#15
とくに予定も無かったので帰宅した島崎はさっそく民間軍事会社について調べる事にした。
調べると言っても民間軍事会社の参考書や辞書があるわけでは無いのでインターネットで検索して簡単に調べる程度だ。
さっそくワィキペディアで調べてみた。
民間軍事会社とは直接戦闘、要人警護や…うんたらかんたらエトセトラ…海外の民間軍事会社について触れた項目を一通り呼んだ後、我が国における民間軍事会社の項目があった。
我が国における民間軍事会社について
近年凶悪化の一歩をたどる犯罪に警察だけでは対応できなくなり、政府はその打開策として民間軍事会社の設立に踏み切った。
国内における民間軍事会社の業務は一般企業や個人からの依頼を受けて行っている。
例えば要人警護、施設や車列の警備などがあるが政府から委託されて警備を行う事もある。
なお同時期に自衛隊が国軍となったが民間軍事会社が国軍と共同で警護や警備をする事は法律で禁止されている。
なおこれは民間軍事会社には自衛権は認められているが交戦権は認められていない為である。
自衛権は生命の危機が生じた際に生命を守るために防衛手段、つまり武力行使が認められる権利であるがこれは相手側からの攻撃があってこそ。それも生命を脅かすほどのもので無い限り行使出来ない。
交戦権は敵と判断出来た時点で武力行使による鎮圧、敵勢力の無力化が認められるものである。
また法律で民間軍事会社は正規軍との交戦は認められていない為でもある。
現在国内には数十社程度の民間軍事会社が存在するが一番有名なのがシティーガードセキュリティー(CityGuardSecurity略称CGS)であり国内最大規模の民間軍事会社である。
民間軍事会社の装備についてだが現在は旧自衛隊の払い下げ品や政府が輸入した銃器類の他、国内でライセンス生産された物など多種多様に上る。なおこれらの火器を取り扱うのには免許が必要になる。
一通り目をとうした後ワィキペディアを閉じる。
「なんか結構危ない会社に就職してしまったかもしれん」
軍事会社といっても警備会社とたいして変わらないだろうとか楽観視していたけど銃器の所有とか自衛権とかとんでもない。
いつの間にか非日常に片足を突っ込んでしまったようだ。
実際は片足でなくどっぷり腰まで浸かって居ることに本人は気づいていない。
直ぐに会社を辞めようと一瞬頭を過ったが現状では難しい。
ここの就職が決まるまで何社の面接を落ちたことか、考えただけで目汗が出るほどだ。
次の仕事が見つかるまではここで働くしかない。
ここは前向きに考えよう!
実際に武装集団と交戦すると決まった訳じゃないんだ、なにも起きない可能性だってある。
犯罪が凶悪化したといっても治安が悪いわけじゃないんだし。
自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を繰り返す。
「俺は大丈夫、俺は大丈夫、俺は大丈夫…」
気分を変えようとテレビを点けた時だった。
「本日テロ組織と思われる集団と民間軍事会社との間で激しい銃撃戦が起き、民間軍事会社社員2名が死亡する事件が起きました。場所は…」
すぐにテレビを消す。
点けるんじゃなかったと思って後悔しても意味が無い。
どうしよう。
路頭に迷うのを覚悟で辞職願いを出すにしても就職した次の日ってのはなぁ。
なんか人として間違ってる気がするし、かと言って自ら死ににいくような会社で働くのも。
ゴロゴロののたうち回るが一向に良い考えが浮かばない。
「よし、考えるのは辞めよう!」
この答えに行きつくまで数時間を要した。ただ先延ばしにしただけに過ぎないが。
さっそく島崎は現実逃避する為にゲームをする事にした。
