封じられた夏(5)
翌朝、祖母に連れられて村の外れにある神社へと向かった。杉林に囲まれたその場所は、鳥居をくぐった瞬間、空気が一変する。苔むした石段を上がると、社殿の前に一人の老人が立っていた。
「……あの子たちが?」
それが、葛葉神主だった。
四人は家で見たもの、感じたこと、悠斗の異変を話した。
葛葉は深く頷きながら言った。
「……お前たち、“骨封じ”を見たな」
葛葉神主のその一言に、詩織が小さく肩を震わせた。朝の空気はすがすがしいはずなのに、神社の境内にはどこか異質な冷気が漂っていた。
「中に入りなさい。少し、話をしよう」
神主は拝殿の裏手にある小さな社務所に四人を招いた。畳敷きの部屋に通されると、奥の棚には古びた巻物や石板、木札のようなものが並んでいた。
湯呑みに注がれた番茶の香ばしさが、わずかに空気を和らげた。
「“骨封じ”はな、ただの怪談じゃない。湧名には、かつて“骨喰い”と呼ばれる祟り神がいた。人の骨を喰らい、家に憑いて病や死を招く。その神を封じるために、ある儀式が行われた。それが、あの家……山本家…お前たち子どもたちが略称で読んでいる“山本ん家”だ」
「……でもあの家って、そんなに古くからあるようには見えなかったですけど?」詩織が、ためらいながら問いかけた。
「それはな……数十年に一度、お前たちのように“祟られる”者が現れるのだ。そのたびに、あの建物は建て直されている」
「建て直してる……?」
「封じはな、神社でも、ただの祠でも駄目だ。なぜか、“人の生活の匂い”がある家でなければ効果がないと、古くから伝わっておる。だからこそ、村は代々、家としての形を維持し続けてきた。見た目は普通でも、あれは“儀式のための家”なのだ」
「……封の鍵は特別な儀式と護符を持たずに、近づき間近で見ただけでも、“呼ばれる体質”になる」
葛葉はさらに語る。
「“呼ばれる”というのは、見えないもの、忘れられたもの、封じられたものに、引き寄せられるということだ」
「そしてその体質を弱めるには、“鍛える”しかない。呼ばれても、喰われない強さを持つしかないのだ」
葛葉神主は護符を渡しながら続けた。
「この神社の裏手にある滝で、夏の終わりに毎年打たれよ。そうすれば、“それ”は少しずつ遠のく」
「……いつまで、それを続ければ……?」
「二十歳までだ。それまでに、自分の中に“結界”を持てるようになれ。そうでなければ、お前たちの因縁は、次へ、また次へと流れていく」
彼は静かに言った。
「ただな……そうして自分を変えていくと、今まで見えなかったものが見え、感じなかった気配が身近に迫ってくる。つまり、“霊力”が体に宿るということだ」
「お前たちはもう、普通の人間と同じ感覚で生活することはできなくなるかもしれない」
その言葉に、四人の表情から、わずかに血の気が引いていた。
それでも、帰り道。彼らは静かに歩いていた。
風が吹き、蝉の声が、まだ夏の中にいることを思い出させた。