生徒会室の苦悩
生徒会室の苦悩
夏休みも数える程しか残っていない八月のある日。毎年十月に発行される生徒会新聞『学校、今…。』の制作の為に、私たちは生徒会室に来ていた。
私の担当は目安箱で、私を含めてメンバーは【中二】壇崎裕子・望月桜(私)【中一】佐藤金平・福田大樹の四人である。
我が校では、学校生活をより良くする為に目安箱という物が設置されている。そこに入っていた意見を集計してランキングにし、幾つかの質問に答える、というのが、生徒会新聞においての私の担当である。(殆どが参考にならない意見なのだが、貴重な意見も二%位の割合で入っている。)
幾らもう直ぐ九月だからと言ってもまだ暑い。特にこの生徒会室は…。(下手したら外よりも暑いんじゃないのかな。)一階の職員室脇にあり、エアコンは付いていない。しかも窓は嵌め殺しで開かない。換気ができないし空気も籠りやすい。温度は上がるのに下がることのない最悪な環境だ。
という事で皆さんマイうちわ持参です。
「ああ……暑い。」
と、うちわをパタパタしている金平は言った。
因みにこの佐藤金平、実は私の母方の従弟である。
私はうちわで仰いでいる手を休めずに言った。
「この部屋の空気自体が熱いから仰いでも熱風しか来ないよ。」
「そうですね。」
と、扇子と下敷きの二刀流で仰いでいる大樹は言った。
因みにこの福田大樹、金平の幼稚園の頃からの幼馴染である。
ふと視線を移すと、裕子がドヤ顔で片手にミニ扇風機を持っていた。
「そんなに暑い?」
流石…裕子。ちょっと鼻につくけれど確かにそれは得策だね。うちわより全然涼しそう…。
因みにこの壇崎裕子、数学が得意な帰国子女である。
その後、学校にエアコンについて一通りの文句を言った所で、私たちは本業の方を始めることにした。
それ程大きくない段ボール箱に白い紙を貼り付けて、目安箱、とマジックペンで書いてあるだけの箱だ。基本的にクラスごとに置いてあって、今は集計の為に各クラスの担任の先生に生徒会室に提出してもらっている。
「はっきり言って、この箱の中に真面目な意見が入っていたことがあるのかさえ、疑問だよな。」
と、金平が言った。
ご尤もです。
「生徒会が生徒を信じなくてどうするのよ。真面な意見も百分の二の確率で入っているはずよ。ほら、五十分の一の確率のクジだと思って引いてみなさいよ。」
と、裕子は目安箱を金平に差し出した。
「でも、俺、クジ運無いんだよね。」
恐る恐る目安箱に手を入れる金平。
中から一枚だけ紙を引いて裕子に渡す。
何か、屋台のくじ引き屋で何番が出るのかをドキドキして待っている子供の様だ。
四つ折りにされていた紙を開いた瞬間、裕子の表情が凍りつく。
「皆、一応言って置くけれど…。くれぐれもこんな内容の物には答えないこと。」
裕子が見せてくれた紙にはこの様なことが書いてあった。
『校舎がダサいです。何とかしてください。他校の友達に紹介できません。ドイツのノイシュバンシュタイン城の様にしてください。』
これは生徒会じゃ無理だよ。校長先生に交渉して…も無理だと思う。学校の原型すら残らないし。
「やらせて置いて何だけれど、大外れね。」
と、裕子は言った。
「何か、すいません。」
素直に謝る金平。
「じゃあ、気を取り直して、次に行きましょう。」
と、大樹は言った。
『ホームビデオに結婚式が多いのは何故ですか?』
……確かに。思い返すとそうかもしれない。
「…外れね。気になるけれど。」
「外れですけれど…興味深いですね。」
すると、金平が急に立ち上がって、スラスラと流れる様な説明を始めた。
