#26
三光女子大から少し離れた場所にあるビルの屋上に人影があった。
その人影は手に黒い筒のような物を持っている。
影はその筒を覗くようにして女子大の方を見ていた。
「装甲車?」
正門の前に止まっている車輌に気づいた。
確かにあの車を見た時、知らない者は装甲車かと思うかもしれない。
だが正確には機動車に部類されるのだがこの人物が知る由もない。
「確か民間軍事会社が動いているって言ってたな、あれがそうか」
雲が動き太陽が姿を現した時、屋上にいた影の人物の姿もあらわになった。
あの薄暗い部屋で話していた色白の眼光の鋭い男である。
手に持っていた筒は狙撃銃用のスコープだった。
彼が得意とするのは狙撃である。
今までその腕で数々の標的を葬ってきた。
今回もその標的を確認する為にこうして女子大を確認できるビルの屋上に来ていたのだ。
スコープを覗いていると集団が正門から出てくるのが見えた。
その集団が車輌へと近づいていく。
「奴らがそうか・・・ふん、女ばかりじゃないか」
覗いていたスコープに反射防止のカバーを被せると目を離す。
民間軍事会社の社員を確認でき敵の戦力を分析できていたと思った男は、笑みを浮かべたが瞬間的に殺気を感じ再びスコープを構えた。
もちろんその殺気を放った相手を探す為である。
すぐにその相手を探す事は出来た。
正門の前に1人の男が立ちこちら側を見ていたからだ。
「まさか奴が・・・そんな訳はない、ここは2㎞も離れているのだぞ。それに逆光でなにも見えないはずだ」
永い間戦場に身を置き続けてきた彼は殺気というものに敏感になっていた。
一瞬でも感じた殺気が気のせいだと自分に言い聞かせるように言う。
だがそんな自問自答も無駄に終わるとは思っていなかったようだ。
スコープ越しに見る男はニヤリと笑うと指鉄砲を作り挑発してきたのだ。
「まさか、見えているのか!?」
指鉄砲のしぐさに思わず隠れてしまった男は動揺していた。
そんな訳は無いと言い聞かす、偶然だと。
自身の狙撃手としての経験や立地条件から絶対に相手からは視認できない場所を選んでここを選んだ。
逆に離れすぎている為にここからの狙撃は出来ない。
だから銃は持ってこなかったのだが。
もし奴が銃を持っていたら俺は殺されていたのだろうか。
自分と同等、もしくはそれ以上の腕を持つ狙撃手と対峙した事のなかった彼の動揺は計り知れないものだった。
敵の攻撃の及ばない長距離から狙撃を得意とする彼は自身が命の危険にさらされるという状況にあった事が無い。
なんとか落ち着きを取り戻し再びスコープをかまえた時、そこには車輌も奴の姿もそこには無かった。
アジトに戻り、あの人物の詳細を調べる必要がある。
そう思った男はすぐにその足をアジトへと向けた。
―白蛇アジト―
常に冷静沈着であり、誰よりも頭の切れる優れ者というのが彼に対する周りの評価だった。
その彼が慌てて入ってくるなり
「今すぐ資料をあるだけ見せろ!」
そう声を荒げて言ったのだ。
ただ事ではない態度に一同は驚いたが彼に意見を言える者はこの場に居ない。
渡された紙の束をめくりあの男の所で止める。
『千華警備(民)軍事会社 第2班所属 島崎宏一』
彼について調べられた事が書いてあったのだが他の人物と比べて明らかにその詳細事項が少なかった。
「奴について分かっている事はこれだけか!?」
「ええ、そいつがその軍事会社に入ってから日が浅いようで」
最終前歴は陸軍局参謀本部と書かれているだけでそれ以外の資料は書かれていない。
たかが参謀崩れの男が2㎞も離れた所にいる俺に気づく訳がない。
恐らくはその経歴も嘘情報だろう。
この国の軍隊を甘くみていたようだ。
この前、組織に探りを入れていた奴を消したのが悪かったか。
我々の情報網をもってしてでも奴の素性が分からないとなると少々厄介だ。
俺を挑発するような行動といい、得体のしれない相手。
今まで対峙したことのない敵との遭遇に鋭眼の男は顔を引きつらせていた。
「どうかしたのか」
普段と様子の違う事に気づいた別の男が話しかけてきた。
あの薄暗い部屋にいた大柄な男であった。
「ラパスどうした」
「ウルスか、難題だ」
狙撃手の男の名はラパス。もう一人の大柄な男の名はウルスという。
本名か偽名かはこの組織ではたいした問題ではない。
ラパスは事の次第をウルスに説明した。
「厄介だな、お前の狙撃が通用しないとなると」
「まて!通用しないとは聞きずてならんな!」
元々素性も分からない荒くれ者たちで編成された傭兵軍団だ。
折り合いが合わない事など日常茶飯事だった。
また始まったと周囲には諦めている者もいればどっちが勝つかと賭け事をしている者もいた。
取っ組み合いが始まろうかとした時だ。
「何事だ騒々しい、今は作戦中だぞ!」
鶴の一声とはこの事だろう。
その一声で騒がしかった現場は静かになり皆直立不動で敬礼をしている。
騒動の発端と思われる2人を睨むのは隻眼の男。
この傭兵部隊を仕切る唯一の男だ。名をセルパンと言う。
かつて世界中のテロリストを相手に戦っていた元軍人である。
「セルパン大佐、ご報告したい事が」
最初に口を開いたのはラパスだった。
そして今日の出来事を、要注意人物の事を話すのであった。




