『騎士団長は幼女に甘い(読み切りの短編連作)シリーズ』はここ♡
騎士団長は幼女に甘い〜ブラジャーは最高のおリボンですわ!〜
シリーズですがこれだけで読める作りです、完結してます。
「国王陛下に無礼を働いたら追放されるかもしれないから礼儀正しくしてね」
「はい、お母様!」
ここはウィンザー侯爵家の広くて立派な玄関。
金髪に青い目の美しい五人の姉妹たちはずらりと並んで真面目な顔でお母様のお言葉を聞いている。
今日は国王陛下に謁見できる日。
貴族たちが王宮にご機嫌伺いに行く日なのだ。
——追放? それってなにかしら?
末っ子で六歳のリリアンは首を傾げた。
「追放ってなんですの?」
姉たちに聞くと三番目の姉が教えてくれた。
「国の外に行くことよ」
「ふうん⋯⋯」
——追放って旅行のことなのね、私も陛下に追放されたいですわ!
リリアンは旅行が大好きなのだ。
追放して欲しいなと思ってぴょんぴょん跳ねていると、お母様のおでかけチェックが始まった。
「少しお化粧が濃いわね」
絹のハンカチを取り出して一番上の姉のアイシャドウを拭き取ってしまう。
「あなたは胸を出しすぎよ」
二番目の姉の襟元を掴むとグイッと上に引き上げた。
「まあ、その小さな人形はなんなの? 推しのヌイ? 何を言っているのかちょっとわからないわ、そんなもの持って行ってはだめですよ」
三番目の姉からヌイを取り上げるとポイッと侍女頭に投げ渡した。
ちなみにこのヌイは王都全女性の憧れのまとのジェラルド騎士団長のヌイだ。
姉妹はみんな騎士団長の推し活をしているのだ。
「あなたはもっと派手な方がいいわね⋯⋯」
四番目の姉の髪をちょちょっと触って大きく膨らませる。
そしていよいよ最後はリリアンの番だ。
リリアンはワクワクしながら大きな目でお母様を見上げた。
可愛いピンクのお帽子もちゃんとかぶっているしピンクのお靴も履いているぞきっと完璧だ。
「あら? リリアン、あなたもいたの?」
お母様はじーっとリリアンを見下ろして、
「あなたはお留守番よ。誰かこの子にビスケットとミルクを与えてちょうだい。それからお昼寝もさせてね」
と言った。
——ええええっ! こんなにおしゃれをしたのにお留守番?
ものすごーくショックだ。
「私も行きたいですわ!」
リリアンが叫んだちょうどその時、六頭立ての立派な馬車の中からお父様のウィンザー侯爵の「まだかい? そろそろ時間だけどなあ⋯⋯」と言う声が聞こえたので母と姉たちはバタバタと外に出て行ってしまった。
「私も!!」
付いていこうとしたが侍女たちにガシッと止められてしまう。
リリアンは思った。
——あきらめませんわ! 絶対に王様にお会いして追放してもらいますわ!!
というわけでリリアンは王宮に突入することにした。
**
まずはおしゃれを追加しようと思った。
姉たちの部屋に忍び込む。
「子供扱いなんてお母様は失礼ですわ!」
いったいどこがお姉様たちと違うというのだろうプンプンだ。
「もしかして!?」
ハッと気がついた。
「お姉様たちが持っているのに私は持っていないアレのせいかしら?」
きっとそうだ!
アレを持っていないから子供扱いされるのだ。
リリアンは姉たちの部屋を行き来して『姉たちしか持っていないアレ』を集めた。
一番上の姉のは黒色、二番目はピンク、三番目はグリーン、四番目は白だ。
「どれがいいかしら?」
悩んで一番可愛い二番目の姉のピンク色のを借りることにした。
ヒラヒラのオーガンジーの飾りがいっぱいついていて白い小花のアクセントもついている。
ものすごーく可憐なこのアイテムは⋯⋯、
ブラジャーだ!!
リリアンは鏡の前でさっそくブラジャーをつけてみる。
「どこにつけるのかしら? ここかしら?」
お腹に巻いてみる。
「⋯⋯うーん」
どう見てもかなり不格好だ⋯⋯。どうしたらいいのだろう?
ちょっと悩んですぐに閃いた。
「おリボンにしたらいいんだわ!」
頭に載せてみると——。
か
わ
い
い
!!
「きゃあ〜♡ とってもキュートですわぁ〜!」
ブラジャーの丸く膨らんだ部分がまるで『お耳』ではないか!