「ああ、それはね。ほら、ホームビデオって偶然撮れた面白い映像を投稿する訳じゃん。つまり、日常の一部な訳。日常生活でカメラを回す機会なんてそんなに無いけど、イベントなんかでは回すだろ。でも、夏祭りとか旅行だとかは楽しむのに精一杯でカメラを回す暇がない。一方、結婚式は何だかんだで他人である事が多い。親の知り合いとか遠い親戚とかね。だけど呼ばれてる訳だから完全な他人ではない。結局暇になるんだよ。話題作りの為にでも撮った映像が面白かったら、そりゃ投稿するだろ。まあ、そういうことだ。」
まるで、自分でやったことがある様な説明をする。
「意外と、詳しいわね。」
と、裕子は驚いた顔で言った。
「なるほどね。ところで、金平。従弟の結婚式の映像が全国放送で流れていた気がするんだけど……。」
一昨日テレビで見たことを話す。すると、
「ち、違うよ!それを投稿したのは俺の弟で……。」
つまり、撮ったのは金平ってことね。
「一昨日のハイテンションの原因はこれか。」
と、大樹は言った。
何も言い返せず、口をパクパクさせる金平。
大分、気温が下がってきた様だ。
これ以上、触れると可哀想なので、私は次の紙を引いた。
『最近、緑色のテーブルクロスに私の携帯電話を置くと見えなくなってしまいます。急いでテーブルの上をあさって見つけるのですが、朝とかだと、とても困ります。何とかしてください。因みに私の携帯の色は赤です。』
何とかしてくださいって言われてもね…。確かに、朝の忙しい時に携帯を失くしたら焦ると思うけど……匿名で目安箱に入れたとしても相当待たないと返事が来ないと思うよ。(卒業するまで来ないかも。)それまでこの子は、毎朝携帯を探し続けるのか…。
「テーブルの上に置かなければ良いと思う。常にポケットの中に入れて置くとか。」
と、私は言った。
「でも取りあえず、病院に行った方が良いんじゃないでしょうか。」
と、大樹は言った。
「いや、まずテーブルクロスを替えろよ。」
と、金平は言った。
「もし、緑系のテーブルクロスしか無い家だったら…。」
「じゃあ、掛けるな。」
「だけど、緑色のテーブルクロスも珍しいですね。僕の家は白ですよ。」
「俺は、ベージュかな。」
「えぇ!? 私の家は緑だよ。黄緑っぽいけど。」
話が、逸れ始めた時、裕子が閃いた様に呟いた。
「色盲…。」
「色盲?」
「正確には色覚異常。先天的・後天的ってあるけれど、正しく色を認識できなくなる事よ。最近って書いてあるから、後天的なのかしら。緑と赤の区別が付かなくなるのは結構重度の場合で、軽度の場合は淡い緑と淡い赤の区別が付かなくなる位だから特に生活に支障は無いわ。まあ、元々色の名前なんて人間が付けたものだからよく分からないけれどね。」
裕子、カッコいい。普通の中学生が知るはずのない言葉をポロッと言えるのは流石帰国子女だよ。(この二つの事柄に関連性があまり感じられないのは人間の感受性の違いという奴です。)
「尤も、自分の携帯が赤だと分かっている時点で、投稿者さんは色盲じゃないでしょうね。」
と、裕子は言った。
そして、裕子はその紙を丸め始めた。
「更に言うと、後天的な場合は普通、交通事故など頭に大きな打撃を与えた時に起きる物だから、そう簡単には起きないけれどね。」
と、裕子は言った。
良いから、早く投げてよ!
念入りに紙の形を整えて、裕子は左手を軽く添えてから右手で放った。
紙は縁に一回当たってからゴミ箱の中へ入った。
「ナイス!」
やっぱり、左手を軽く添える所がポイントなのね。
「『ナイス!』じゃないわよ。」
と、裕子は不機嫌そうに私に言った。
凄い事は凄いって言う主義なの!
