担当変更…郁
お待たせしました。
今回は郁視点になります。
コロコロ変わってごめんなさい。
一名様限定のデリバリーサービスを始めて一ヶ月と少し。
「これ」
十時に出勤した私に、不機嫌な態度のノリが差し出してきた一枚のメモ。
『配達していただいてる料理の件でお願いがあります。
一週間ごとに味が変わるように思います。
先週の味付けを続けていただけませんか。
よろしくお願いします。』
今週はノリが当番、ということは、私をご指名ってことらしい。
「これでもさ、いろいろ考えて作ってたんだけど。やっぱ年の功には勝てないか」
「年の功って……ノリとは七歳しか違わないのに」
軽口で誤魔化してるけれど、結構悔しいみたい。
不慣れな仕事だったけれどちゃんと取り組んでいた。
でも、どんなに好きなお店の料理でも毎日食べていたら飽きると思うし、
気に入られるほうが珍しいと思う。
「郁がここに来て、もう八年だもんなぁ。来た時はピチピチの二十歳だったのに……」
「来年厄年のシゲさんには言われたくありません」
「ナイスミドルに向かって失敬な」
少し硬い雰囲気になった私たちを、いつもの態度で元通りにしてくれるシゲさんは、良い上司だ。
末っ子で甘ったれ気質のノリに、一人っ子でマイペースな私という使い難い人間の扱いが本当に巧い。
柔らかくなった空気にほっとしていたら、デリバリー終了まで一人で担当してほしいと言われた。
通常業務ならノリもできなきゃ困るけど今回は特別だし、何よりご指名だからな、と。
「味が気に入られるなんて、嫁に貰ってもらえるんじゃないか」
豪快に笑いながら背中をバンバン叩かれ、この話しは終わった。
早速交代することになり、仕入れの関係もあって今日はノリのメニューで行くことにした。
今日は鰆の西京焼き。ふわふわのだし巻き玉子と、ほうれん草のおひたし、里芋の煮物。
『毎度ありがとうございます。
pomme de terre の 宇田川と申します。
これまでは調理師が交代で担当していましたが、今日から宇田川が担当させていただくことになりました。
藤倉様にご満足いただけるよう精進いたしますので、何かありましたらご指摘いただけると幸いです。
また、メニューのリクエストなどありましたら、御遠慮せずお申し付け下さい。』
午後の休憩時間に急いで作った今週分の献立表と一緒に手紙を入れた。
メニューを考えるのも一苦労なので、リクエストしてくれたら嬉しいのに。
まだ藤倉さんの顔も見てないし、声すら聞いていない。会ったことも話したことも無い人に、毎日料理を作るのは結構辛い。
何が好きで、何が嫌いなのか。朝、昼はどんな食事をしているのか。気になるけど、知りようがない。
毎回綺麗に洗われている容器が恨めしいような気持ちになる。
私の味も、そのうち嫌になられたらどうしよう……。
そんな不安を抱えながら配達に向かった。
次の日。
回収したコンテナの中にメモが入っていた。
『お気遣いありがとうございます。毎日、今日のメニューは何かと愉しみにしています。
いつでもいいので、鳥の唐揚、甘い卵焼き、ポテトサラダをお願いします』
藤倉さんがくれた初めてのリクエストは、私にとっても懐かしいメニューだった。
昔は何度も作ったけど、今は全然作らなくなってしまったメニュー。
何となくだけど、仕事を始める前に作っていた味で作ってみたくなった。
そして、次の日に早速そのメニューを持って行くと、
『とても懐かしい味でした』
翌日、そう書かれたメモが入っていた。
それからは、月曜日に持って行く献立表に少しの言葉を足すようになり、
藤倉さんからも返事が来るようになった。
料理のリクエストだったり、この土地の話だったりした。
短い文章のやり取りが、とても楽しくて私は少し浮かれていた。
藤倉さんは大きな別荘に住んでいるのに、案外庶民派のようで。
だから私の作る料理も口に合うのかもしれない。
私が一人で担当し始めて二週間が過ぎる頃には、
鳥の唐揚が一週間に一度の定番メニューになっていた。
お祝いの日でも、そうじゃなくても、何が食べたいか聞くと必ず『唐揚』としか言わなかった紘之。
ここに来て八年。
ここに来る切欠になったのは紘之との別れだった。
辛かったし、たくさん泣いたし、忘れたいとも思ったけど、忘れられなかった。
今はちゃんと眠って、しっかり働いてるけど、誰にも心が動くことはなかった。
それなのに、顔も見たことのない藤倉さんが気になってしょうがなかった。
お気に入り登録ありがとうございます。
時間がかかってしまって申し訳ないです。
三日に一度と言いつつ、一週間に一度になりそうです……