悩みごとを忘れる為には別の事に没頭するのが1番である。
パソコンの画面上にあるアイコンをクリックする。
画面に現れたブラウザには【大攻防】と書かれていた。
大攻防とはウォー・シミュレーションゲームの定番として人気の高い作品の1つである。
なかでも彼がやっているのはネットを介して遠くの友人や見ず知らずの人、海外のユーザーとWeb大戦の出来る代物で世界中で爆発的な人気を誇っている。
もちろんWeb大戦だけではないので1人で遊ぶ事も可能だ。
島崎はデータをロードしてゲームを再開させた。
ゲームの画面には市街地を模したと思われるマップが広がっており、そのマップは六角のマスで区切られ戦車や戦闘機、歩兵などのアイコンがそのマス上に配置されている。
それぞれが青の陣営と赤の陣営に分かれており彼が操作しているのは青の陣営だ。
「さて、そんじゃ本日も作戦を開始しますか!」
彼はただ現実の問題を忘れる為にゲームの世界へと没頭するのであった。
――?――
街のいたる所で煙があがっている。
まだちらほらと燻っている炎がみてとれる。
先日の爆撃により街の半分以上が被害を受けた。
街は廃墟とかしている。
歩道橋は崩れ落ち、信号機は光を灯していない。
辺りは不気味なほど静かだ。
そんな街中を周りを警戒するように進む集団があった。
迷彩服に身を包んだ集団はそれぞれ手にライフルを持っている。
背中に無線機を担いだ男が指揮官らしき人物によばれ集団の先頭まで走っていく。
「定時報告、こちらブルー1敵との遭遇なし。繰り返す敵との遭遇なし。以上」
通信を終えた男は無線機を戻そうとした時だった。
倒壊しかけの建物から何かが降ってきたのは。
カツン、カツンと瓦礫づたいに跳ねて落ちてくるものを最初はコンクリート片か何かかと思っていたのだが違った。
足元に転がってきたそれは手榴弾だ。
その存在に気づいた時には反応するにはもう遅かった。
突如爆発が起き粉塵が撒きおこる。
粉塵が引いた時状況が一変していた。
地面には大きな窪みが出来ており周囲には兵士が倒れていた。
手榴弾の破片で負傷し血を流す兵士の姿も見られる。
爆発の近くにいた指揮官と通信兵の姿はもうそこには無く爆風に飛ばされたのか瓦礫の向こう側にそれと思わしき兵士が人形のように横たわっていた。
「たっ隊長!?」
指揮官を失った事で部隊が混乱している隙をつくかのように四方八方から銃弾が浴びせられた。
反撃らしい反撃も出来ぬまま敵の銃弾に倒れ、1人また1人と数を減らしていった。
「最後に報告があったのはいつだ」
「ブルー1が3時間前、ブルー5とブルー11が1時間まえです」
市街地に建てられたテントの中では深刻そうに上官に報告する兵士の姿があった。
上官の男も頭を抱え込むと難しそうに悩んでいる。
「総員に報告、第一種警戒態勢!敵が攻めてくるぞ」
「了解!」
兵士は敬礼すると慌ててテントから出ていった。
上官の男もヘルメットをかぶるとテントから出て行った。もちろん最前線で指揮をとる為である。
偵察に出ていた車両が逃げるように防衛陣地まで帰ってきた。
いたる所に銃弾の跡が見られる。敵部隊と遭遇し命からがら逃げてきたようだ。
「敵の規模はどれくらいだ」
「装甲車が数両に歩兵が2個小隊だ、すぐ近くまっ…」
偵察車から降りようとしていた兵士を銃弾が貫いた。
致命傷ではないようだが痛い痛いと撃たれた肩を抑えながらのたうちまわっている。
助けようと駆け寄った兵士も敵の銃弾に倒れる。
他の兵士たちは辺りを警戒するがそれらしい影は確認できなかった。
遠距離からの狙撃である。
兵士たちは物陰に隠れながら敵が侵入出来ないように防衛陣地のゲート封鎖にかかった。
―ターン!ターン!
