封じられた夏(10)
祭りの輪の外、屋台の明かりが届かない場所に立っていると、ふと耳にかすかな声が混じった。
――ザ……ザ……。
遠くで誰かが名を呼んでいるような、紙を擦るような音。
直哉が振り返ると、そこには誰もいない。ただ、提灯の影が揺れているだけだった。
「……今、聞こえなかったか?」直哉が小声で言う。
「え、なにが?」啓太が首をかしげる。
だが、詩織は顔をこわばらせていた。
「……聞こえた。人の声みたいな……“おいで”って」
悠斗はりんご飴を持つ手をぎゅっと握りしめた。
「兄ちゃん……あそこ、見て」
指さした先、境内の端に立つ杉の木。その幹の影に、細い白っぽい腕のようなものが一瞬揺れた。
通りすがった大人たちは誰一人気づかずに笑いながら歩いていく。
「……まただ」直哉が息を呑む。
「やっぱり、俺たちだけに見えてる」
詩織は唇を噛んで言った。
「骨封じの家に入ったから……普通の人には見えないものが、呼ばれるように近づいてくる」
啓太は顔をこわばらせ、拳を握りしめながら声を震わせた。
「……くそ……。祭りの最中にまで……。怖ぇけど……どうしようもねぇ……」
直哉は苦い顔でうなずいた。
「……実はさ、神社を出たあとから、ずっと胸の奥がざわざわしてた。誰かに見られてるみたいで」
「……わたしも」詩織が続ける。
「帰り道、背中に冷たい風がまとわりついて……でも言えなかった」
悠斗も、小さく頷いた。
「僕も……夜、寝る前に急に耳が鳴って……怖かったけど、気のせいだと思おうとしてた」
四人は互いに目を合わせ、息を呑んだ。
祭りの賑わいの中で、笑い声と太鼓の音が響いている。
けれど、自分たちだけが別の世界の入口に立たされている――その感覚が、はっきりと共有された瞬間だった。
そのとき、風鈴の音に似た澄んだ響きが耳に差し込んだ。
だがそれは境内に吊るされた風鈴ではない。耳の奥で、直接囁かれているような音だった。
――カエレ。
低く、濁った声。
四人は一斉に顔を見合わせる。
人混みのざわめきに紛れているのに、声ははっきりと聞こえた。
けれど周囲の誰一人として、異変に気づいている様子はなかった。
「……ここじゃない。外に出よう」
直哉が三人を促し、境内の隅へと足を向けた。
背後で響く太鼓の音は賑やかで、人々の笑い声も絶えない。
けれど四人の耳には、それとは別の“異なる音”が確かに重なっていた。
――見えぬはずの影。
――聞こえぬはずの声。
それは、骨封じの家に足を踏み入れた代償だった。