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もちろん、黒華の形見が炎に焼かれることはなかった。
驚くほど大きく、しなやかな物体が群れの中から突然現れ、房飾りを追ったのだ。
口を開き、牙を巧みに用いて、歯の間にとらえた。
雪華だ。
体長は他の魔狼よりも一回り大きく、尾は魔女の髪のように長い。
毛は透き通るように白く、その姿には俺もため息をついたほどだ。
しかし、やはり雌であるということか、黒華ほどの巨大さはない。
それでも他の魔狼たちを従える威厳を、雪華は充分に備えているのだ。
「おやおや、お前があいつの姉貴か? ザコたちを下がらせろよ。俺たちだけでやろう」
首をかしげ、俺はアオの鼻息に耳を澄ませた。
「アオもそう言っているぞ。お前も女王なら数に頼まず、勇気を見せたらどうだ? サシの勝負といこうや」
例のイノシシ隊長。
隊長にまで上り詰めたからには、やはりただ者ではない。
機を見て逃す、ということはなかった。
俺の声を聞き、すぐに部下たちに命じたのだ。
「森に火をかけろ。ザコどもには目をくれるな。丘を取り囲む形で、雪華が逃げ場を失うように燃やせ。やつの退路を断つんだ」
「そんなことをしたら、あいつ(俺のこと)も逃げ出せなくなります」
しかしなんと、真っ当な疑問を述べる部下を、イノシシ隊長はブン殴ったのだ。
「俺の知ったことじゃねえ。魔狼の牙から森人を守るのが一角の使命だ。雪華は魔狼どもの女王だ。雪華を倒すしか方法はねえ」
「でもあいつは?」
「雪華は、あいつが黒華を殺したと、なぜか知ってやがった。人語も分からないはずの獣だが、見ろ」
イノシシ隊長は指さした。
今しも丘の上では、雪華と俺がにらみ合っていた。
「雪華の目を見ろ。青黒い炎が燃えてやがる。あれはただの獣じゃねえ。魔性のものだ」




