第002話 宿屋での修行
「お父さん、これあげる!」
花で編んだ花冠を差し出すと、お父さんは優しい笑顔で私を見つめた。
「わぁ、すごくきれいだよソール。じゃあ、パパにかぶせてくれる?」
「うん!」
私が花冠をお父さんの頭にかぶせた瞬間――まばたきをした一刹那で、目の前の光景が変わった。
お父さんは、処刑台の上に立っていた。
「第二王子ディエレス・ガラノーデル、反逆罪により、これより処刑を執行する!
その妻と娘は、人族王族との協議の結果、平民として降格とする!」
冷たく響く宣告の声が広場全体に広がり、私たちの幸せだった日々がその音と共に崩れ落ちた。
恐ろしくて目を閉じると、母が私を抱きしめ、両手で私の目を覆ってくれた。
だが次の瞬間――鈍い刃の音と共に、母の震える声が耳に届いた。
「お願いです……どうか、この子だけは……」
「申し訳ありません、王妃様。これは命令です。どうかお下がりください。
姫様を引き渡していただきます。」
騎士の声には、一切の感情がなかった。
「駄目です……この子は、あの人と私の……たった一人の命なのです……!」
母は苦しげに言いながら、私を背中にかばった。
だが周囲はすでに兵士たちに囲まれていた。
数人の兵士が無理やり母を引き離し、残りが私に手を伸ばした。
「いやぁっ! お母さん! お母さん、助けて、助けてよ!」
「ソール……! ソール!」
――その声が、少しずつ遠のき、やがて別の呼び声に変わっていった。
体が揺さぶられ、ぼんやりとした光がまぶたの裏に差し込む。
私ははっとして目を開けた。目の前には、心配そうに覗き込むナリアの顔があった。
「ソール、大丈夫?」
ああ、そうだ……私はナリアたちに助け出されたんだ。
さっきのは夢――いや、悪夢だった。
頬にはまだ涙の跡が残っている。
「うん……大丈夫。ただの悪夢。それに、ちょっと嫌なことを思い出しただけ……」
目をこすりながら答えると、ナリアはそっと私を抱きしめた。
その胸のぬくもりに包まれて、少しだけ安心する。
「もう大丈夫よ、ソール。私たちがここにいるから。
怖いことがあったら、ちゃんと話してね。私たちが力になるから。」
ナリアはそう言いながら、優しく私の頭を撫でた。
私はその腕の中で、彼女の背に手を回し、もう我慢できずに泣き出してしまった。
――後になってナリアに、「あのとき、私の服びしょびしょにしたんだからね」って
からかわれるなんて、そのときの私は知る由もなかった。
長いあいだ泣き続けたあと、ようやく私の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。胸の奥にはまだぽっかりとした穴が残っていたけれど、それでも誰かがそばにいてくれる温もりを感じることができた。
私はナリヤとリシアと一緒に階下へ降り、顔を洗って食事をとることにした。食事の途中でエリアンが戻ってきて、これからの予定を教えてくれた。しばらくこの町に滞在しながら、私にいろいろ教えてくれるという。私は黙ってうなずいた。
今日は三人とも依頼をこなす日らしく、私は宿屋に残ることになった。することもなく、私は宿屋の女将リュウチョと一緒にカウンターに座っていた。ナリヤたちがリュウチョに私のことを頼んでいったのだ。
「セルフィ、退屈してるの?」
カウンターの高い椅子に座って足をぶらぶらさせていた私に、リュウチョが声をかけてきた。私は小さくうなずいた。セルフィというのは、ナリヤたちがつけてくれた私の偽名だ。
「それじゃ、ちょっとお手伝いしてもらえる? 今ね、ウェイトレスが足りなくてね。お料理を運んだりお皿を下げたりしてくれたら助かるの。あ、ちゃんとお給料は払うから安心してね!」
