イクシード・フォース
真樽子港の波止場から町のほうへ歩く黒い学生服の姿があった。
途中で商店街があるが、夕方ちかいのにシャッターが閉まったままの店が多い。
蒼太は外れになった公園のベンチに座り、携帯電話で本部へ電話したら、山と違い、今度はまともにつながった。
「こちらエージェント・ナンバー107(ワン・ハンドレッド・セブン)『アクア・ブルー』……本部どうぞ」
「うむ、こちら本部長の『N』だ……107か、墨江博士をお迎えに着いたところか?」
ハスキーできびきびとした中年女性の声が聞えた。
「いや、それがその……車が海にボチャンとはまって、さあ、大変……てな目にあいまして……」
「なんだとっ!! マニズ社の送迎用アストンマーティンがいくらすると思っているんだ、蒼太っ!!!」
上司の権幕に、さしも海雲寺蒼太も受話器から耳を放して肩をすくめた。
「……ちょっと、傍受を考えて、コードネームで話しているのに、本名を言わないでくださいよ、渚さん」
「ううむ……そうだった……だが、A級ライセンスをもつ貴様が車を壊すとは何があった?」
「それがですねえ……横浜から向かう途中の道路で、『黒い稲妻』に襲われまして……」
「『黒い稲妻』だと!? 奴らはお前が倒したはずだぞ!?」
「そのはずですが、残党が生き残っていたんですよぉ」
蒼太は上司『N』に『黒い稲妻』との戦いの詳細を語った。
「なるほど……御苦労だった」
「いえいえ……これも『EF』の特別捜査官の宿命なんでしょうねえ……」
『EF』とは、『イクシード・フォース』の略である。
『イクシード』とは、日本のGNP(国民総生産)の三割を占めるマニズ財団の総帥・摩尼洲弦蔵が創設した民間軍事組織だ。
『イクシード』は日本国を狙うテロ組織から国際謀略団、さらに超常的侵略組織にいたるまでを極秘裏に対処する秘密防衛組織といえよう。
総本部は静岡県の湾岸および駿河湾沖にあり、日本各地に支部が存在する。
『イクシード・フォース』はそれに属する対侵略組織防衛チーム。
『N』は対侵略者特殊部隊『イクシード・フォース』の情報部の東京支部長であり、海雲寺蒼太は情報部に属する特別捜査官である。
「ところで、オリゾン大尉に我が組織の回線を知られたというのが気になる……上級ハッカーに情報を盗まれたか……」
「それとも、考えたくないですけど……組織の中に内通者がいるか……ですね」
「むぅぅ……これは『EF』の進退に関わる問題かもしれん……調査機関をもうけてハッカーとスパイを調べつくしてやる」
獲物に狙いをさだめた牝ライオンが言葉を発したら、かくのごとしか。
「お願いしますよ、『N』……そういや、エスパーダはまだ完成していないんですか?」
「うむ……開発部の『T』が試験を行っているところだ……あまり期待するな」
「そうですか……実はさっきまでテレビ局のロケバスに乗せてもらったんですが、UFOに半魚人のニュースをおもしろおかしく番組をつくっていましたよ……スタッフも本当にそんなものがいるかどうか信じてないようでしたけど……」
「ああ……それでいい……未確認飛行物体(UFO)も、未確認生物(UMA)も作り事だと一般人が思っている間は日本も平和だ……それが我等『EF』の務めだ」
「ですよねえ……それじゃあ、高級外車とはいかないが、タクシーでも借りて博士を迎えに行ってきますよ」
「うむ……ちゃんと領収書をもらっておけよ」
「へいへい……」
「そうじゃないだろ……」
107はまたも肩をすくめ、右手を手刀にして敬礼のポーズをとる。
「おっと……E・I・G(了解)!」
「うむ……ミッションの成功を祈る」
スマホを切った海雲寺蒼太は、さっそく公園から出て、大きな通りへ出ると、信号待ちをしている空車のタクシーが見えたので、助手席のウインドをコンコンと叩くと、こちらを振り向く。
気だるげな表情だった中年の運転手が営業スマイルをみせる。
「運転手さん、頼むよ」
「あいよ……どこまでだい、坊や?」
後部ドアが自動で開いた。
「海猫岬まで頼むよ」
「おう……えっ? 海猫岬だってぇぇぇ!?」
「ああ……岬の突端にある墨江博士の屋敷なんだ」
「じょっ……冗談じゃない!! 他を当ってくれっ!!!」
運転手は目玉をひんむいて断ると、ドアをばたんと閉め、歩行者信号がまだ点滅しているのに走り去ってしまった。
「なんだよ……乗車拒否かよ!!!」
他のタクシーを二台ほど呼び止めたが、みな海猫岬だというと、同じように乗車拒否をされてしまった。
「いったい、どうなってんだ?」
