#9
21世紀に入り薔薇色の未来と呼ばれていた事が過去の事だったと実感させられる。
近年、犯罪の凶悪化が進み警察組織だけでは対応できない事態となっていた。
かつて世界一安全な国と呼ばれていた姿はもう存在しない。
国民の不安はつのり政府に対する不満は高まるばかりであった。
そんな不満が高まる中、国内で初となる大規模な銃撃戦が市街地で繰り広げられるという事件が起きた。
まさか国内で、しかも民間人を巻き込んでの銃撃戦が起こるとは当時の日本で誰が想像出来ただろうか。
この事件をきっかけに自衛隊の国軍化が進められる事となるがそれは別の話。
ようやく事態の深刻さに気付いた政府は対策に乗り出した。
『国内の治安維持を目的とした民間軍事会社の設立を許可する』
こうして国内初の民間による軍事会社が設立された。
そして現在。
最初の民間軍事会社が設立されて十数年が経っていた。
自分には一切関係の無い会社だと思っていた。
そう昨日までは…。
どうやら俺はその民間軍事会社に就職してしまったようだ。
『千華警備』
確かに会社の入り口にはそう書かれた看板が掲げられている。
だがよく目を凝らしてみれば警備の下に(民)と書かれていた後が見えなくもない。
古い看板なのでその部分がはげてしまったようだ。
念のためもう一度会社案内に目を通す。
カッと目を見開き、読み漏らしの無いように食い入るように見る。
この会社案内を読む限りここは間違いなく民間の軍事会社だ。
(株)が株式会社を表すように(民)は民間を表している。
ここの会社の正式名称は
『千華警備(民)軍事会社』
どうやら警備会社と思って受けたが実は軍事会社だったようだ。
まさか今更間違えて受けましたなんて言えるはずもない。
いや、言ってはいけない気がする。
内心は焦っていても希望して就職しました感を出さなくてはいけない。
やっとみつけた就職先だ。簡単にクビになりたくはない。
滞納した家賃の納期期限がそろそろなんだ。
いいかげん払わないと追い出されかねない。
いや待て、俺の生活とかそこら変の問題はこの際どうでもいい。
本当は良くないんだが、それよりもだ。
この職場には軍事会社という事以上に大きな問題がある。
なんと男性社員は自分しかいないようだ。
天国のような職場じゃないかと思った奴、今すぐ代わってやるからこっちに来い。
よく考えてみろ。
今まで男性社員が居なかったという事はこの会社の設備は女性用しかないという事だ。
更衣室だってお手洗いだって男性用はまだ造られていない。
なんといっても居心地が悪い。
気のせいかもしれないが誰かに見られている気がする。
かといって振り向けば誰も居ない。辺りを見渡しても誰も居ない。
でも視線は感じる。毎日こんな状況だったらどうしよう。
そんな過酷の状況の中、俺は会社の事務室で報告書の製作に悪戦苦闘していた。
いったいどう報告書を書いたらいいのか分からなかった。
とりかかる前に入れた熱々の珈琲はすでに冷めてしまっている。
冷めてしまった珈琲に手を伸ばそうとした時に誰かが近づいて来るのが分かった。
現在自分が一番下っ端なので上司なのは確かだ。
挨拶しないのは失礼だろうと思い睨めっこしていた報告書から目を上げると面接の時にいた赤髪さんがいた。
「初日から大活躍だったそうね」
おそらく銀行の件の事だろうが、実際に活躍したのは五十嵐さんであって自分じゃないんだよね。
でも五十嵐さん俺に報告書任せるとか言って何処かに行っちゃたしな。
ここで変に言い訳しても話こじれそうだし…なにより面倒だ。
あぁ俺にもっと会話の引き出しがあればここで小粋なジョークなんかかまして和やかなムードで仕事も捗ったりするんだけどなぁ。
そんな風に考え込んでいたためか返事が遅くなってしまい再び話かけられた時に我に戻るという失態を侵してしまった。
「ここよろしいかしら?」
「ええどうぞ…」
慌てて返事をし、どうぞどうぞと着席を促す。
赤髪さんは目の前の席に座るとずっとこちらを見ている。
ますます報告書の作成どころではなくなってきた。
怒らせてしまっただろうか。
それとも、なにか用だろうか?
そんなに見られると気になってしょうがない。
というかあまり女性と関わった事がないのでどう対応したらいいのかまったく分からない。
しばらく沈黙が続く。
もう無理。俺この沈黙感には耐えられないです…帰ってもいいですか。
「あの何かようでしょうか…?」
「そうね、ちょっとお話しましょう」
オハナシ?
いったいなんの話をすればいいんでしょうか?
ただでさえ女性と会話した事が少ないのにこんな美人さんと話なんて到底出来るとは思えない。
報告書の製作よりも苦労しそうな気がした。




