失敗…紘之
紘之視点。
『引越し』から八年後です。
場面転換が多いので、わかり辛かったらごめんなさい。
通話の切れた携帯を握り締めたまま突っ立っていた。
どれくらいそうしていたかもわからないくらい、我を失っていた。
この一年、必死に取り組んだ仕事が無に帰した。
自分を認めさせる為にも、絶対に成功させなければならなかったのに。
兄の代わりに会社に入って六年。ずっと比べられてきた。
結果を出しても評価してもらえないのに失敗など許されるわけがない。
今回のプロジェクトは、内部の人間によって潰された。
父は、失態を重ねた自分を見限るだろうか。最近行方のわかった兄を呼び戻すかもしれない。
これからのことを考えると頭が痛かった。
今回の件で企業スパイだった人間を処分できたが、良いことといったらそれくらいのものだった。
この一年は不眠に悩み、酒に頼る日々が続いていて、体調があまりよくなかった。
疲れきって帰宅すると、父と兄が和やかに食事をしている。
「仕事、頑張ってるんだってな。」
穏やかに話しかける兄の笑顔が、こんな日に兄と食事をしてる父が、無性に腹立たしかった。
「お前のせいで……」
そんな言葉が口を突いて出た。
「俺がどれだけ苦労したかわかるか。わかるならここにいるはずないか」
憐れむように顔をしかめた兄の胸ぐらに掴みかかったが、殴ろうと振り上げた手は父に押さえられた。
父の手を振り払い自室に戻ると、瓶のまま酒を一気に流し込む。気付いた時には瓶は空になっていて、
どれだけ飲んだか自覚した途端、酷い目眩に襲われベッドに倒れ込むと意識を失った。
目が覚めると病院だった。
嘔吐して意識の無い自分を、部屋を見に来た父が発見し救急車で運ばれたそうだ。
『仕事のことは考えなくていい。空気の良い所に別荘があるから、ゆっくり体を休めてこい』
休みなんかいらない、そう言い張ったが通らなかった。
病院のベッドの上で、無力感に苛まれた。
兄にしたことは完全に八つ当たりで、自分の馬鹿さ加減に心底うんざりした。
他の誰よりも、自分自身が兄と比べていたのだ。
兄のお陰で巡ってきたチャンスを生かせなかった。
父に期待されて嬉しかった。完全に舞い上がっていた。
育ててくれた母を捨て、ずっと傍にいた幼馴染を捨て、何も残っていないことに今気付いた。
父の元から、兄と同じように逃げたとして、また同じように穏やかに食事ができるとは思えない。
父の元に行くことに反対していた母の元にも、もう戻れるとは思えない。
全ては己が招いたことだが、どうしようもなく独りだということを噛みしめていた。
何もかも父の手配で事は運び、一週間の入院後、山に追いやられた。
でかい二階建ての屋敷に一人きり。訪ねてくるのは通いの家政婦と、別荘の管理人夫妻。
皆、年寄りだからか、田舎の人だからか、世話を焼くのが好きなようだが鬱陶しかった。
何もする気が起きず、飯も喰わずだらだらと酒を飲んですごしていると、管理人の妻のほうからある提案をされた。
「うまい夕飯を食べれば、うまい酒が飲めるし、よく眠れるだろ」
近所のレストランから、デリバリーしてもらうという。
普段はデリバリーはしてないらしいが、話をつけてくれたそうだ。
自分にはどうでもいいことだったから丸投げしていたし期待もしていなかったが、
これが自分を見つめ直す機会になるとは思ってもみなかった。
とりあえず三ヶ月、と決められた療養期間が始まった。
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驚きです。ビックリです。
ありがとうございます。
更新遅くなってしまって、すみませんでした。