封じられた夏(4)
骨は茶色く乾き、ひびが入り、表面には意味のわからない模様や古い文字のようなものが刻まれている。墨でもなく、刻印でもない。まるで――「内側から」染み出したような文字だった。
「これが……封じ?」
誰かが、息を飲むように呟いた。
その瞬間――
ギィ……ギィィ……ッ……
廊下の床が、誰も歩いていないはずなのに、ゆっくりときしみ始めた。一歩、二歩……まるで、見えない“何か”が、こちらへ近づいてくるかのように。空気がわずかに歪み、視界の端で壁紙が波打ったように感じた。
誰もが振り返った。そこには、誰もいなかった。
けれど――確かにそこに**“何か”が立っていた気配**があった。
見えない。だけど、肌が反応する。体温が急激に奪われ、首筋に冷たい汗が伝う。耳鳴りがして、心臓がドクドクと音を立てているのがわかる。
悠斗が、かすれた声で言った。
「……痛い……足……熱い……っ」
みんなが足元を見ると、悠斗の足首のあたりに、赤黒く滲むような手形のような痣が浮かんでいた。まるで、誰かがそこを掴んでいたかのような、形。
そのときだった。
全員の足が、その場に縫い付けられたように動かなくなった。
「逃げなきゃ」と頭では思うのに、体がまったく反応しない。
視線だけが彷徨い、心臓だけが異様に早く打っている。まるで全身が見えない手に“縛られている”かのように、動けない――金縛り。
恐怖が、静かに、しかし確実に心を侵していく。
それを断ち切ったのは、直哉の声だった。
「……もう帰ろう! 今すぐ!!」
その言葉が、雷のように全身を打った。
その瞬間――四人の“縛り”が一斉に解けた。
何かに引き戻されたように体が自由になり、誰からともなく踵を返して、音を立てて階段を駆け下りた。
後ろでは、奥の扉の骨が――**ギィ……ッ……ギィ……ッ……**と軋む音をたてた。それは、誰にも聞こえたのか、それとも直哉だけが“呼ばれた”のか――定かではなかった。
外に出た瞬間、日が傾いて空がオレンジに染まっていることに気づいた。
祖父母の家に戻ったとき、玄関先にいた祖父の表情がわずかに強張った。
「おかえり。……どこに行ってた?」
「川のほうまで……」と直哉が曖昧に答えた。
だが悠斗の様子を見た祖母が真っ先に駆け寄る。
「どうしたの、顔が真っ青じゃない!」
「ちょっと……足、ぶつけて……」
誤魔化す声も弱々しく、祖母は悠斗の痣を見て、一瞬動きを止めた。
「……あの家に、行ったね?」
その一言に、直哉の背筋が凍る。
「ばあちゃん……知ってるの?」
そのとき、奥で座っていた祖父が静かに口を開いた。
「もう話すしかないな」
祖母は軽く頷き、仏壇の前に置かれていた木箱から何かを取り出した。それは小さな布に包まれた護符だった。
「明日、神社へ行くよ。葛葉さんのところへ」