第2話 ダメな2人の内緒の時間。
「はぁ……」
行為の後、頬と頬が触れる。
わたしが髪を指先でクルクルと巻くと、彼が毛束にキスをした。
「シャルル。あれからもう半年だよ? それなのに、手も繋いでくれないし、キスだってしてくれない」
甘えん坊さん。
キスも手繋ぎも。
意識するだけで、心臓が破裂しそうになる。
わたしは、娼婦だ。そんな生娘みたいなこと、恥ずかしくて言えない。
だからつい、強がってしまう。
週に1回。
呼び出されて、彼と身体を重ねる。
それだけの関係。
——半年前。
彼と会う前のわたしはボロボロで、半年後はきっと生きていないと思っていた。
性的に倒錯した誰かに殺されるか、自分で自分を殺すんだろうなって。
でも、彼はいつも頭を撫でてくれる。
2人でいる間だけは、わたしは、わたしでいれる。
「シャルル、頑張ってて偉いね」
そう語りかけられている気がするのだ。
わたしの勘違いなのかもしれない。
でも、彼と会える時間は、わたしの『救い』になった。
彼がいなければ、わたしは前と同じ。
どうでもいい男に抱かれて、なんどもキスもされた。でも、わたしの心臓は、トクリともしなかった。
本当は他の人としたくない。
でも、わたしにそんな自由はない。
「シャルル? 悩み事?」
彼の人差し指が、わたしの頬に触れた。
微かに触れただけなのに温かい。
「別に。セシル様のことなんて、ちっとも考えてませんよ?」
彼への気持ちが大きくなっている。
その気持ちに名前をつけるのは簡単だ。
でも、それをしたら、もう彼とは会えない。
わたしは、この気持ちを自覚してはいけない。
彼がわたしに愛想をつかすまで、この穏やかな時間が続けば、それで満足だ。
彼は自分の話をしない。
でも、少しずつだけれど彼のことがわかってきた。
良い匂いがするし、品がいい。
きっと、かなり高貴な身分なのだ。
それに、賢い。
1つ話すと10の答えが返ってくる。
何よりも優しい。
わたしの話したことを隅々まで覚えている。
行為が終わった後には、もっと優しくなる。他の男は欲求が満たされると、わたしを蔑んだり叩いたりするのだけれど、彼は違う。
彼は、いつも抱きしめてくれる。そして何度もキスをしようとして、ため息をついてやめるのだ。
わたしも少しだけ唇をすぼめて、でも恥ずかしくなってやめてしまう。
そして、キレイな金髪。
一度、彼が王族なのではないかと思ったことがあった。でも、そんな身分の人が女性を買うはずはないし、王子はクズだと、お義母様がいつも話している。
こんな素敵な人が、クズ王子のわけがない。であれば、どこかの侯爵や伯爵?
どちらでも良いことだ。
彼はわたしの頬にキスをして囁いた。
「シャルル、兄弟はいる?」
「いますよ。不仲ですけれど」
どうしよう。
彼に心臓の音が聞こえてしまうかも。
「僕も同じだよ。兄が2人いるんだけどさ。上の兄さんは特に僕を目の敵にしている」
彼の家は、兄弟仲が悪いらしい。
「それは、セシル様をライバル視しているのでは?」
「え? こんなできの悪い弟相手に?」
「いや、だって。セシル様はいつもわざと……」
わたしは言葉を飲み込んで、彼に抱きついた。
「ねっ。もう一回」
わたしが甘えると、彼が抱きしめてくれる。
「それって、追加料金は発生するの?」
「しますよ? わたしプロだもん」
笑えない冗談だと思いながら、わたしは笑った。
「そっちからの申し出で追加料金か。随分と横暴だね」
「文句はお義母様に言ってください。その分、頑張りますよ?」
「お手柔らかに。シャルルが基準になったら、他の女性とできなくなっちゃうよ」
「はぁ……」
それが嫌だから、頑張ってるのに。
女心を分かってない。
「セシル様にしか、こういうのしませんよ」
「ほんと?」
「はい」
わたしは嘘つきだ。
穏やかな逢瀬が続いたある日。
いつもの屋敷に入ると様子が違った。
使用人がいないし、屋敷も明るい。
嫌な予感がする。
わたしは赤い絨毯の廊下を走った。
痛っ。
ヒールが脱げて床に転がった。
分厚いドアを開けると人影が見えた。
ベッドに駆け寄る。
「セシル様!」
真っ白なシーツが血で染まっている。
赤紫の血。
辺りには鉄のような匂いがたちこめている。
彼は震える手で、わたしの頬に触れた。
彼の肩口が大きく裂けて、息を吐くたびに鮮血が吹き出している。
この服、軍服だ。
胸には勲章がついている。
「えへへ。君に会いたくてきちゃったよ」
彼の手は氷のように冷たかった。
どうしよう。
このままでは、彼が死んでしまう。




