レストランにて…郁
郁視点。
八年後に飛びます。
飛びすぎですか…。
「こっちハンバーグあがったぞ」
レタスとトマト、ポテトサラダを盛った皿にハンバーグを乗せ、デミグラスソースをかける。
パンかライス、日替わりスープ、コーヒーか紅茶という組み合わせで八百五十円。
『restaurant pomme de terre』(レストラン ポム・ド・テール)
一番人気のハンバーグセット。
ランチタイム最後のお客さんは、常連の上川さん。いわゆるお節介が大好きな、どこにでもいるおばあちゃんだ。
おばあちゃんだけど、ハンバーグが大好きで週に三回は店に来る。
この店の店主、シゲさんこと重森満生の漬物の師匠で、漬物の他にも土地の料理を教えてくれたそうだ。
だからシゲさんは上川さんに頭が上がらない。
その師匠から三ヶ月という期間、デリバリーを依頼された。
「私とお父ちゃんで管理人してる別荘の人にね、持ってってほしいのよ」
作るのは一人分。
二十八歳、男性、。
好き嫌いは特に無し。
持っていくのは夕食のみ。
定休日以外の週六日。
変更があれば、配達の際に本人から。
うちの店にテイクアウトは無い。もちろんデリバリーも。
レストランと名乗ってはいるが、素朴なログハウスの外観も相まって食堂と呼ぶほうがぴったり……。
ちなみにポム・ド・テールはフランス語でじゃがいもだ。
シゲさんの奥様の実家でじゃがいもを作ってる。いも好きの奥様が命名されたそうで、メニューもじゃがいも料理が多い。
常連さんには『いも屋』と呼ばれていたりする。
たまに誕生日パーティーや、結婚式の二次会に使われたりもするけど、こんな依頼は初めてだしイレギュラーすぎる気がしたが、シゲさんは迷わず引き受けた。
「都会の坊っちゃんの口に合うかわかんないけどな。師匠の頼みは断れねえ。郁とノリも協力しろよ」
「女の子だったらよかったのに。でも郁ちゃんと同い年か。アラサーは女の子じゃないな」
そう言われて嫌だと言える私ではなく、ノリこと重森紀一も軽口叩きつつも了承した。
できれば今日からでもという話なので、今日は無難にハンバーグとポテトサラダ、ご飯、コンソメスープにした。
六時上がりの早番が届けることになり、今週はノリが担当だ。
今日は土曜日だから明後日には私の番になる。
シゲさん、引き受けたくせにこちらに丸投げとは……。
献立、日替わりランチと一緒じゃダメなのかな。
そういえば予算はいくらなんだろう。
考え始めると、いろいろ出てきてしまったのでメモを取り、悩むのは夜にすることにして仕事に戻った。
次の日。遅番の私は十時に出勤するとノリに話を聞きに行った。
話題はもちろんデリバリーのことだ。
「それがさ、全然愛想の無いやつでさ」
名前は藤倉。お酒臭く、顔色は悪く、ぶっきら棒だったそうだ。
次からは門の前に置いて、一度インターフォン押していけ、使った容器は次の日までに門に置いておく、とのこと。
「せっかく届けてやったのに、ありがとうの一つもなくてさ。叔父さんもなんであんなの引き受けたんだか」
なんて愚痴るノリを、ボランティアしてるんじゃないんだから、と宥めつつ、
そんな人なら顔を合わせないほうがやりやすいんじゃないかと思う。
でも何で夕飯だけなんだろう。
朝と昼はどうしてるんだろう。
会ったこともない人なのに、何かいろいろと気になる。
ノリと今日のメニューを相談して決める。
ビーフシチュー、ジャガイモとセロリのガレット、ベビーリーフとナッツのサラダ、茸のパスタ。
肉肉魚肉肉魚。
このリズムで行って、様子を見る。話せそうならリクエストを聞く。
せっかく作るんだし、美味しく食べてもらいたい。
仕事を終えて帰宅すると、いつもはまずシャワーに入るけど今日は本棚に向かう。私の本棚は料理の本ばかりだ。
基本、初心者用、プロ用、お菓子、カレー、パン、和菓子、飲み物。
フランス、イタリア、北米、中国、東南アジア、南米、北欧。
いろんなタイプの本がある。食べ物の写真を見るだけで幸せになれるから、ついつい集めてしまう。
その中からお弁当の本を何冊か手に取ってテーブルに並べた。
お店で出す料理は、お店で食べるから美味しいんだと思う。
誰といるのか、一人なのかもわからないけど、ちゃんと温めているのか、お皿に移しているのか。
あの容器のまま、少し冷めた料理を一人で食べるのは虚しいんじゃないか。
毎日食べるなら、家庭料理のほうがいい。レストランのメニューはどうしても偏りが出てしまう。
だから、大人の男性の夕飯になりうるお弁当を考えるための参考に本を開いてみた。
お肉が続いてるから、明日は魚の日だ。金目鯛にしようか。
魚の次はお肉だからメンチカツ、次の日は定休日の水曜日。
木曜日は生姜焼き、金曜日は鯖味噌。
土曜日は酢豚。日曜日は鶏そぼろご飯。
お弁当として考えると、すらすらメニューが決まる。
一週間のメニューを便箋に書きとめ、月曜日に入れることにした。
誰かにお弁当を作るのは、とても久しぶりのことだった。
仕事だけど少し楽しい気分だ。
シャワーを浴びながら、毎日お弁当を作っていたころを懐かしく思い出す。
唐揚と卵焼きが入っていれば、他には何にもいらないと言っていた彼は、今どうしてるだろう……
月曜日、早番なので五時起き、六時出勤。愛車はボロボロの軽トラック。
店先と店内の掃除の後、冷蔵庫をチェックしてお弁当の材料を確保。
これから来る魚屋さんに金目を追加発注して、通常業務に戻った。
十五時からお弁当作りに取り掛かり、十八時に店を出る。ノリが描いてくれた地図を頼りに藤倉さんの家に向かう。
いつもよりやることが増えるのは刺激がある分、少し疲れる。
そのうち慣れるかな、でもその前に三ヶ月は過ぎてしまいそうだ。
店から十五分くらいで着いた家は、白く大きなお屋敷だった。
門から家まで学校のプール一個分以上ありそうだ。
大きな門の傍に通用口があり、見慣れた食品用のコンテナが置いてある。
隣に、今持ってきたコンテナを置き、インターフォンを鳴らした。
……。
…………。
しばらく待っても、応答はなかった。ドアから誰かが出てくる気配もない。
食べ物を、こんな無防備に置き去りにするのは落ち着かないが、藤倉さんは顔を合わせたくないようだ。
しぶしぶ、昨日のコンテナを回収して立ち去った。
帰宅すると最初にコンテナの中を確認した。料理の入っていた容器は綺麗に洗われていた。
想像よりもきちんとした人なのかもしれない。
いつものようにシャワーを浴びてから、夕飯の支度をする。
たっぷりのレタスとタマネギ少々、ハムとチーズのサンドイッチ。
ベーコン、タマネギ、ニンジン、蕪のコンソメスープ。
サンドイッチにかぶりつきながら、藤倉さんも美味しく食べてるといいな、そう思った
ぎりぎり火曜日に投稿できました。
遅くなってすみません。
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サブタイトルつけるのがこんなに難しいとは…