リュウチョは両手を合わせてお願いのポーズをとった。ちょうど暇だったし、昨日三人の話を聞いていて自分にも何かできることがあればと思っていた私は、そのお願いを引き受けた。
リュウチョは嬉しそうに私の手を取ると、裏の部屋へ連れていった。そしてどこからかウェイトレス用の服を取り出し、「はい、これに着替えてね」と渡してきた。まるであらかじめ用意していたみたいだった。……サイズは少し大きかったけれど、特に問題はなかった。
リュウチョにテーブル番号や料理の運び方を簡単に教わり、私はさっそく料理を持って13番の席へ向かった。そこには体格のいいおじいさんが座っていた。年老いていても力強さを感じる。
「こんにちは、おじいさん。ご注文のお料理です」
「おお、小娘、ありがとうな。ん? 見ない顔だな」
「昨日来たばかりなんです。えっと、その……」
何と答えるか迷っていたそのとき――
「あらロチュワンおじいさん、この子はね、親戚の子なのよ。セルフィって言うの。しばらくうちに泊まってるの。ちょうど人手が足りないから手伝ってもらってるのよ」
「ほうほう、リュウチョ。童工を雇ってるのかい?」
「ちょ、やめてくださいよおじいさん。そんなこと言われたら捕まっちゃうじゃないですか。そしたらおじいさん、もう私のお酒飲めなくなっちゃいますよ?」
どうやらリュウチョのお酒は評判がいいらしい。
「そりゃ困るな。じゃあ酒のために黙っておくとしようか、ハッハッハ!」
ロチュワンおじいさんは笑いながら酒をあおり、リュウチョは苦笑いを浮かべながら私をカウンターへ戻した。
「まったく、あのおじいさんは相変わらずからかってくるんだから」
リュウチョは二十代前半くらいの女性で、まだ結婚していないらしい。両親が残してくれたこの宿を一人で切り盛りしている。客は多くはないが、地元では人気の宿だそうだ。今日はもう一人のウェイトレスが休みとのことで、私が代わりに働くことになった。
その後も何組か客が来て、私は教えられた通りに注文を取り、料理を運んだ。少し疲れたけれど、王宮の外の生活を体験できて、どこか嬉しかった。
夕方になり、突然ドアが「バンッ!」と開いた。
「セルフィ!」
大きな音にびくりとして振り向くと、ナリヤたちが立っていた。どうやらかなり慌てている様子だ。私がウェイトレスの格好で料理を運んでいるのを見つけると、三人はほっとした顔をした。
仕事を終えたあと、彼女たちは私に事情を話してくれた。町に戻ったとき、「宿に新しく入った可愛いウェイトレスがいる」と噂を聞き、もしかして私ではないかと心配になって急いで帰ってきたのだという。
「ナリヤなんて、心配しすぎて泣きそうになってたんだよ、ハハハ!」
「リシア! それ言わないって約束したでしょ!」
「まあまあ、セルフィが無事ならそれでいいじゃない。……それにしてもリュウチョ、私たちの許可もなくうちのお姫様を働かせるなんてね?」
「ごめんなさいねぇ。でも本当に人手が足りなくて……。あ、でも代わりに、あなたたちの食事代を無料にしてあげるわよ?」
リュウチョが提案すると、エリアンがニヤリと笑った。
「おお、それはなかなか魅力的な条件だな」
えっ、そんな簡単に……?
「その代わり、セルフィの安全は絶対に守ってもらうよ」
ナリヤが私を抱きしめながら真剣な表情で言う。
「もちろんよ。皆さんがいない間は、私が責任をもってセルフィを守るわ。だって、もううちの看板娘みたいになってるんだもの、ハハハ!」
……やっぱり、私、売られた気がする。
リュウチョの約束を聞いて、みんなようやく安心したようだった。そのあと、私はまたナリヤに連れられて浴場へ――もう、抵抗なんてできない。
ちなみに後で知ったことだが、あのウェイトレスの服――。私がこの宿に来たその日から、すでにリュウチョが用意していたらしい。




