#19
千華警備の前に黒塗りの高級車が停車した。
その車から降りて来たのは会長と呼ばれていたあの男性だ。
「あのバァさんに頭を下げるのは癪だが、選んでいる場合ではないか」
やや重い足取りで正面玄関を潜った。
数分後慌てて社長室に駆け込む社員の姿があった。
「ボっボス!お、お客様です!」
「まったくどいつもボスなんて・・・」
頭を抱え込む梶原社長ことボスだったがこのお客の登場でもっと頭を抱え込む事となる。
「久しいな・・・」
そういって社長室に入ってきた男性を見てボスは驚いた。
入って来た男は誰に言われるでもなく部屋の中央に設けられているソファーに腰かけると懐から1枚の写真を取り出した。
「今日は仕事の話で来た。契約金も準備してある」
「こっちの返事は聞かないのかい、まったくあんたって奴は・・・。まぁいい詳しい話を聞こうか」
「まずは島崎君を呼んでもらおうか」
「・・・調べはついているという訳か、ちょっと待ってな」
ボスが直々に呼ぶ為に社長室を出て行く。
秘書である女性が呼びに行きますと言ったがボスは
「あのジイさんを監視しときな」
とだけ言って島崎を呼びに消えて行った。
秘書の女性はボスに言われた通り監視をしていたがこれと言って妙な動きは見られなかった。
ただ1枚の写真を大事そうに手に持ってずっと眺めているだけだった。
ボスが五十嵐と島崎の2名を連れて戻って来た。
両名はやや緊張した面持ちで社長室へと入って来る。
2人の内の島崎に気づいた男性がソファーから立ち上がり島崎に歩み寄って行った。
「やぁ、この前は世話になったね」
そう言って握手を交わしていたが島崎は少し戸惑っているような表情だった。
「あの・・・どちら様でしたっけ?」
島崎は恐る恐る聞いて見た。
男性はちょっと驚いたような表情をしたが直ぐに元のやさしそうな表情に戻る。
「まぁ無理もないか。それに君にとっては忘れてしまうほど当たり前の行動だったんだろうしね。やはりワシの目に狂いは・・・」
なにかゴニョゴニョと言っていたが島崎の耳には届いていない。
男性は腰を屈めると肩で息をきらす真似をして言った。
「あんた、取り返してくれたんかね!」
その言葉を聞いてハッと思い出した。
初日に遅刻する原因・・・いや俺は寝坊した俺が悪いんだし、とにかく初日路地裏で遭遇したあのお爺さんか!
でもスーツを着ただけでこうも印象が変わるとは人って凄いななどと感心する島崎。
だがさらに島崎は驚かされる事に
「自己紹介が遅れたね。ワシはこういうものだよ」
そう言って島崎に1枚の紙を渡した。
横から覗きこんでいた五十嵐と島崎は同時に驚いた。
2人が驚くのも無理は無い。島崎が渡された紙、正確には名刺なのだがそれにはこう書かれていた
『三ッ葉重工業株式会社 会長 三葉 武 』
三ッ葉重工と言えば小さなネジから宇宙ロケットまでありとあらゆる分野に関わっている世界有数の巨大企業である。
その会長が今目に前にいるのだ。
雲の上の人物といってもいいほどの人物が今目の前に居る。
そんなお偉いさんがいったい自分になんの用事だろうか。
考えただけで島崎はちょっと気絶してしまいそうだった。
「何そんなに畏まらないでくれ、君とワシの仲じゃないか」
「えぇ!?」
ちょっとパニくる島崎。
そんな大企業の会長さんとお友達になった覚えはないのだが。
いやまて、もしここで何か失礼な態度をとったりでもしたら明日からの生活すら脅かされかねない。ここは相手に合わそう。そう、それが1番無難だ!
そんな結論に至った島崎は三葉会長の話に合わせる決意をした。
かくして超大企業の会長である三葉武氏を前に両脇をボスと五十嵐の両名に挟まれて生きた心地のしない時間が始まった。
「島崎君、君はワシの命の恩人だ。本当にあの時は助かったよ」
「いえ、自分は当然の事をしただけですので」
(命の恩人・・・いったい誰と勘違いしているんだ?)
「実は君の力を見込んで頼みたい仕事があるんだが・・・」
そう言って三葉会長はさきほどの写真を島崎たちに見せた。
写真には10代後半と思わしき黒髪の長い女性の姿が写っている。
とても清楚な感じでまさに大和撫子という言葉が似合いそうな女性がほほ笑んでいる写真だった。
食い入るように写真を見ていたら五十嵐さんに足を抓られた。
あとものすっごい睨まれている。
きっと1人で写真を見ていたから怒られたんだろう。こういう場合は皆で写真をみるもんなんだな、ひとつ勉強になった。
「どうだ、ワシの自慢の孫娘だ」
凄く機嫌の良さそうな顔だ。よほど自慢の孫娘なようだ。
「あんたわざわざ自慢しに来たのかい?」
ボスの一言で直ぐに本題へと戻された。
「そうだった。実はこんなものが会社当てに届いてのう・・・」
三葉会長は懐から1通の封筒を取り出した。
そして事の次第を話し始めた。
1週間ほど前に会社に届いた封筒には宛名だけで他にはなにも書かれていなかった。
会長当てに届いた封筒はまず危険性が無いか判断されてから会長の手元に届くのだが特に危険性も無かったので他の第3者の目に触れることなく会長の所に来た。
封筒を開封した会長は驚いたという。
その封筒は脅迫状だった。
脅迫状にはこう書かれていた。
『貴様の大事な物を奪う』
それ以外には何も書かれていなかった。
最初こそは驚いたもののこの手の類の脅迫文は稀に届く事があったのでさして本気にしていなかったのだが
会長が常日頃から可愛がっている孫娘の周辺で不審人物の目撃例が報告されるようになってからは日々危機感を募らせていたそうだ。
そして先日今度は自宅当てに小包が届いたという。
小包には鉄砲の弾が包まれていたそうだ。
だいたいこういった脅しで使用されるのは旧式の銃の古い弾だと相場は決まっているのだが念のために調べてもらうように手配をした。
結果で言えば調べて正解だった。
調べて分かった事なのだがこの弾、5.56×45(223レミントン)という種類の弾で主に現代のライフルで用いられる弾である事が判明した。
いよいよ孫娘の身の危険を実感した会長は身辺警護の依頼をこの千華警備に依頼しに来たという訳だった。
「なるほど、事の事情は分かった」
ボスは腕を組んだままウンウンと頷いている。
一方五十嵐は事の重大さを理解しているようで難しい表情だった。
話についていけてない島崎は一見冷静そうに見えるが頭の中では何も考えていなかった。
というより話についていけないので考えるのを止めていた。
「どうだろうか、この依頼受けてもらえないだろうか。こちらも出来る限りの協力はする」
「出来る限りの協力・・・ねぇ」
この言葉に口元をニヤリと緩めたボスにその場にいた人物は誰ひとり気づかなかった。
「ここから先は重役同士で話そうか、2人はもう下がっていいよ」
そう言うとボスは五十嵐と島崎を社長室から追い出すと三葉会長となにやら話始めた。
聞き耳をたてる訳にもいかずかるくお辞儀をすると社長室を後にする。
その後、詰所に戻った2人が班の仲間達から質問攻めにあったのは言うまでも無い。