数回発砲音がする。その度に仲間は無事かと連絡を取り合うがその度に連絡の取れない兵士の数が増えていった。
ゲートの封鎖が完了した時敵の装甲車は目前に迫っていた。
防衛陣地のゲートを挟んで対峙する両軍。
「なんとか間に合ったな」
「ああ、だがここからは持久戦だな。本部の応援が来るまで持ちこたえないと」
持久戦に備え弾薬や食料を分配している時だった。
突如防衛陣地の一角が轟音と共に吹き飛ばされ辺りに瓦礫が飛び散る。
暫く煙で見えなかったが装甲車と共に敵軍がなだれ込んでくるのが分かった。
どうやら対戦車砲かその類の兵器で陣地の壁を破壊したようだ。
「敵襲!敵襲!」
敵の進攻にライフルや機銃で応戦する。
無数の弾丸の雨が両軍を飛び交い激しい銃撃戦が繰り広げられた。
遠くで爆発音がしたかと思えば目の前では土煙が舞いあがり地面が抉られ視界が暗転する。
敵を捉えたと思い引き金を引けば弾は出ず。
弾切れを起こした兵士はその銃を敵に投げつけ応戦するも別の兵士からの攻撃により命を奪われた。
機銃は弾を無数に撃ち出した為に砲身は赤く染めあがりその体から白い煙を吹いていた。
今は弾を供給する兵士も、引き金を引く兵士の姿も近くには見られない。
圧倒的物量で攻め入る敵軍を前になすすべなく防衛にあたっていた部隊は壊滅した。
「司令、エリア2も突破された模様です…」
屋外に建てられた仮設テントの下で双眼鏡を覗く男に無線機を持った男が報告に来た。
双眼鏡を覗いていたのはさきほど市街地のテントで部下から報告を受けていたあの男だった。
「予想以上の速さだ…」
やはり今回も深刻そうな顔をしている。
男の予想をはるかに凌駕するスピードで敵の部隊は進撃して来ている。
それも圧倒的物量と火力でこちらの攻撃など痛くも痒くも無いと言わんばかりに。
男のいる陣営に残された戦力は少ない。
敵の進攻が始まった時点でもうこの勝負は決まっていたのかもしれない。
遠くで何かが光った。
「ん、なんだ…発光信号か?」
司令の男がテントから離れた時だった。
爆音と共に周囲が土煙に包まれる。
音のせいで暫く耳が聞こえなかったが目で見る事が出来たので確信した。
先ほどの光は発光信号では無く戦車からの砲撃時に生じた光だと。
キュラキュラとキャタピラを動かしその重厚な巨体がこちらに迫ってきていた。
「戦車までいたのか…」
すでに司令の男には戦う気など無かった。
圧倒的強者を前に弱者があがいたところで戦局が好転する訳ではないという事が分かり切っていたからだ。
司令の男は先ほどの攻撃で死亡した兵士から無線機を外すと攻撃をよける為に遮蔽物の陰に隠れ、無線機のスイッチを入れた。
「友軍に通ず、撤退しろ!繰り返す、撤退だ!」
残存しているであろう友軍に何度も撤退するように通信をおくる。
帰ってくるのは砂嵐の音ばかりであるが司令の男は続けた。
ふと気づくといつのまにか影が出来ていた。
目線をあげると敵軍の司令官が立っていたのだ。
司令の男は眉間に銃口を突き付けられる。
「何か言い残す事はあるか」
敵司令官の冷血な声がした。
司令の男はゆっくりと無線機を口まで持って行くと言った。
「友軍に通ず、撤退しろ…繰り返す、撤退だ」
パーン!
1発の銃声がした後、司令の男は無線機を持ったまま後方へと倒れる。
ゆっくりと時間が流れるようにして視界が暗転するのを司令の男は感じていた。
「これで、全ての作戦は終了した。撤退するぞ」
敵軍の司令官は拳銃を腰のホルスターにしまうとジープに乗ってその場を後にする。
その場に残されたのは無残にも破壊された負けた側の陣営の指揮所だけだった。
……………
…………
………
……
…
【青陣営の敗北】
パソコンの画面にはそう書かれていた。
「くそう、負け戦かよう!」
ゲームを終了させベッドへとダイブする。
しばらくじたばたしていたが徐々にその動きが鈍くなった。
その日の疲れもあったのか、はたまたゲームで頭を使い過ぎたのか島崎はそのまま眠ってしまう。
翌日再び慌てて出勤していったのは言うまでもない事であった。




