#10
目の前の珈琲からは白い湯気がゆらゆらと揚がっている。
すっかり冷めてしまっていたのに気づいた赤髪さんが淹れなおしてきてくれたのだが自分の分も持って来ている事から長期戦は覚悟しないといけないようだ。
「面接の時いらいね。私の事覚えてる?」
「も、もちろんですよ」
「あら、嬉しいわ」
はて、なにが嬉しいのだろうか?
まさか俺が面接官だった赤髪さんを覚えていたからか?
落ち着くんだ俺。
ないないない。それはないだろ。
ここで変に勘違いして調子にのったとしてもし勘違いだったら大恥だぞ。
そう、これはあれだ。
社交辞令ってやつだ。
そうに違いない。深い意味は無いんだ。
自分に言い聞かせ納得させる。
もしかしたら…なんて気持ちは胸の奥にしまっておこう。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私は稲葉美咲よ、これからよろしくね」
「今日からお世話になります!島崎宏一です!」
軍事会社だからきっと挨拶は敬礼だろう。
そんな勝手なイメージで席を立つと敬礼しながら自己紹介をする。
まさか本気で敬礼する日がくるとは思ってなかったけどね。
「ふふっ。そんなに畏まらなくていいのよ。もっとフレンドリーに行きましょ」
ちょっと笑われてしまった。
軍事会社っておもったより軍隊っぽくないのかもしれない。
帰ったらちょっと調べてみよう。
さて挨拶も終わり席についたはいいが。
相変わらず赤髪さんもとい稲葉さんがずっとこっちを見ているから集中出来ない。
変な汗が出てきた。
汗ダクダクである。
この沈黙に耐えられそうにない。五十嵐さんの時とは別の意味で気まずい。
ここは何か話題をふるべきなのか?
それともこの書類を優先すべきなのか?
いやいや、さっき話をしましょって言ってわけで。
ここは何かこっちから話題をふらなくては
などと普段はまったく使わない脳みそをフル回転させていたわけだが、良い答えは見つからず結局の所、稲葉さんが話しかけてくれるまでだんまりだった。
なんと情けない事か、こんなんでここでやっていけるか益々不安になっていった。
「初日はどうだった?」
稲葉さんからの質問はそんな内容だった。
初出勤の俺になんて質問でしょうか。
まだ右も左も分からないのに…まさか、俺が警備会社と間違えて就職した事に気づいたんじゃ。
稲葉さんは面接官だったかありえない話じゃない。
なんて洞察力だ。
だがまだ違う可能性だってある。
なるべくボロを出さないよう無難な答えを探すんだ。
そう例えば軍事会社の仕事内容と関係無いような事で会社に関わりのある事。
そうだ!今朝の出来ごとを話せばいいじゃないか!
実体験だし、俺ナイス考え。
自分で自分を褒めてやりたいです、はい。
「五十嵐さんが怖いです…」
「え?瑠璃が…うふふふ」
なぜか笑われた。
これはあれか?会社の事を聞いたのに五十嵐さんの名前が出てきたからか?
違うんです稲葉さん、今朝の出会いからインパクトが強すぎてそれしか印象に残ってないんです。
「笑ちゃってごめんなさいね」
謝る稲葉さんだが笑い泣きするほどツボだったのだろうか。
「あれでしょ?あなたも瑠璃の事を男と間違えてたんでしょ?」
「え?」
五十嵐さんを男と?
なるほど、確かに男勝りで口調も男みたいだったしなによりむっ…ゴホン、なんだか凄い悪寒がするからこれ以上の発言はやめておこう。
俺の身が危ないと第六感が告げている。
だがここは誤解を解いておかなくてはいけない。
もしここで俺が男と勘違いしていたなんて事が五十嵐さんの耳に入ろうものなら俺の職場での居場所は無くなってしまう。
おそらく彼女が俺の直属の上司だろう。
そんな人のご機嫌を削ぐような事をしたらどうなるか…散々前の職場で体験した事だ。
そろそろ学習しような俺!
「まさか五十嵐さんを男性と?御冗談を、たしかにちょっと男勝りだとは思いますがあんな笑顔が素敵な人を男性と間違えるなんて失礼な事はしませんよ」
「え?」
今度は逆に稲葉さんが驚いていた。
五十嵐さんてそんなに間違えられやすいんですか。




