1話
1月、凍てつく空気が胸を突く。降り出した雪に「綺麗だね。」なんて言う君を横目に、僕はひたすら手を擦っていた。静まり返った君の家への帰り道は、いつも僕らを二人きりにしてくれた。何も与えず、何も奪わず、ただそこにいる。ギシ、ギシと、雪を踏みしめる感触がどこかもどかしい。雪の下で眠っている地面にいつまでたっても届かずにいるこの足が、不甲斐ない自分を連想させた。
もうすぐ君の家へ着く。擦り合わせていた手をそっと戻す。この前までは、手の甲が触れ合うくらいに近くにいたのに。僕の手は、もう君の温もりを忘れかけていた。
特別になりたかった。誰よりも特別に。自分はきっと他より優れていると信じ込んでいたし、同時にそれは他人を心の奥底で卑下しているということでもあった。
つまらないことが嫌いだった。何よりも。「みんな我慢してやっているのよ」なんて言われても、そんな風になるくらいなら死んだ方がマシだ、なんて強い言葉を唱えてた。今思えば、できないことに対する言い訳に過ぎなかったのかもしれない。他人にできて自分にできないことに対しての。
中学受験を経て、晴れて中高一貫校に進学した僕は、慣れない人間関係にたじろいでいた。もともと父の仕事の関係で転勤族だったから、人と打ち解けるのには多少の自身があった。けれど、制度や環境の変化で心が疲れていたのか、一人で机に突っ伏して読みたくもない本を読み耽っていた。僕は特別なんだ。出なければ、僕が僕である説明がつかない。そうして僕の中学生活のスタートダッシュは、勢いのない形で帰結した。
前述したとおり、別に特段シャイガイだったわけでもないので、暫くするとある程度友人はできていた。ほんのちょっぴりの間だけ、恋人がいたこともあった。おかげさまで何の変哲もない学校生活を送れていたわけだが、如何せんそれが退屈で仕方がなかった。毎日早起きをして、帰ってくるのは夕方で。進学校なのもあり、課題もちょっとばかし多めに出た。嫌気がさしていた。このまま大人になっても、これといった特徴もなく、適当に大学に行き、適当にサラリーマンとして死ぬのか。そんなことを毎日夜考えると眠れなくなっていた。
暫くして、鬱になった。折角入った学校も休みがちになり、一日の大半をベッドで過ごすようになっていた。皮肉なことで、つまらないことが嫌いだ、なんて吠えていた男が、誰よりもつまらない生活に堕落している。何を学ぶでもなく、何を考えるでもなく、何をするでもなく、胸をこれでもかと締め付けるわだかまりだけがそこにあった。ただ、不思議と退屈な気はしなかった。
久しぶりに見た君の家は、どこか寂しいオーラをまとっていた。ピースの抜け落ちてしまっているパズルを見ているような、ナンバープレートのない車を見ているような、そんな気分だった。きっと雪のせい。この雪がこの街をブルーな気持ちで包んでいるんだ。時間が経って、暖かい風が吹き始めたら、君のことも連れ去ってくれるのだろうか。それもいい。でも今だけは、居た堪れないこのブルーな気持ちにくるまっていたい。どうせ、また忘れてしまうんだから。凍った階段を上がり、僕は君の家の冷たいインターホンを押した。




