プロローグ
何かものすごい勢いで筆が動く時がある。そう言う時は大概誰かの物語に影響を受けた時だ。そうして一度はデカいデスクトップパソコンの電源を入れて、モニターを付けて、なにかしらメモ帳を起動して、そこはかとなく書いていく。然し納得などできない。自分の目が肥えているのか、そうでなく単純に満足出来ないのか。これは物語でも小説でもないと。ただ首を捻って唸って、またゴミ箱の中にそれを落とす。暗いゴミ箱の中に落としたその文は、暫くしたら忘れてしまうけれど。また直ぐに新しく何かを思いつく。そしてまたゴミ箱に。小説家の卵とも言えるかもしれない私は、そのループから抜け出せずに、いいや、抜け出す気もなくただ怠慢に生活を送っていた。
自分はよく理系脳だと言われる。そのおかげか高校の数学と化学の評価だけはとても良い。羨ましがられてもおかしくないレベルで悪くない。だから小説を書くのには自分は向いてないと、無意識に思っていた。そう思っていたからこそ小説を書こうとした。決して本が嫌いなわけでもなく、とても読書が好きだったから。けれど書けば書くほど自分の才能の無さに項垂れる日々だった。それは多分、学んで直る物でない、感性の問題なのだろう。どうせ書いても無駄なんだ。俺に小説なんて書けないんだ。所詮は作家もどきなんだ。と、バソコンに向かっている最中に諦めて、メモ帳を閉じた。
メモ帳のデータは、いつも意図せずクラウド上に保存されていた。
眠い。そう頭の中で考えながら通学路を歩く。山道でいい運動になるから眠気は来ないけど、ここで眠いと思ってる時点で居眠りするのは確定してるのだろう。抗う気力もない。
白鷺、と言う珍しい苗字を持っている俺は、恵まれた才覚を持ってる訳でもない。ただの普通の高校生で、周りに弄られるのが得意で、数学と化学の成績が極端に良い。そんなヤツ。
本を読むのが好きだが、教室の角の席で朝の時間だけ読んで。本好きな人とたまに本について話す。そのくらい。しかも運動音痴だ。
その俺がどうして小説を書きたくなったのか。
ある時の話。たまたま教室で太宰治の人間失格を読んでた。その時代で文豪と称された人間の本を読むのは、誰もが1度は通るべき道だと思っていたし。純粋に気になったから読んでいた。
「何の本を読んでるんですか?」
話しかけて来たのはクラス担任の深澤先生だった。背の低くて、お母さんみたいな声で。アラフィフの様な髪の色が少し薄い、慈愛に満ちてるけれど、怒る時はちゃんと怒る、そんな先生。
「太宰治の、人間失格です。読んでみたくて。」
「あー…いいですね!とても。誰もが1度は読むべき……」
「それに俺、小説書いてみたいとも思ってますし。」
「へぇ、そうなんですか。いいと思いますよ!クラスの人にも、小説書いてる人居ますし!」
教室がいくらうるさくても先生の声だけはよくわかる。他の音が煩くて耳が遠くなる俺でも。多分至近距離で話しているせいだと思う。
「え、誰が小説書いてるんですか?」
それより気になったのか誰がそれを書いているかだ。どうして気になったのか、自分でもそこまでよく分からないけど。昔から対抗心は燃やすタイプで、後、純粋な好奇心で気になったんだと、自分では思ってる。
「いやぁ、それはちょっとー…あんまりこういうこと良くないので!」
「いいじゃないですか。どうせ俺しか聞かないんですし。」
「あー…どうしましょ。あんまり良くからこういうの…」
先生は酷く渋っていた。学校の先生として生徒のプライバシーはあまり公開したくないのか。それとも本人から釘を刺されたくないのか。まぁ多分後者なんだろう。と、その時は思った。結局先生は俺に教えてくれなかった。誰かわかったのは結局その少し後の話だった。
その日はたまたま雨が降っていたので、普段は歩いて学校に行くのだが、靴を濡らしたくないのでタクシーで学校まで向かった。校門前から校舎までは距離があるので結局靴は少し濡らした。
靴からスリッパに履き替えて校舎内を歩く。自分の教室は二階の一年二組。階段を歩いて少しの所だ。廊下を歩いて教室の中に差し掛かった時に、扉の窓から少し中が見えた。
まだ誰も来ていない教室で、彼女は一人で本を読んでいた。
さらさらとした素直な髪の毛に似合うショートボブ。制服を着こなした後ろ姿は、雨の日でも差し込んでくる僅かな日の光に照らされて美しく見えた。教室の電気がついていないからもっと良く。
教室の前の扉を開けて電気をつける。それでこちらに気づいたのか、少し細めな丸い目が、優しい目つきで此方を見ていた。
「…おはようございます」
「…おはよ」
それだけ挨拶を交わして俺は窓際の席に背負っていた荷物を置く。それからまた彼女の方を見た。
春夏冬春香。苗字と名前に一つずつ春の入ってる珍しい名前の子だった。いつも俺は始業開始20分前程(教室に人が多いわけでもない、少ないわけでもない時間)に来るので。この子が誰よりも早く来ているなんて知らなかった。教室には彼女と俺二人だけだった。
しかし彼女とはそこそこよく話す方ではある。図書室での授業で、好きな本を借りろという題を出された時に、本について話す機会があって。それから何度か話をするようになった。
どんな本を読んだのか、その本はどんなものだったのか。何を考えたか。自分ならどんなものを書きたいか。何度も話した。片手で数えられるくらいにしか話していないけれど。
「この子は鶏なんだよ。歩いたら忘れちゃう鶏さん。この主人公は鶏だから、すぐ忘れちゃって、この子を怒らせてる。不憫だよね、ちょこっと。」
なんて、結構独特な感想が帰ってきたりすることがあって、俺は少し変わった子だなとも思っていた。
「…あのさ、春香さん」
「んー?」
「このクラスで小説書いてる人がいるらしいんだけど、誰か知ってる?」
もしかしたら、と思って。少し質問をしてみた。そこそこ女子とも仲のいい彼女なら知っているかもと淡い期待に賭けた。
「……小説書いてる人?」
彼女は目をぱちくり、瞬きさせながら。片時の間考えて、此方に微笑みかけて、こう言った。
「私だよ、その書いてる人。」
思わず耳を疑う答えが返ってきて、自分の中の時間が止まるのを感じた。時間が動き出したのは、その少し後。俺はその微笑みを見返しながら、思わず口をあけっぱにしていた。
この彼女との出会いが、俺が小説を書きたいと思った理由の一つだったりした。
白銀狂夜です。もしかしたら知ってる人もいるかもしれませんが黙って目を瞑ってください。
実際に小説を本気で書こうとして書き始めたのはこれが初めてです。だいぶ粗削りな部分があるでしょうが。処女作ですのでご容赦ください。でも評価は真面目にお願いします。(ゑ)
この作品はそこまで長い作品にするつもりはありません、毒にはならない、そして薬にもならない、ただただ小さな一歩を踏み出す物語を書きたくて、この話を考えました。
次回更新は未定となっております。何卒よろしくお願いいたします。
2025/01/22:微修正を加えました。