第003話 未知なる力
「ソール、準備はできた?」
私はこくりと頷いた。
エリオンたちが私を鍛えると決めてからというもの、依頼のない日はそれぞれが得意とする技を教えてくれるようになった。
エリオンは剣士なので剣術を、ナリアは斥候として暗殺術を、リシアは魔法使いとして魔法を——。
彼らは私の意思も確認してくれた。両親と家族の仇を討つためには、自分も強くならなければならない。
もう誰かに守られるだけの存在ではいたくない。だから私は、彼らの提案を受け入れた。
今、私は森の中でエリオンと一緒に魔物を待ち伏せしている。
彼は知り合いの鍛冶屋から、私が扱えるサイズに近い刀を用意してくれた。
剣ではなく「刀」を選んだ理由は、王宮にいた頃、人間の王族の護衛が使っていた【太刀】という武器に憧れていたからだ。
それは剣のように両刃ではなく、片側だけに刃があり、少しだけ反っている。
なぜかその形が、普通の剣よりもずっと心惹かれたのだ。
だから私は、エリオンに頼み込んで刀を手に入れてもらった。
けれど子供用のサイズなどあるはずもなく、一番小さいものでも七〇センチほど。
身長一三〇センチしかない七歳の私にとっては、明らかに大きすぎる。
幸い、生まれつき同年代の子よりも力は強かった。
さらにリシアが私の魔力量を調べたところ、同じ年頃の子供よりはるかに多いと言われた。
それでも人が言う【魔力酔い】の症状は出なかった。
「……動いた、来るぞ」
私は息をひそめ、エリオンの視線の先を見つめた。
茂みの奥で魔力のうねりが感じられる。
リシアは言っていた。
万物には魔力が宿っており、生き物ごとにその性質は異なる。
何かが現れたり消えたりすると、その周囲の魔力もまた揺らぐのだと。
彼女は私に、自分の魔力を周囲に溶かし込み、その変化を“身体で感じ取る”訓練をさせた。
さらに、魔力を目に込めることで、魔力そのものを視覚で捉えることもできると。
強化された目なら、より微細な魔力の波を読み取れるのだ。
茂みの向こう、森の陰に潜む魔物の姿は見えない。
だが、周囲と同化しているはずのその魔力が、確かにそこに蠢いていた。
「……見えた」
鉄鬃の魔猪が二匹。
私はすぐに魔力で身体を強化し、気配を消す。ナリアに教わった技だ。
気配を消したまま、素早く魔猪たちのもとへと近づく。
太腿に固定していた小刀を抜き、一匹の頭めがけて投げつけた。
エリオンが言っていた——敵を倒す時は要害を狙え。
外してもいい、ただし動きを封じろ、と。
小刀が命中。私はそのままもう一匹へ駆け寄り、刀を振り下ろした。
次の瞬間、魔猪の頭は真っ二つに割れていた。
「ソールよ、次はもう少し獲物を綺麗に処理した方がいいかもしれないな」
「え? でも、ちゃんと倒せたでしょ?」
猪の頭から小刀を引き抜きながら、血を拭って答える。
「……頭を真っ二つにしたのを“上手く処理した”とは言わんぞ」
私は思わず目を向けた。
うっ……確かに、あまり見た目が良くない。
白い脳漿が割れた頭骨から流れ出ており、私は思わず目を逸らした。
「……次は、気をつける」
「今日の夜もお肉が食べられるね」
実はここ数日、私はエリアンと一緒に野営していた。冒険者が野外で生活する状況を想定した訓練であり、今まで学んできたことの実践でもあった。ナリアとリシアは依頼を受けに街へ出ている。一緒に来たがったナリアは、結局エリアンに止められた。三人の中で野外生活に最も長けているのはエリアンだからだ。
この数日、料理の仕方や食材の保存方法などを教わり、本当に感謝している。
「ありがとう、エリアン」
肉を切っている彼に声をかける。
「ん? 何がありがとうなんだ?」
「エリアンだけじゃなくて、ナリアとリシアにも。みんなが私を助けてくれた上に、生きる術と戦う力を教えてくれた。本当に感謝してる。この恩は絶対に忘れない」
そう言って頭を下げると、エリアンが笑いながら肉を差し出してきた。
「いいんだよ、ソール。助けたからには、生きてもらわないと意味がないだろ? この二ヶ月一緒に過ごしてきて、俺たちもお前を本当の娘みたいに思ってるんだ。特にナリアはな」
「……はは、そうだね……」
この二ヶ月、ナリアは毎日のように一緒に風呂に入り、体まで洗ってくれている。ちょっと疲れるけど……。
「明日には風鈴の町に戻れるな。俺たちが教えられることは全部教えた。これから先はお前自身の旅だ。ただ、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
エリアンの言葉に私は静かに頷いた。二ヶ月前、彼らと相談して決めた。全てを教わった後は、一人で旅に出ると。私は人族の王都を目指している。母が言っていた——祖父がそこにいると。本来なら母と一緒にそこへ向かうはずだった。でも、国境で追手に見つかり、母は……。
肉を食べ終えた後、私は眠りについた。眠っていても魔力を周囲に流し、変化を感じ取る——この二ヶ月で、それが呼吸のように自然になっていた。
その夜、夢を見た。
そこには一人のエルフがいた。私と同じ銀髪、そして異なる色の瞳。
彼女はゆっくりと近づき、私の頬を撫でた。声を出そうとしても、言葉にならない。
「心配いらない。この瞳は、あなたの両親が授けてくれた贈り物よ」
そう言って、彼女の瞳が淡く光を放つ。
その光に呼応するように、私の瞳にも魔力が集まっていく。
光が完全に私の中に溶け込んだ瞬間、何かが――解放された。
「感じて。これは元々、あなたのものだから」
魔力が眼に集中し、どんどん強くなる。
あまりの力に耐えきれず、私は目を閉じて制御しようとするが、止められない。
限界を感じた瞬間、私は勢いよく目を開いた。
膨大な魔力が溢れ出し、私を中心に波動が走る。
朝の森が、その魔力に目を覚ました。エリアンも驚いて飛び起き、剣を構えていた。まるで、私が恐ろしい怪物であるかのように。
「エリアン……?」
私が声をかけると、彼は私の瞳を見て正気に戻ったように剣を下ろした。
「……二分前、お前の魔力が突然暴走した。様子を見に行こうとしたが、近づくことすらできなかった」
エリアンの手が小刻みに震えている。私は髪が白く戻っていることに気づいた。偽装が解けたのだ。体内に溢れる魔力は、夢で見たあの精霊と同じ——いや、それ以上かもしれない。
リシアに教わった方法で魔力を抑え、少しずつ以前の状態に戻す。そして、髪を黒に、瞳を茶色に変える。エリアンがようやく腰を下ろした。
「すまなかった、ソール。剣を向けてしまって」
「ううん、悪いのは私。夢の中で、私にそっくりな精霊が現れて……その人の瞳と共鳴したら、こうなったの」
「……なるほどな」
エリアンはまだ少し怯えていた。
やがて彼も落ち着きを取り戻し、朝食を済ませた後、私たちは風鈴の町へ向かった。




