第004話 出発、王都へ――そして冒険者へ
下がり、私たちはようやく風鈴の町に戻り、ナリアたちと合流した。
私は今朝見た夢と魔力の暴走について話した。
リシアの目には驚きと、わずかな恐れが混じっていた。話を聞き終えると、彼女は首を横に振った。
「この魔力量……私にも理解できないわ。どうしてこんなに急に増えたの? 体に異常はないの?」
「ううん。目が覚めた直後は少し体と目が痛かったけど、今は平気だよ」
本来なら、これほどの魔力を持つ小さな身体はすでに耐えられなくなっているはずだった。
しかも私はまだ完全にその魔力を抑えることができず、今もわずかに外へ漏れていた。
そのせいで――私はリシアに強制的に魔力制御の特訓へと連れて行かれることになった。
野外から帰ってきたばかりで、少しくらい休みたかったのに……。
「駄目よ。このままじゃ危険だもの。ちゃんと抑えられるようにならなきゃ、その強すぎる魔力があなた自身を蝕むわ」
それからの一か月、私は魔力制御と新しい魔法の習得に没頭した。
せっかく魔力量が増えたのに、使いこなせなきゃもったいないからね。
朝、目が覚めて魔力を感じる。
一か月前に比べ、今では魔力が勝手に漏れ出すこともなくなった。
人族王宮の魔導師たちのような強者でもない限り、私が強大な魔力を秘めているとは気づけないだろう。
リシアも、外に溢れた魔力しか感知できなかった頃と違い、今では私をただの子供だと思っているはず。
……天才って、案外悪くないかも。
リシア曰く、この魔力は自動的に私の身体と精神を強化してくれるらしく、学習速度も普通の人よりずっと早いそうだ。
エリアンたちの話では、魔力を除けば、すでに私はD級冒険者程度の実力があるらしい。
そして今日――。
ついに冒険者ギルドで認定を受ける日が来た。
私はエリアンの肩の上に乗ってギルドへ向かった。まるで、昔お父さんがしてくれたみたいに。
いつか私も、こんなに背が高くなるのかな。
ギルドの入口に着くと、エリアンは私を降ろした。ナリアが私の手を引いて中へ入る。
「よう、エリス。この子の登録を頼む」
エリアンがカウンターの二十代くらいの女性に声をかけた。
エリスはエリアンと私を交互に見て、少し目を丸くする。
「わあ……こ、この子、ずいぶん小さいけど、本当に戦えるの?」
「もちろんよ。三か月間、私たち三人で徹底的に鍛えたもの」
ナリアが自信満々に言いながら、三か月間で私が倒した魔物の魔石を取り出した。
魔石には私の魔力の痕跡が残っている。
「セルフィ、ちょっと魔力を放ってみて」
「う、うん」
言われた通りに魔力を放出すると、魔石の残留魔力と同じ波動が広がった。
エリスは一瞬言葉を失い、何か言いかけたが、三人の真剣な表情を見て、ため息をつきながら登録用紙を取り出した。
「確認しました。この魔石、確かにこのお嬢さんが仕留めたものですね。条件は満たしています。それでは、この紙に年齢と名前を記入してください」
王宮で文字を習っていたおかげで、私は問題なく記入を終えた。もちろん偽名と偽の年齢で。
エリスは困ったように眉をひそめた。
「じゅ、十歳……ちょっと若すぎないかしら?」
「見た目は子供でも、セルフィは同年代の子よりずっと強いのよ」
実際、あの魔力を得てから私の身体は十歳前後の発育をしていた。
リシアの話では、強大な魔力を持つ者は成長が早く、その後は老化が遅くなり、二十歳前後で外見が止まるのだという。
ナリアはまるで自分の子供を自慢するように語る。……やめてよ、恥ずかしい!
「それじゃあ、お嬢さん、後ろの試験場へどうぞ。少し実技を見せてもらいます」
「【フレイム・ストライク】! 【アイス・ブレード】! 【ウィンド・カッター】!」
私は三種類の攻撃魔法を放ち、木製の訓練人形をすべて粉砕した。
――パチパチパチ。
ナリア、リシア、そしてエリスまでもが拍手している。
もう、やめてってば……恥ずかしい!
「よくできました、セルフィ。これで正式に冒険者登録完了です。階級はE級魔導士になります」
基礎魔法しか使っていないし、年齢を考えれば十分すぎる結果だ。
エリスは私に完成したギルドカードを手渡した。
剣術や暗殺の技も習ってはいたけれど、私は魔導士として登録することにした。
ナリア曰く、魔導士は評判もいいし、私に向いているらしい。
ギルドを出たあと――。
「ソル、本当に行くの?」
「うん。ここまでお世話になったし、これ以上迷惑かけるわけにはいかない。みんなも私のせいで時間を無駄にしちゃ駄目だし……もう、行かないと」
「うぅ……」
「もう、ナリア。ソルちゃんが自分で決めたことなんだから。
でも気をつけてね、ソルちゃん。何かあったらいつでも戻ってきていいのよ?」
リシアが優しく言う。
「うん、分かってる」
私はナリアに駆け寄って抱きしめた。
「ありがとう、ナリア。この三か月、本当にありがとう。
――また会おう、必ず」
「うん、約束だよ、ソル」
私はエリアンとリシアとも抱き合い、エリアンは私の頭を優しく撫でた。
彼らは町の門まで見送りに来てくれ、王都までの道のりを教えてくれた。
私は深く息を吸い込み、声が震えないよう努めて言った。
「それじゃあ……行ってきます。本当に、ありがとう」
頭を下げて礼をする。
「気をつけてな」
「バイバイ、ソル!」
「また会おう、私の小さな弟子よ」
装備と荷物を背負い、私は旅立った。
背後で風鈴の音が鳴る。
振り返らなかった。
――だって、本当の旅は、今始まったばかりなのだから。
ナリアたちと別れてから、もう四ヶ月ほどが過ぎていた。
私は田舎の細い道を歩いていた。次の町まではまだかなり距離がある。
仕方ない、今夜は野営するしかないか。
私は森の中へ入り、川辺に近い場所を見つけた。太い幹の木を選び、荷物を枝の上に置く。
日が沈む前に食料を確保しておこうと、魔物狩りに出ることにした。
だが、森の奥へ進むにつれて、鼻を刺すような血の匂いが漂ってきた。
「……この匂い……」
進めば進むほど、血の臭いは濃くなる。
眉をひそめながら進むと、道のあちこちに魔物の死骸が転がっていた。
その多くは首筋に整った噛み跡があり、血はほとんど吸い尽くされている。
――吸血鬼?
