#28
三葉邸から少し離れた草むらの中に暗視鏡を持った男が隠れていた。
手には小型の無線機を持っている。
「標的に動きがありました、装甲車が2輌出ていきます」
「奴も一緒か?」
「そこまでは分かりませんが恐らく一緒ではないかと」
「そうか・・・そのまま指示を待て」
「了解」
無線通信を終え男は再び監視を続ける。
男の視線の先には遠ざかる車輌があった。
―白蛇アジト―
部下からの報告をうけセルパンは悩んでいた。
報告から千華警備の兵士達は一時的に退去した事になる。
だが一番重要なのはあの男も一緒なのかどうかだ。
標的のいる三葉邸の周りには監視システムが設置されているらしいがそれは大きな問題ではない。
数々の軍事施設を見てきた彼にとって日本のしかも軍事目的に建てられた建物でもない施設の警備装置など無いも同然なのだ。
だがあの男が残っているとなると問題は別だ。
2㎞も離れた所にいるラパスに気づき挑発するほどの自信家。
今回仲間を返したのは奴の作戦かもしれない。
腕に自信のある者は周りの者が邪魔になるというのはよくある話だ。
1人のほうが戦いやすいという。
敷地内の事は分からないがトラップだらけというのも考えられる。
迂闊に手をだして部下を失うのは避けた方がいい。
すでに奴の要塞と化したあの屋敷には手を出さないほうがいいだろう。
作戦を変更する必要があるようだ。
「残念だが貴様の思い通りには事は運ばんよ」
セルパンは無線機に手を伸ばす。
「見張りの交代要員を残し全員撤収だ。作戦を変更する」
「了解」
無線連絡を受けた男がペンライトを使いなにやら合図を送る。
それまでただの田んぼかと思われていた場所の土が盛り上がり何かが立ち上がる。
それも1つや2つではない。
あたり一面がその異様な光景になっていた。
黒い塊は、夜襲に備え待機していた完全武装の男達だった。
見張りの者を残し撤収していく。
撤収完了の報告を受け無線機を置くセルパンは1人しかいないはずの室内で誰かに話しかけた。
「お前の部下はちゃんと働いているのか、一切連絡が来ないんだが?」
「・・・」
やはり返事は返ってこない。
セルパンはフンと鼻で笑うと席から立ち上がり部屋から出て行った。
―三葉邸―
時計の針はすでに午前2時を過ぎていた。
「ね・・・眠れん」
いつ襲われるか分からないという不安と、今ここには自分しかいないというプレッシャーから一睡もせずに監視モニターを見る島崎の姿がそこにはあった。
足元には何本も栄養ドリンクの空き瓶が転がりすでに何杯飲んだか分からない。
ちょっとでも物音がすれば懐中電灯と警棒片手に確認しに向かい、なにかモニターに映り込めば録画映像を別モニターで再生して確認するという事を繰り返していた。
休まることなく緊張した時間が続く。
この状態が五十嵐達が到着するまで続くのであった。
翌朝武装を施した軽装甲機動車が三葉邸を訪れた。
敵の脅威に備えあの後装備を強化させたようだ。
側面と後方の防弾ガラスを増厚し、乗員キャビン天井に装甲板で囲んだ銃座を設置している。
銃座に据えられたのは5.56㎜機銃MINIMI。
市場で一般的に出回っており値段も手頃で取り扱いやすい軽機関銃だ。
重量も約7kgと比較的軽いので女性ばかりの千華警備でも重宝されている。
正門を通過し正面玄関前で待機する。
恵里さんを待つ間に各自装備の点検をする事となった。
「酷い顔だな島崎」
会ってすぐ五十嵐さんの第一声だった。
「えぇ、一睡もしてないので」
昨日はまったく寝れなかった事を話す。
緊張し過ぎだとか、肩に力入れ過ぎだとか言われたが一切耳に入って来ない。
そりゃ皆さん帰りましたもんね!