うさぎさんのお耳のようにもクマさんのお耳のようにも見えてとってもキュートだワクワクだ!!
「王様も可愛いと褒めてくださいますわね」
用意ができたらさあ出発。
リリアンはブラジャーを巾着型のビーズバッグに押し込んで、そーっと屋敷を抜け出した。
***
着飾った貴族たちが王宮の城門を通り抜けていく。門の左右には王家の旗がひらめき、ずらりと並んだ楽団員が明るい曲を奏でている。
ガタゴトと車軸の音を響かせる馬車の間をちょこちょこと走り抜けて、リリアンは城門の前までやってきた。
さあ、これから王宮の中に入るぞ——と思ったら門兵に止められてしまった。
「招待状をお見せください」
「ウィンザー侯爵家のリリアンですわ」
「招待状をお見せください」
「リリアンですわ!」
「招待状をお見せください」
「リリアンですわ!」
「招待状をお見せください」
警備兵たちは表情も変えずに同じことばかり言う。
「リリアンですわって申し上げていますわですわ!」
もう一度大きな声で名乗った時だった。
すぐ後ろでクスクスと笑う声がする。
パッと振り向くと⋯⋯、
「騎士団長様!」
そこに立っていたのはジェラルド騎士団長だ。
騎士団長はリリアンのお友達なのだ。
今日は金髪をポニーテールにしている。長い髪がゆらゆらと揺れるたびにまわりにいる令嬢たちがため息をついている。
ジェラルド騎士団長はモテモテだ。ファンクラブまであるのだ。
絹糸のように美しい金色の長い髪、切れ長の目に輝く瞳はブルー、整った容姿はまるで彫像のように完璧だ。
漆黒の騎士服がたくましい胸を強調してとてもかっこいい。
正装だからだろうか、黒いマントも羽織っている。
「リリアン様、ご機嫌いかがですか?」
リリアンの右手を取ると、手の甲にふわりと唇を寄せて挨拶をしてくれた。
「ええ、とっても元気ですけど、この方達が王宮に入れてくださいませんの」
「それは困りましたね。どれどれ⋯⋯」
騎士団長は門兵に近づくと小声で何か言った。
するとあんなに頑固だった兵たちがパッと道を空けたではないか!
「リリアン様、さあ、どうぞ——」
「ありがとうございます、騎士団長様!」
えっへん、と胸を張って門を通った。
「ところで、招待状をお持ちではないということは、もしかしてまたこっそり抜け出していらっしゃったのですか?」
「そうですわ。お母様が私を子供扱いしますのよ」
「なるほど⋯⋯」
話しながら王宮の中に入っていくとエントランスも廊下も貴族たちでいっぱいだ。
前に進むのに苦労するぐらいで、ぼんやりしていると押しつぶされそうになる。
「すごい人ですわね⋯⋯」
困惑していると、
「抱っこしましょうか?」
と騎士団長が言うではないか。
リリアンはちょっとムッとした。
「抱っこは結構ですわ。赤ちゃんじゃありませんのよ」
「そうでした、失礼いたしました。では抱っこではなくて⋯⋯、その⋯⋯、お抱えしてお連れいたしましょうか?」
——お抱え? お抱えは抱っこではないからいいのかしら?