蒼太は首を左右にふり、タクシーをあきらめ、スマホのマップで真樽子市にあるレンタルカー会社の位置を探した。
ここから数十メートルの方向にあった。
「なんだい……大空テレビのロケがあった漁港のほうじゃないか」
蒼太は潮風をすい、民家をぬけ、倉庫の並ぶ方角へと向かった。
港にもう大空テレビのロケバスは見えない。 他の場所へ撮影にいったのだろう。
「たしかこの辺のあるはずだな……」
埠頭のコンクリ道に子どもたちが数人見えたので声をかけようと駆け寄った。
が、様子が変だ。
小学校3,4年生くらい子どもを5、6年生くらいの子供が取り囲んでいる。
「お前、まだ子どもくせに、最新のレール式釣竿なんて生意気だぞ!!」
「返してよぉ……それはパパに誕生祝いにもらった大切な釣竿なんだ」
「はん!! パパだってよぉ!!」
「だったら、パパにいって取り返してもらえよぉ……」
「たしかこいつ……拓哉の家はシングルマザーとかで、父親がいないって話だぜ」
少年は泣きべそをかき出した。
「こいつ、泣いてらぁ……」
「泣き虫、毛虫、つまんで捨てろ!!」
三人の少年がはやしたてる。
真ん中の釣竿をもったひときわ大柄な少年が後ろに下がり、ドンッとなにかにぶつかった。
ふりむくと、詰襟の学生服を着た高校生がいた。 視線を上げると、怖い目がギロリと睨んだ。
「おう……拓哉は俺の親戚の子どもだ……悪ガキども、よくも拓哉を可愛がってくれたなあ……」
三人の悪童たちは蒼白になった。
だが、悪ガキ三人組のリーダーが、震え声だが、気丈にも言い返してきた。
「な、なんだよぉ……ふざけていただけじゃねえか……遊びだよ、遊び!!」
「ほう……だったら、蒼太兄さんとも遊んでくれねえかなぁ……ボクシングごっこしようぜ……サンドバック役はもちろんお前らな!!」
高校生が胸の前でポキポキと指の骨を鳴らした。
悪童三人組は「わああああっ!!」と悲鳴をあげ、釣竿を投げ捨て、逃げて行った。
蒼太は釣竿を器用にキャッチし、拓哉少年に渡した。
「ありがとう……お兄ちゃん……親戚だって、言ってたけど……」
「いいや、俺は通りすがりの高校生だ……海雲寺蒼太という……ちょっと、見逃せなかったんでね……なあ、拓哉……」
「なに?」
「さっき聞いてしまったが、シングルマザーだってなぁ……」
「うん……パパは海底施設の設計士で、横浜のマンションでママと三人で暮らしていたけど、一年前に海底牧場建設中に事故があって行方不明なんだ……ママはもう、パパの事はあきらめなさいって……」
拓哉少年が頭をたれ、悲しい表情になった。
「ああ……あの謎の爆発事故で……」
「パパが亡くなり、一ヶ月前に真樽子市にある母ちゃんの実家に引っ越してきたんだ……だから、まだ友達もいなくて……」
「そうか……大変だったな、拓哉……実は俺も両親が子供の頃亡くなった……ひとりぼっちで生きている」
「えっ!?」
「ときにはさっきみたいな悪ガキなんかに馬鹿にされたり、いじめらたりしたもんさ……だから、身体を鍛え、勉強をがんばり、馬鹿にされないよう努力した……拓哉もがんばれよ!」
「うん!!」
泣きべそをかいていた少年が明るい笑顔をみせた。
「本当にありがとう……蒼太さん!! ……蒼太さんが本当のお兄ちゃんだったら、良かったのに」
「おいおい……嬉しいことを言ってくれるねえ……」
蒼太が拓哉の頭をつかんでわちゃわちゃと撫でた。
すると、拓哉のズボンのポケットからキーホルダーの飾りがはみ出ているのが見えた。
コアラに似たキャラクター玩具だ。
「おっ、そりゃぁ、マルコアラじゃないか?」
「うん……お祭りでパパに買ってもらったんだ……お兄ちゃんもワチャモン好きなの?」
「ああ……俺が赤ん坊の頃にゲームが始まり、小学校入学時にアニメが始まった、バリバリのワチャモン世代よ」
「すごぉ~い!! ぼくもワチャモン世代だね」
「なら、ワチャモン・アドベンチャーやっているか?」
ワチャモン・アドベンチャーはスマホでもできるオンライン・ゲームだ。
「うん!!」
「おしっ……フレンド登録しようぜ!」
「うん!!」
海雲寺蒼太と亀崎拓哉はオンライン・ゲームのフレンド登録申請をして、ついでにインスタグラムのフレンド登録もした。
「ばいばい、お兄ちゃん!!」
「おう、拓哉も達者でやれよ!! 同じZ世代同士だ……困ったときは駆けつけるぜ!」
「うん!!」
大きく手をふる少年を満面の笑みで見送った。
「さてと……そうそう、レンタカーを……」
「なによ……いいことするじゃない」
「えっ!?」
振り返ると、見知った顔……さきほど別れたはずの和鷹マリがニヤニヤしながら佇んでいた。