君という名の研究課題 3
――翌朝。
「……ん……」
メルは、静かに目を覚ました。
脱ぎ捨てられたパジャマと、くしゃくしゃになったシーツ。
気怠い身体と、肌に咲いたいくつもの赤い花。
昨晩の甘すぎるひと時をありありと思い出し、メルは思わず顔を赤らめた。
すると、
「目が覚めたか」
ふと、ジンの声がする。
顔を上げると、彼は既に着替えを終え、仕事用の机に向かっていた。
「ジンさん……はっ。す、すみません! 今日は早く出なきゃいけないのに、私ったら寝坊して……!」
「大丈夫だ。まだ随分早い。もう少しゆっくりしているといい」
そう言って柔らかに微笑むと、机の上の書類にペンを走らせた。
ジンが自分より先に起きていたことに驚きつつ、メルはパジャマを羽織り、彼に近付く。
「朝からお仕事ですか? 大変ですね」
「いや、これは仕事とは別の研究資料だ」
「研究? 一体なんの……」
すると、ジンはにっこり笑って、
「昨晩の営みについての記録だ。君の反応と、今後に向けた改善点をまとめている」
爽やかに、そう答えた。
メルは、ピクピクと顔を引き攣らせ……叫ぶ。
「はぁぁあああ?! 何考えてんですか、あなたは!?」
「反省したんだ。根拠のない憶測を元に行動するべきではなかったと。事実を確かめ、傾向を分析し、対策を練る……結果を出すためには、そうした基本が最も重要だった」
「なんの話ですか?!」
「君との営みについてに決まっているだろう。俺の思い込みではなく、君から聞いた言葉を参考に、今後の頻度や内容を考えることにした。だから、こうして記憶が鮮明な内に記録をしている」
それを聞き、メルは恐る恐るジンが書いた文書に目を落とす。と……
そこには、昨晩の蜜事の詳細と、メルが口にした恥ずかしい言葉の数々が、詳らかに記されていて……
「へ……変態教師!」
「そうだが?」
「開き直った?! とにかく、そんなものまとめないでください!」
「それは無理だ。これは君と俺の愛の記録でもある。家宝として厳重に保管し、新たに建てる屋敷にも持って行く」
「こんなのが家宝とか嫌すぎる! 貸してください! 処分します!」
「ふっ、いいだろう。俺から奪うことができたらな」
そう言うと、ジンは自分の"影"の中に資料を沈み込ませ、完全に隠した。
悔しげに睨み付けるメルに、ジンは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「俺が持つ全ての知性と技術を駆使して、君との円満な夫婦関係を目指すと決めた。研究者である俺を本気にさせたのが運の尽きだな」
「そんな脅しみたいなこと言ってる時点で円満からは程遠いですけど?!」
「そういうわけだから……メル」
ジンは椅子から立ち上がり、メルに近付くと……
彼女の手を取り、甲に口付けをして、
「一晩だけでは確認し切れなかったことがいくつもある。この真摯で直向きな研究者のために……今夜も、協力してくれないか?」
そんな言葉を囁く。
言っていることは、めちゃくちゃなのに。
やっていることは、変態そのものなのに。
瞳の奥に宿る愛情は、怖いくらいに純粋で、底が見えない程に深くて……
メルは、小さく息を吐くと、やはり悔しげに眉を寄せ、
「……ジンさんって、本当に……ずるいです」
頬を染めながら、変わり者の婚約者を前に、静かに降伏宣言をした。
*おしまい*
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