たぶんいいわよね、と思ったので『お抱え』してもらうことにした。
「お願いいたしますわ」
「光栄です」
『お抱え』してもらうと急に視界が開けた。
王宮の中はどこもかしこもピカピカしている。歴代の王族たちの肖像画が並ぶ壁、天井には大きなシャンデリアが眩しく輝いている。
「ありがとうございます、とっても快適ですわ!」
騎士団長の胸は逞しくて抱き上げられると心地いい。それにうっとりするほどいい香りもする。
「あちらに軽食が用意されていますよ。苺ケーキもあります、お好きでしょう?」
「はい!」
謁見の間の手前には広間があって、色とりどりのケーキや香り高い紅茶が並ぶテーブルが並んでいる。
貴族たちは家族ごとにテーブルに着いて謁見の順番を待っていた。
リリアンは首を伸ばして姉たちを探した。広間はかなり広い。はるか遠くに姉たちの姿が見えたがこっちには気がついていないようだ。
——見つかったら大変ですものね。
目立たないようにしなくてはと思った。
「陛下に何をお話しになりたいのですか?」
騎士団長が苺ケーキやシードケーキ、それに菫の砂糖漬けが載った真っ白なチーズケーキを目の前に並べてくれる。
「追放してください、ってお願いしますの」
甘いケーキは素晴らしく美味しい。とくにチーズケーキは最高だ。さすが王宮のケーキだパクパクパク。
「追放ですか?」
騎士団長はリリアンがドレスにこぼしたケーキのかけらを払ってくれながら首を傾げる。
「リリアン様、追放の意味を間違っていらっしゃいませんか?」
「追放って海外旅行に行けるってことでしょう?」
「いいえ。追放とは悪いことをして国を追い出されることです。二度と国に戻れないのでご家族にも会えません」
「まあ⋯⋯」
家族に会えなくなったら大変ではないか⋯⋯。
「では追放をお願いするのはやめますわ」
「それがいいと思います。ミルクティーはいかがですか? 宮殿の茶葉は特別に栽培されたもので美味ですよ」
「いただきますわ」
さすが王宮のミルクティだ美味しすぎるぞゴクゴクゴク。
「せっかくいらしたんですから陛下にご挨拶なさったらどうでしょう」
お腹いっぱいになったころ騎士団長がそう提案してくれた。
「ええ、お会いしますわ!」
スペシャルおリボンを持ってきたのだ、これをお見せしなくては。
「ではまいりましょう」
謁見の間にはふかふかのレッドカーペット。
レッドカーペットのずっと先に王座があって、国王陛下が家臣の挨拶を受けている。
「次ですよ」
「はい!」
順番を待っているあいだにリリアンはごぞごそと巾着バッグの中に手を入れてスペシャルおリボンを取り出して頭に載せた。
さあ、今こそスペシャルおリボンを披露する時だ。
お耳をつけた姿を見たらきっと王様も「可愛い」と言ってくださるだろう。
「私、特別な髪飾りを用意してきましたのよ。お耳がついていてとっても可愛いんです」
「お耳ですか? それは可愛いでしょうねえ、ぜひ見た⋯⋯」
振り返った騎士団長の顔が一気に青ざめる。
「リリアン様、それは——?」
と呟くと同時に、なんと騎士団長はサッとマントを翻し、そのマントをリリアンにすっぽりと被せたではないか!?
「え?」
びっくりしているとマントごと抱き上げられた。
「えええええっ!」
わけがわからない。
そのままどこかに連れて行かれる。
マント越しに「ジェラルド様、どうなさったのですか?」「もしや刺客ですか?」と緊迫した声が聞こえてきた。
しばらくするとやっと地面に下ろしてくれた。
リリアンは手足をバタバタさせてマントから出た。
「プッハーッ! ⋯⋯苦しかったですわ!」
大きく息を吸いながらまわりを見回すと宮殿の裏庭のようだった。小さな噴水があるこぢんまりとした庭でリリアンと騎士団長の他は誰もいない。
騎士団長が「まいったな⋯⋯」と呟きながらポニーテールをほどいた。美しい金色の髪が流れ落ちる。日差しを受けてキラキラと光った。
「どういうことですの、騎士団長様?」
リリアンはプンプンしながら聞いた。
「そのブラ⋯⋯、じゃなかった。そのリボンをおつけになってはいけません」
「どうしてですの?」
「とにかくだめです」
「可愛いのに⋯⋯」
「だめです。それを頭につけて陛下の前に出たら、ほんとうに追放されるかもしれませんよ」
「追放?」
それは大変だ。大好きな家族に会えなくなったら泣いてしまう。
リリアンはブラジャーをゴソゴソとバッグの中に押し込んだ。
「でもでも⋯⋯、私もお姉様たちみたいにこれをつけたいですわ」
「10年後におつけください。だけどお洋服の中にですよ」
あーあ、また10年後だ。
騎士団長はリリアンが何かをしたり言ったりするとすぐに『それは10年後に』と言うのだ。
「ほんとうに10年後なら大丈夫ですの?」
ちょっと不安になってきた。
このままずーっとなにもできないままかもしれない⋯⋯。
「そんなに暗い顔をなさらないでください、きっと10年後には全て大丈夫ですから」
「ほんとうに?」
「はい。お約束いたします」
騎士団長はにっこり笑って小指を出した。
「指切り?!」
リリアンはパッと明るい気持ちになった。
指切りの約束は絶対なのだ。これならきっと大丈夫だ。
「約束ですわね!」
「はい、約束です——」
「10年後に私のブラジャーを騎士団長にお見せしますわ! 指切り!!」
「いや、それは⋯⋯」
ジェラルド騎士団長が小指をほどこうとする。
リリアンは小指にギューッと力を込めて、ニコッと笑った。
♡終わり♡
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