2話
黄昏時のいつものカフェ、置くから2番目のカウンターに、君はいつも座ってた。どうして一番端に座らないんだい?と聞くと、
「端って何だか陰気じゃない。それに、貴方が座ると思って。」と決まって言う。失礼な奴め、と返してやるのが習慣になっていた。ガラス細工の窓から、暖かい色の光が差し込み、大きく育った観葉植物や棚の上の埃、奇妙だけれどどこか懐かしい額縁が照らされていた。君はコーヒー、僕はホットカフェオレ。甘ちゃんだなんて笑うけれど、君だってたくさんミルクを入れるじゃないか。なんにも変わりやしないさ。
辺りがオレンジ色に包まれてから、それが消え去るまでの間、僕たちはずっと話をした。敬愛するSaint-Exの話、この国の政治の話、昨日の晩御飯の話。どれも次の日には忘れてしまうんだけど、それでよかった。思い返せず、切なくなるくらいが心地よかった。
いつの日だったろうか、突然君が僕の手を取った。寂びれたいつものカフェ。やはりその日も、ガラス細工の窓から、暖かい色の光が差し込んでいた。観葉植物、棚の上の埃、額縁、そして君の涙。僕の手を握る力が段々と増していくのを皮膚で感じる。表情一つ崩さずに涙を流す君に、芸術を感じている僕はきっと悪い男なんだろう。それでも見入ってしまうほど、美しかったその横顔。気づけば僕の記憶の額縁にしまっていた。
「生まれ変わったら、きっと今よりちょっぴり満たされるわよね。」唐突すぎて面食らってしまったが、確かに僕は聞き留めた。が、その意図に触れるには至らなかった。
どうしてそう思うんだい?
「貴方はきっと、いつまでもこうして私の無駄話に付き合ってくれる。けれど、知っているの。人はなんにでも慣れるの。慣れてしまうの。もちろん貴方は私の無駄話に付き合ってくれる。それは絶対にそうなの。けれど、それだけじゃダメなのよ。」
少しばかり沈黙が流れた。それでも君は僕の手を放そうとはしなかった。
「一度失えばきっとずっと大事にしてくれるわよね。」
「生まれ変わったらまた探しにきてるでしょ?貴方は私を愛してくれてるもの。」
ちょっと待ってよ、僕たちまだそんな関係じゃないじゃないか。
「わかるわよ。そんな口約束がなくたって、私たちはとっくに恋人同士でしょう?」
君は統合失調症だった。もとより思い込みの激しいタイプだったらしく、周りの人は特に何も気にしていなかったのは幸いだったのか。けれど、確かに僕は君のことを愛していた。何気ない会話の中に恋愛的な情熱を無意識に見出していた。きっと、このまま君の妄想に飲まれてしまうのだろうと薄々気が付いていた。それすら全くよかったのだ。
回想