だが、吸血鬼は魔族大陸にしかいないはずだ。
ここは国境からかなり離れている。……念のため警戒しておこう。
私は比較的新しい魔物の死体をいくつか運び、日が落ちる前にキャンプへ戻った。
川の水で魔物の肉をきれいに処理し、火を起こす。
以前買った魔導書で覚えた収納魔法から調味料を取り出し、肉を串に刺して焼く。
やっぱり焼き肉は最高だ。
肉が焼けるのを待ちながら、途中で摘んだ野果を取り出す。
「……出ておいで。森に入った時からずっとつけてきたよね。
攻撃してこないってことは、敵意はないんでしょ?」
私は顔を上げずに静かに言った。
前方の茂みががさりと揺れ、そこから姿を現したのは――
白というより銀灰色に近い乱れた髪。
真紅の縦に細い瞳。
破れたマントを羽織った少女だった。
背丈は私とほとんど同じくらい。
けれど、その目には警戒と敵意が宿っていた。
「……あんた、今すぐここを離れて。私は子供を殺したくない」
「子供って……あんたも私と同じくらいの年に見えるけど?
私はただ休んでるだけ。邪魔するつもりはないよ」
「ち、違う! あんたを殺したら、エルフ族の大人たちに捕まっちゃうかもしれないでしょ!」
「はは、それは心配しなくていいよ。
あいつら、むしろ私を殺したがってる方だから」
「え……?」
彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。どうやら理解できなかったようだ。
「まあいいや。攻撃してこなかったお礼に、これあげる」
私は手に持っていた果実を差し出した。
彼女は警戒の目で私を見ていたので、一本を取って自分で食べて見せた。
ようやく納得したのか、彼女はおそるおそる近づいて果実を受け取り、かじり始めた。
一口食べた途端、警戒心が少し和らいだのが分かった。
「吸血鬼って血しか飲まないと思ってたけど……普通の食べ物も食べるんだね」
その瞬間、彼女の体がびくりと固まった。
「な、なんで……わたしが吸血鬼だって分かったの……?」
思わず口元に手を当てた彼女の指先が、乾いた血の跡に触れる。
顔がみるみる青ざめ、慌てて拭おうとするが、余計に汚れてしまう。
「だってさ、口の端に血の跡が残ってるし。
それに、その赤い縦の瞳。まるで本で読んだ吸血鬼の特徴そのままだよ。
それに――森の魔物たちの首、全部噛み跡がついてて、血が抜けてたし」
「うっ……」
見ていられず、私は立ち上がって彼女の手を取った。
「ちょ、ちょっと、何するのっ!?」
彼女は抵抗したが、力は私のほうが上だった。
私はそのまま彼女を川辺まで連れていき、しゃがませた。
布を水で濡らし、彼女の顔を拭き始める。
「ま、待って……っ!」
彼女は困惑して声にならない。
しばらくして――
「うん、これでよし。きれいになった」
私は笑いながら言ったが、彼女は怨めしそうな目で私を睨んでいた。
えっ……ナリアも昔こうしてくれたけど……私、何か悪いことした?
私は首を傾げつつキャンプに戻る。
肉は焦げずにちょうどいい焼き加減だった。
串を火から下ろし、調味料を振りかけてかぶりつく。
彼女も川から戻ってきて、少し離れた場所に座り、先ほどの果実を食べていた。
私は肉を少し取り分け、調味料をかけて彼女の方へ持って行く。
「はい、これ」
彼女はじっと肉を見つめ、唾を飲み込んだ。
でも、すぐに首を横に振る。
私はため息をつき、彼女の頬を軽くつまんで口を開かせ、肉を押し込んだ。
「もう、食べたいなら素直に言えばいいのに」
「んぐっ……んんん……!」
口いっぱいに肉を詰められ、何も言えない様子。
ようやく飲み込むと、彼女はもう我慢できないとばかりに残りの肉にかぶりついた。
……なんだか、初めてレストランに連れて行ってもらった時の私みたいだな。
私は残った肉を食べながら、その姿を見つめた。
彼女が夢中で肉を食べる様子を見ているうちに、胸の奥で不思議な予感が芽生えた。
――これは、ただの偶然の出会いじゃない。
……たぶん、私の“大きな厄介ごと”は、今まさに始まったばかりなのかもしれない。




