逃げるという事とこちらの指示には必ず従う事を条件に今回参加が決まった。
「囮役をかってでるなんて、なかなか出来る事じゃないですよ」
「私の恩人の方のお孫さんですからね。それにお嬢様が幼少の頃からのお付き合いです。こんな事を言うのは失礼かもしれませんが私にとっては娘のような存在ですしね」
防弾チョッキのつけ方を説明しながら島崎は青山とそんな話をしていた。
青山の眼はとても優しく彼女を見つめていた。
防弾チョッキを着け終わると次は無線機の操作方法について教える。
すぐに操作方法を覚えてくれたのはさすが執事。呑み込みが早くて助かった。
全員の準備が完了したのを確認してから車輌に乗り込む。
運転席に座るとすぐに無線のスイッチを入れた。
千課警備の指令室と連絡を頻繁に行いサポートしてもらう為だ。
なにかしら動きがあればすぐに通信が入る手筈になっている。
「こちら1号車五十嵐、感度良好どうぞ」
「こちら指令室、今回担当する第6支援班の南波です。よろしくお願いします」
「こちら2号車島崎です、よろしくお願いします」
通信感度の確認も兼ねて連絡を行う。
通信機器に問題はないようだ。
基本的に現場の指揮権は担当班の班長にある。
今回の場合は第2班の班長である五十嵐に指揮権がある。
それとは別に現場やその近辺の情報収集を行い提供したりや現場判断の難しい指示を行うのがこの支援班である。
千華警備の指令室に彼女達は配属されそれぞれ専門の担当を請け負っている。
この第6支援班の主な担当は移動支援である。
交通状況や天候等の最新のデータを瞬時に収集し現場部隊へ最善のルートを提供するのが彼女たちに課せられた任務である。
指令室のモニターには街の地図とその地図上を移動する赤い点が映っていた。
この赤い点がGPSにより位置情報を送信する五十嵐たちの車輌である。
指令室にはことの行方を見守るボスの姿もあった。
「とうとう始まったか。さて相手はどうでるか」
例えようのない胸騒ぎがするボスは不安が隠せなかった。
土曜日という事もあって渋滞が予想されていたが支援班からのルート指示により渋滞に捉まることもなく順調に進んでいた。
現在位置は都市高速に乗るために市街地を移動中だ。
あまり見て回る事のなかった市内をこんな形で見る事になるとは思っていなかった。
「けっこう高い建物多いんですね」
「島崎さんはあまり街中には出ないんですか?」
「えぇ休日はずっと家にいますし」
渋滞に捉まったのか少し動きの鈍くなったおかげで周りのビルを見ながら南部さんと雑談を交わす。
今思えばこうしてゆっくり会話した事無かったんじゃないかなと思っていた時だった。
誘導灯を持った警官の姿が目に入ったのは。
一旦停車した1号車から五十嵐さんがなにか話している様子が伺える。
何事だろうと思っていると1号車から通信が入った。
「どうも近くのビル解体現場で不発弾らしきものが見つかったらしい。こちらの事情を説明したら幸いにも迂回路を誘導してくれるらしい。付いてこい」
「了解です」
先導するパトカーの後ろを付いていく事となった。
それにしても不発弾か。戦争の爪痕ってのはどこにでもあるもんなんだなとしみじみ思ってしまう。
しばらく先導されるがまま着いていく。
不発弾発見の一報が近隣住民に行き届いているのかまったくと言っていいほど人の気配がしない。
まるでゴーストタウンの中を走っているようだ。
情報が行き届いていることは良いことなのだが些か不気味である。
真昼間なのにシーンと静まり返っているのだ。
唯一聞こえるのはエンジン音と自分たちが会話する声くらいだろう。
不気味に思っていると同時にある不安が頭を過った。
ここまで人が居ないという事はここは避難区域なんじゃないか?
そんな場所を走っていて安全なのだろうか?
その疑問から指令室に問い合わせようと無線を使うのだが一向に繋がらない。
ずっとザーと砂嵐のような音がするだけだった。
「なんか変じゃないか?」
「確かにです」
南部さんと意見が一致したので五十嵐さんに聞く事にしたのだが。
やはり無線機からはザーという音しか聞こえない。
これはまずい。
素人の俺でも分かる。
これは良くない事が起こる前触れであると。