「取りあえず、次、行くわね。」
『刑事ドラマの取調室に出てくるマジックミラーってどうなっているんですか?気になって夜も眠れません。』
夜も眠れないのか…。これは大変な悩みだね。でも、刑事ドラマで犯人じゃなくてマジックミラーの方が気になっちゃったの!?
「気に入らないわね、この人。」
と、裕子は言った。
ストレート過ぎるよ。
「大体、我が校は無駄な質問が多いのよ。」
しばらく紙を見つめていた裕子は、筆箱からマジックペンを出して紙に修正を加えた。
『刑事ドラマの取調室に出てくる容疑者の中で犯人は一体誰なんですか?気になって夜も眠れません。』
「これで良し。」
と、裕子は満足そうに頷いた。
勝手に、意見に修正加えちゃ駄目だから。
「だけど、意外とこう言う、雑学系って気になるんだよな、俺。」
と、金平が言った。
「確かに。お前、図書室に行くと何時も広辞苑読んでるからな。」
と、大樹は言った。
「いや、それは広辞苑を盾にして寝る為だよ。」
「皆、知ってるよ。」
「皮肉屋!」
と、金平は言った。
……ごめん。その情報…私も知ってる(図書室に下手なカモフラージュで爆睡してる奴がいるって)。
「あんなの、読む人が少なすぎて一発で分かるわよ。おまけに各教室に一冊ずつ置いてあるし。」
と、裕子は呆れた声で言った。
「ちょっと、逸れてるよ、話が…。」
「ごめん、ごめん。」
と、金平は言った。
「ですね。あぁ、でもこの答えなら僕知ってますよ。明るい方からは普通の鏡に見えるのに、暗い方から見ると向こう側が見えるって奴ですよね。」
と、大樹は言った。
頷く私達。
「実は、マジックミラーの原理は意外と簡単でただ薄い金属の膜を張っただけなんです。金属も薄くなれば半透明掛かってガラスの様な役割を果たします。明るい方は、夜暗くなると窓ガラスに自分の姿が映るのと同じで鏡の役割を果たします。そして、暗い方では反射しきれなかった光が来るのでよく見えるんです。」
と、大樹は言った。
キラーンという効果音が聞こえてきそうな説明だ。
「そうだったのか。」
と、金平は言った。
背景に雷が走っていそうな表情だ。
「パチパチパチ」
と、裕子は手を叩いた。
「はいはい、凄い凄い。」という心の声が聞こえてきそうな拍手だ。
「それ程でも…。しかし、新聞に載せられる様な意見はありませんね。」
確かにそうだ。学校に文句を言っていた頃と状況は変わらない。
「全部、ひっくり返して分別作業しないといけないわね。」
と、裕子は目安箱に手を掛けながら言った。
「ちょっと待ったーー!!」
と、私は裕子に言った。
そして、光の速さで自分のクラスの目安箱を見つけ出し、運気が上がるおまじないを右手にかけて、その手を目安箱の中に入れた。
「当たれ!」
急に動きだした私に、呆気を取られて他の人たちは固まっていた。
『ミステリー物に必ずと言って良い程、探偵が出てくるのは何故ですか?』
よし、当たった。(目安箱に手を入れた時に気づいたんだけど…我がクラスには元々紙が一枚しか入っていなかったのだ。おまじないの意味ナッシング。)
実は、これは生徒会である私が生徒会の仕事を増やしてまでも聞きたかった事だ。
「これは、外れだけれど、良い方の外れね。」
と、裕子は言った。
「まぁ、俺はミステリーをあまり読まないけどな。」
と、金平は言った。
「これは、僕も悩みましたね。」
と、大樹は言った。
「どうなんだろうね、これ。」
と、私はさり気なく言った。
「「「「カッコいいから」」」」
だよね!
その後、生徒会長に原稿を見せた私達は大きな×を貰って、再び生徒会室に集まることになった。
半年位前に書いた作品です。
何処の学校にもきっとある生徒会、彼らの悩みを聞いてあげて下さい。