各々が装備点検をするなか島崎も新たに支給された装備を確認する。
元々民間軍事会社の社員、つまりは傭兵になるのだが軍隊と違って我々には決まった装備などない。
各自が好きなように、使いたい装備で武装することができる。
ただうちの会社の場合宣伝目的もあるのでお揃いの戦闘服は着用が義務づけられている。
会社名さえ見えていれば多少の改造も許されてはいる。
もちろん真面目人間の島崎は改造することなくそのまま着用している。
新しく支給されたボディーアーマーを着けるか防弾チョッキにするか悩んでいると五十嵐さんがやってきた。
五十嵐さんも同じ戦闘服を着ているがちゃんと身に着けているのはズボンだけで上半身は黒いタンクトップにその上からタクティカルベストを着けている。
上着は腰に巻きつけるような感じだ。
「そういや島崎、お前は何を使うんだ?」
「何ってなんですか?」
「これだよ、これこれ」
そういって五十嵐さんは腰のホルスターから拳銃を抜き取り見せてくれた。
グロッグ18という拳銃で、グロッグ17に改良を加えた治安機関用のフルオート可能モデルだ。
女性向けの低反動モデルである25を使わない辺りが五十嵐さんらしい。
「自分はこれで」
そういって3段ロッド式の特殊警棒を見せる。
冗談とでも思ったのか、一瞬不機嫌そうに眉を寄せたので慌てて事情を説明した。
今のまま不機嫌になられたら間違いなく撃たれてしまう。
「愛用の銃は自宅に」
「自宅って…ちょ、おま・・・えぇ!?」
普通ならば肌に離さず持っていなければならない銃であるがそれが出来ない理由が島崎にはあった。
銃を所持するには免許が必要なのだが島崎はその免許を持っていない。
現在我が国では拳銃などを使用するには免許が必要となる。
誰でも自由に取り扱えたらそれこそ米国みたいに銃社会となってしまう。
自衛隊の国軍化や民間軍事会社制度の導入と同時に一般人でも拳銃の取り扱いが可能になったのは記憶に新しい。
一般人でも可能と言っても免許の取得が絶対だ。
まず免許申請した時点で政府から身元調査が入る。そしてその検査に受かった者だけが免許を受ける資格を得る事が出来るのだ。
免許と一言に言っても数種類存在する。
まず一番最初に受けなくてはいけないのが、火器免の丙種だ。
この丙種は、火器を取り扱う上で必要な知識を習得し、甲・乙種の免許取得資格を有する。
というもの。
ちなみにこの丙種だけでは拳銃などの火器を扱う事は出来ない。
丙種の免許を取った後に受ける事が出来る免許が重要なのだ。
次がこの乙種。
乙種は短機関銃、拳銃、手榴弾等の火薬類を使用する携帯火器取り扱いの必要過程を修了し、その取り扱いを許可された者が携帯する免許証という具合になっている。
丙種、乙種とくればもう分かると思うが一番最後が甲種となっている。
甲種はライフル類及び機関銃などの重火器類の取り扱いの必要過程を修了し、その取り扱いを許可された者が携帯する免許証とう感じだ。
火器免や火免など略して呼ばれる事があるが正式名称は火器取扱い者免許証といい、扱う分類として乙種と甲種がある。
細かく分類するとキリがないのでここではその説明は省くとしよう。
ちなみにこの免許、一度落ちると次の試験まで5年以上受けられないという決まりがある。
そう簡単には拳銃の所持許可は下りないという事だ。
話は戻るがたしかに五十嵐さんが驚くのも無理はない。
民間軍事会社の社員が銃を持っていなんだから。
まさか軍事会社の面接を受けた奴が火器免を持ってないなんて思いもしないだろう。
余計な詮索をされないうちに言い訳を言っておこう。
別に前々から準備してたとかそういんじゃないんだからね!
いざって時に困ったらあれだから、考えてただけなんだから!
「現在メンテ中で、他のは手にしっくりこないんですよ」
「あぁ、そうか。そうだな・・・」
なんとか納得してくれたかな。
冷や汗をかいていると先ほどの五十嵐さんの声を聴きつけたのか南部さんたちがやってきた。
やはり皆好き好きな格好をしている。
というより全員が銃を携帯しているあたり皆火器免持ってるんだねってか当たり前か。
それよりもだ。
こうして武装した集団を見ているとここが国内であるという事を忘れてしまいそうになる。
世界で1番平和な国、治安の良い国。そう言われていたのが過去の出来事だと認識させられてしまう。
でもこれだけの面子が揃ってるんだ。
なんの不安があろうか。
島崎は自分の装備を整えると他の皆の所へと向かった。




