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 チュンチュン、と響く鳥の囀ずり。

 さわさわと頭上にある木の葉が揺れ、照らされたり影になったりとまるで万華鏡のように太陽の光が自身に降り注ぐのを、唯はただただ幸せそうに享受していた。


 頬を撫でる、穏やかな風。

 腰を降ろした所から感じる草のしなやかな強さと、爽やかな匂い。


 春の残り香を存分に纏いながら夏へと駆けてゆくようなこの季節が唯は大好きで、財布を拾ってくれた心優しい人のお陰でお腹も満たされ空きコマの時間を中庭の木陰で有意義に過ごしているこの至福の一時を堪能するよう、新鮮な匂いを肺いっぱいに吸い込み、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


「ふぁぁ……、眠くなっちゃうなぁ……」


 だなんてぽつりと独り言を呟き、木の幹に身を寄せ、ごろんと寝返りを打つ。

 こんな所を母親に見られてしまえば、服が汚れるでしょう。だとか、大学生にもなってそんな所で居眠りして。だなんて怒られてしまうんだろうな。と脳内で呆れ顔をする母を想像して口元を弛めていた唯だったが、突然隣の茂みがガサガサガサッ!!!! と凄い音を立て、ビュンッと自身の胸元に何かが飛び込んできた事に、思わず悲鳴を上げた。


「ヒャアァァッ──ピヨピヨピヨッッ!」


 物凄い驚きと未知の恐怖に、唯の叫び声は甲高い鳴き声へと変わり、視界が急激に狭く、世界は広く強大になってゆく。

 そして、パサリ。と布が落ちる音と共に、そこには一羽のふわふわとしたヒヨコがちんまりと地面に佇んでいた。



「ピヨッ……」


 ……ああぁ、またヒヨコになってしまった。とつぶらな瞳をシパシパと瞬かせ、小さなくちばしから鳴き声を溢す唯。

 しかし突然の変化は唯にとっては珍しい事ではなく、完全にリラックスした状態だった為油断していた。と唯は未だ自身のコントロールが出来ない事に、もう一度悲しげにピィッと鳴き声をあげた。


 柔らかかった芝生は背丈とさほど変わらない草になり、ぐんと近くなった土の匂い。

 ひんやりとした土の感触が趾裏から伝わり、ふるるっと唯が体を震わせていれば、不意にすぐ側で大きな鼻を鳴らす音と熱い息がかかった。


「ッ! ピィピィッ!!」


 ──慌ててバッと隣を見た唯の目の前にある、巨大で少しだけ湿った、黒い鼻先。


 そしてその上に爛々と光るギョロッとしたビー玉のような二つの眼に、唯は身体中の毛をぶわりと逆立たせた。


 ね、ねこちゃんだぁぁぁぁッッ!!!!


 だなんて、普段ならばその美しさと可愛らしさに、おいでおいで~。と鼻の下を伸ばし自ら手招きするが、しかし今目に映っているのは自分よりも何十倍も巨体の、そして鋭い爪を持っている危険な生き物、でしかなく。

 食べられちゃう!! と慌てて逃げようとしたが、パシッと素早く肉球で右の羽を踏まれ、唯は身動き出来ずに趾をジタバタとさせながら「ピヨピヨピヨッ!!」と精一杯声高く鳴いた。


 しかしそんな唯の必死の懇願も猫には伝わっていないのか、ますます興味深げにフンフンと鼻を慣らし唯の体にずずいっと近寄ってくるばかりで。

 それに唯がぎゅっと目を瞑り、もうダメかもしれない。と諦めかけた、その時──。


「こら、何やってんだ」


 なんて頭上高くから、声がした。



 そして、その声と共にしなやかで綺麗な手がずいっと現れたかと思うと、唯を押さえ付けていた猫の体がふわりと浮き上がった。


「ニャッ!!」

「……ピ、ピヨォ……」


 思わず安堵した情けない鳴き声を出しながら見上げたが、唯の小さなヒヨコの体では上を向いても何も見えず、しかし大きな大きな太陽を背に、暴れる猫を抱いたその人はゆっくりと猫に話しかけていた。


「ニャアアッッ!!」

「ほら、な? お前だって自分よりかなりデカい奴にこうやっていきなり捕まえられたら嫌だし怖いだろ? 分かったならもう行きな。急に捕まえて悪かったな」


 だなんて囁き、優しく猫を地面に降ろすその人。

 そして脱兎のごとく猫はまたしても茂みの方へ走って行ったが、唯はというと何だか聞いた事のあるようなその人の声に、うん? と小さく首を傾げた。


「おい、あんた、大丈夫?」


 不意に影が広がり、かと思った瞬間助けてくれたその人がわざわざ踞り視線を合わせてくれたのか、つり上がった、けれども美しい薄茶色の瞳が唯を見つめていた。


「ったく。こんな所で先祖返りするか普通。危ないだろ。特にその姿じゃ尚更だってのに」


 そう面倒くさそうに言いながらも、怪我はないかと気にするようじっと見つめてくるその人に、唯は目を見開き、興奮から煩く騒いでしまった。


「ピィピィピィ!!」

「わ、ちょ、何、何バタバタして、」


 唯が小さい体を一生懸命震わせ、喜びを表現するようグルグルと回転していれば、その人もようやく気が付いたのか、側に落ちている服を見て、眉間に皺を寄せた。


「……あんたもしかして、さっきの財布落とした変な奴?」


 変な奴。というひどい印象を持たれてしまっているものの、また会いたいと思っていた人に一時間足らずで会えた事、そしてまた助けてもらった事に唯は感激だとまん丸でうるうるとした瞳をキラキラ輝かせながら、必死にこくこくと頷いた。


「ピィ! ピィ!」

「……」

「ピィ! ……ピヨッ?」

「……ふ、あははっ!! 今度はこんな所で先祖返りして猫に玩具にされかけてるとか、あんたほんと変な奴だな!! あははははッ!」


 暫く黙ってしまったその人に、唯がどうしたのだと小首を傾げながら見上げた瞬間、そう言っては大きく口を開けて、楽しげに笑うその人。


 その笑顔がキラキラと輝きとても美しく、唯は褒められている訳じゃないと知っていながらも、同じようニッコリと笑みを浮かべながら、再会を喜ぶようまたしてもピヨピヨと空高く鳴いたのだった。





 




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