「南京事件」はどう評価したら良いのか?
本日は当エッセイをご覧いただきありがとうございます。
今回は12月13日で88年を迎えた「南京事件」や「南京大虐殺」と言われる出来事について個人的な意見を述べていこうと思います。
もっとも、センシティブな話題でもありますし、僕の考えが絶対的だとは思っていません。
ただ、皆さんに今一度「南京事件」や戦争について考えていただきたいという意図をもって書きました。
そもそも「南京事件」ってどういう経緯で起きてしまったんですか?
1937年7月7日の盧溝橋事件を皮切りに日中戦争に突入しました。
11月半ばには上海を制圧し、当時の中華民国の首都南京に向けて日本軍は進駐していきました。
上海制圧の過程で「敵の人心に恐慌させる」目的などで爆撃などをすることで南京市民は逃亡を開始し、130万人近くいた人口は20万~50万人ほどまで減少したそうです(この爆撃も住民を巻き込み非人道的と言われる)。
南京での戦闘そのものは中華民国軍が撤退か死守するかで割れたために、12月1日に日本軍に攻撃命令が下り、12日には中華民国軍は撤退したようで10日ほどで決着がついたようです。
そして、12月13日から3週間ほど南京地域で無差別殺人、拷問、戦時性暴力、略奪、放火、その他の戦争犯罪が行われていたとされ、最も苛烈だったのが13日~17日の間だったと言われています。
これが「南京事件」や「南京大虐殺」と呼ばれるものです。
◇南京事件について「各所」の「主張」
南京事件について教科書などでは「30万人虐殺」とまで記載されているのがあるのですが、この数字について最も議論があると思いますが、実際についてはどうなんでしょうか?
教科書で書かれていることについて文部科学省は「例え数字が史実と違っていても、中国側が発表した数字として書いてあるので問題ありません」と主張して直接的な撤回は行いませんでした。
しかし、日本の教科書においては徐々に表現はマイルドになり「多数」や「多くの」と言った数については明確な数を示さなくなりました。
かつては中国側の主張を丸のみだったところを安倍政権などの影響からか徐々に日本の国益を損なわないような表現になったのでしょう。
確かに「30万人」は残った「20万~50万」の南京市民の大半に相当しますからね……。
一説にはその後南京の人口が戻ってきて増えたという話もありますし、そんなに大規模で悲惨な行為をしたのであれば戻ってきませんからね……。
日本政府側の見解としては、
外務省のこちらのページ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/index.html
から引用させていただきますと、
『問6 「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。
1 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。
2 先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。
3 こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で明確にしました。』
と、外務省公式の考えでは「否定できないものの数は分からない」と言う感じのようです。
「南京事件」で「100人斬り」があったとして軍事法廷で死罪になった方がいたそうですけど、それについてはどうなんでしょうか?
「百人斬り競争」をしていたとされるのは「向井敏明」と「野田毅」と言われていますね。2人は戦後、南京で開かれた軍事法廷で裁かれ、1948年1月、死刑に処せられました。
しかし2人が死罪になった理由は捕虜を並ばせておいて斬った捕虜虐待による犯罪でした。「100人斬り」が認められたわけではありません。
日本側としては「30万は過大評価」と言う感じなんですね……。
中国以外の海外の考えとしてはどうなんでしょうか
南京事件を調査した報告書である「スマイス調査」では、
市部(南京城区)の一般市民の不法殺害は2,400人、男性で日本軍に拉致されて殺された市民が4200人、城内と城壁周辺の埋葬資料調査からの推測で市部で12,000人、近郊区の農村地域における被害者数は26,870人と算出しました。
合計4万5千ほどで30万には遠く及ばない水準ですね。
◇数字の大きな違いは「解釈の差」
主張によっては犠牲者数百程度や「ほとんどゼロ」と言うのもあるようですね……。
しかし、一度の事件の犠牲者数でここまで差が出るというのもあまり見ないのですが、
どうしてここまで差が出ているのでしょうか?
まず中国側としては「外交カード」として活用したいことから、
「より多く見せて謝罪と賠償を引き出そう」と言う意図があるわけです。
時と場合によっては「犠牲者50万人」とも主張しているようですからね。
いわゆる情報戦が展開されているんですね。もう88年経過したことですから、再調査もしようが無いですし「言ったもん勝ち」を目指しているということです。
でも逆に日本国内からは「全く無かった」という見解の方も散見されます。
これについてはどういう認識なのでしょうか?
