再会…郁
前回更新より一ヶ月以上かかってしまいました。
ごめんなさい。
頭の中が真っ白になった。
目の前の人と、『藤倉』という名前が結びつかない。
何も言えずにいる私を、彼はじっと見つめている。
どれくらい見つめ合っていたのか。
肩を叩かれ振り向くと、ノリが診察室に入ると言ってきた。その時、彼も会計から呼ばれ席を立った。
その姿を目で追いながら立ち尽くしていたが、声をかけられて我に返った。
「藤倉さんとはお知り合いだったのかい」
返答に困っている内に上川さんが立ち上がる。
「ノリ、酷くないといいね。じゃあ、私たちは失礼するよ」
私の肩をぽんぽんと叩いた上川さんに頭を下げ、二人が出入り口に向かうのを眺めつつベンチに腰掛けると、
彼が自動ドアの手前で踵を返し戻ってきた。
「今日の配達の後、少し話せないか」
緊張した面持ちと掠れた声で問われ、思わず頷いていた。
じゃあ後で、と言って去って行く背中を見送り、ノリの治療が終わるまでぼんやりしていた。
ノリの火傷は十日くらいで治る見込みとのことだった。ただ水疱なんかもできているらしく、しばらくは左手は使えないらしい。
物をつかめない、水に濡らしちゃいけない、ということは利き手ではなくても仕事にならないということだ。
ノリが治るまで彼と話す時間は作れないかもしれない。その予想を、とても残念に感じていた。
シゲさんに電話報告してから急いで店に戻ると、ノリの父親は帰ってしまっていた。
あの状態じゃ冷静に話せなかったかもしれないが、あっさりした態度に驚いてしまう。
そして、ノリの代打にシゲさんの奥様『景子さん』が来てくれていた。
景子さんは開店当時厨房に立っていたので、心強い助っ人になってくれる。
四歳と二歳のお子さんをお姑さんに預けることになるので、景子さんが早番、私が遅番になった。
藤倉さんのデリバリーに関しては、私が作り、景子さんが届けることに決めた。
ノリはとりあえず一週間休み、後は火傷の治り具合をみて決めることになった。
早速今日から遅番なので、夜の分の仕込みをしながら藤倉さんの分を作る。
まだ、私の中の藤倉さんと彼は結びつかない。
でも昔を思い出すと、風邪をひいてもいつもご飯はしっかり食べていた。
蕪のスープ、茹で豚に生姜と長ネギのタレをかけたもの、キャベツのおひたし、柔らかめのご飯。
それと保存用の瓶に、蜂蜜と生姜のスライスを入れたもの。子供の頃から風邪の時には、これをお湯で割って飲んでいた。
覚えてるかな。
『今日、行けなくなってしまいました。ごめんなさい。
スタッフの一人が怪我をして、最低一週間は時間が取れません。
調理担当は私が担当しますが、配達は別のスタッフが担当します。
また仕事が落ち着き次第、連絡いたします。
ご自愛ください』
手紙を書きながら、ごく当たり前のように彼に会おうとしていることを疑問に思った。
思い返せば、最低の別れ方だった。ちゃんと話そうとしなかった自分も悪いが、彼も別れ話さえしに来てくれなかった。
この土地に来る原因だったのに、ここで再会するなんて……。
ノリの父親が尋ねてきたことも、少し関係あるのかもしれない。私には誰もいないんだな、と考えてしまったから。
彼とずっと一緒だったから他に友達を作ろうともせず、母と離れる時でさえ孤独感に苛まれることもなかった。
『友達でいいから』
『ただの幼馴染でいいから』
何度そう思ったことか。でも無理なのは自分が一番よくわかっていた。
彼が他の女性と一緒にいることに耐えられるわけなかったから。
苗字が変わってること。
荒んだ生活をしてたこと。
気になることはあるけど『話そう』と言われたことが、とても嬉しかった。
今の彼に彼女はいない。辛さを分け合う友人もいない。
それを文通もどきでわかっていたから、気兼ねなく話せると思ったのだ。
交わしたやり取りで懐かしいことを思い出すのも当然のこと。
藤倉さんが気になっていたのは、結局『彼』だったから。
それに行き着いたとき、少し苦しくなった。
彼との別れが辛かったから、なかなか誰も好きになれないんだと。
だけど彼にしか気持ちが動かないのだとしたら。
……元彼相手に、何考えてるんだろう。
あまりにも突然のことで、冷静さを失ってるんだ。
彼も寂しい生活で人恋しいだけなんだ、きっと。
あと一ヶ月で、ここからいなくなる人なんだから。
『蜂蜜生姜、ありがとう。これも懐かしい味です。
風邪も治ってきました。
今日は本当に驚きました。
宇田川、という名前を見た時に頭に浮かんだのは郁だったけど、
まさか本当に郁だったなんて、すごい偶然です。
届く料理に懐かしさを感じるなんて、郁の味を覚えてたんだな。
もう二度と会えないと思ってたけど、再会できて嬉しいよ。
せっかくだから少し話したいです。
時間が作れる日を待っています。 紘之』
別れた時のことを考えれば素直に喜んでいいのか疑問だけど、私も少し浮き足立ってる。
でも素直に嬉しいなんて態度は見せたくなくて、手紙の文章はすこし畏まって書いてしまった。
風邪は治ったか、仕事の調子はどうか、お互いにそれを繰り返し聞くうちに一週間が過ぎた。
次回はもっと早く書けるように努力します。