これは「戦闘行為だから合法的殺人」という観点で見ているのだと思います。
中国軍は住民に紛れたゲリラ戦を展開し、南京市民を示す旗を強奪してまでなりすましたそうです。
そのために日本軍側としては「誰が住民でだれが軍人か判別ができない」状態になり、
やむなく住民を殺傷したということもあるのです。
ですから、「全く無かった」と主張される方々はこの点を強く強調しているのだと思いますよ。
ただ、日本政府(外務省)も具体的な犠牲者数を示していないまでも南京で戦争犯罪があったことは認めています。
そのために「全く無かった」と言うのには当たらないと思います。
ただ、いかなる戦争犯罪があったとしても、それを直接的には関係が無い今現代を生きている僕たちがカルマとして背負い続けるのには疑問が残りますね。
筆者さんは未来志向を重視されていますからね……。
また「戦争犯罪」をしても「勝てば官軍」状態になることはあります。
例えばアメリカは原爆投下や東京大空襲をはじめとする民間人に対する無差別爆撃などは戦争犯罪に値しますが、裁かれないどころか日本に対する謝罪すらない状態です。
負ければ戦争犯罪は半永久的な「負い目」を負うことになり、勝てば例えどんな悪いことでも「必要悪」としてプラス評価される。それが「戦争」だということです。
◇戦争は人間を「鬼」にかえてしまうため絶対にやってはいけない
アメリカさんは日本に謝罪することは無さそうですよね……。
そもそも戦争は人間を「鬼」に変貌させると思います。
現地にいる兵士の方たちは、
「捕まったら何をされるか分からない……」
「殺されたくない……」
「殺される前に殺してしまおう……」
そういう気持ちに襲われてしまい、死に物狂いで抵抗したり平時とは違った残虐な行為を起こしてしまうのです。
ですから戦争そのものを起こしてはいけないというのが筆者さんの理論ですよね……。
しかも元兵士が日常生活に戻り、「鬼から人間」になった際にトラウマがフラッシュバックし、精神が病んでしまっていることも分かっています。
アフガニスタンやイラクで米国が始めた対テロ戦争での米兵の戦死者は7千人だそうですが、対テロ戦争を経て自殺した米兵は3万人を超えると推計され、戦死者の4倍以上にもなると言われています。
自殺に至らなくともPTSDなどの精神疾患を発症された方は数えきれないほどになるでしょう。
このように「勝利者側」であったとしても精神的病に陥ることになります。
「為政者側の都合」によって勝者も敗者も末端の層は犠牲になっているということです。
上の人たちは戦争をすればお金になるかもしれませんが、我々庶民はたまったものではないということですね……。
恐ろしいのが今、日本と中国がこの時以来の軍事衝突になるかもしれないということですよね……。
本来であれば敵国条項を削除してから軍事強化を図って戦争抑止力をつけるというのが筋の流れだったと思うんです。
しかし、高市総理と岡田衆議院議員が「筋書き外」の答弁をしたことから大変なことになるかもしれない状況になっています。
今の状況であれば敵国条項削除は「事情が変わった」と言うことで中国が賛成することは無いでしょうし、下手に軍事力を強化すればそれこそ「敵国条項発動」しかねない状況で正直言って苦しい状況になったと思います。
中国はあらゆる挑発をしてきそうですけど、筆者さんはとにかくこちらからは乗ってはいけないということもお話されていましたよね……。
現状はそれしかないです。
ただ、「レーダー照射事件」などから中国側も「とんでも主張」を連発しており、「中国側の自滅」の気配も見られます。
とにかく耐え続けるしかなく、その間にレアアースなどの資源開発を行って「脱中国」に向けて頑張っていくしかない思います。
血で血を洗うような戦争にならないことをとにかく願いたいですね……。
本当にその通りです。
今回は「南京事件」をきっかけに戦争の凄惨さと戦争犯罪について色々と考えていきました。
南京事件は「それぞれ解釈の差」があることから主張する側によって大きく差があるということ。
僕は戦争は「人間を鬼にする」ので戦争そのものをしてはいけない。と言う考えです。
今後もこのような政治や戦争と平和について個人的な意見を述べていこうと思いますのでどうぞご覧ください。




