海底遺跡と怪電波
ミステリー・リポーターの和鷹マリが怪現象研究家の伏木多那彦に食いぎみに迫った。
「残念ですが、太平洋戦争以降、浦嶋子の子孫たちは遠くへ疎開したきり行方知れずなのだそうですよ……」
「そうなんですか……残念です。」
「ですが、浦嶋子に関連した話が真樽子市の古老や郷土研究家に伝わっています。それらを考え合わせるに、あそこ……」
伏木多那彦が海に向けて指差した。
「ぼくは沖の海底で見つかった真樽子海底遺跡こそが、竜宮城伝説の元になった古代文明の名残かもしれないと考えています!」
「まあ……ロマンあふれる推理ですねえ……世間では昨年見つかった海底遺跡を『真樽子ピラミッド』と呼んでいるようですね」
国が海底牧場建設のために真樽子漁港沖の海中調査をした最中に見つけた海底遺跡は、『真樽子ピラミッド』と呼ばれて一部メディアで話題となった。
「はい……海洋研究所が潜航艇と潜水スタッフを用意し、海洋考古学研究の泰斗である墨江潮五郎博士が遺跡の構造や古代文明の碑文らしきものを分析していて、私も大いに注目していたのですが……」
伏木多那雄はしょんぼりとした表情となり、和鷹マリも声のトーンを落とした。
「そうですね……あの事故さえなければ……」
建設中の海底牧場が謎の爆発をおこし、調査中の潜水艇も沈んでしまい、多くの犠牲者が出てしまい、海底牧場建設は中止となってしまったのだ。
「海底遺跡の調査研究もそれ以来、止まってしまいましたね」
「残念なことです……あの海底遺跡は浦島子伝説の竜宮城のモデルになった遺跡かもしれないというのに……」
「本当に残念です……遺跡の謎は……謎の水棲生物・海童の存在は……そして最近になって出没するUFOとの関連は? これこそ、ホワット!?ミステリー!!」
和鷹マリがカメラ目線で笑顔を視聴者に向けた。
と、ここまで和鷹の仕事ぶりを見ていた蒼太は感心したように、
「ロケバス内での仏頂面のお姉さんとはまるで別人だ……完璧な外面だ……あの演技力とタフネスさは見習いたいよ……それと、伏木のおじさんも、だ。よく海童と竜宮城の伝説を調べたな……」
カットがかかると、和鷹マリはさきほどの熱心さが嘘のように消え、けだるい表情になってスタッフの用意した折り畳み椅子に座って休憩した。
牟田口Pがご苦労さんとスタッフたちをねぎらう。
「マリちゃん、良かったよぉぉ……」
「ありがと……これで私の出番は終りよね?」
「うん……ぼくらはこれから地元の劇団を呼んでユーマの再現ドラマを作るから帰りは夜になるけど、それまでバスを待つかい?」
「ん……少し、真樽子を見て回ってから、列車で直帰するわ」
「そうかい? 気を付けてね」
怪現象研究家が頬を上気させてやってきて、女子アナに見本の本を見せた。
「和鷹さん、ずいぶん熱心にリポートしてくれたけど、興味があるなら、ぼくの書いた『日本未確認生物大全』をあげるよ」
「あっ……いらないわ。そういうオカルト系に興味はないから。他の興味がある人にあげたほうがいいわ」
「えっ!? ……でも、さっきは熱心に……」
「さっきのはビジネスだから……私は仕事をきっちりするタイプで、興味のないことでも本番では興味ありげに演じるわ」
「あっ……そう……はははは……うん、はっきり言う女性は清々しいねえ……うん」
伏木先生は乾いた笑いを見せて、手を振って離れた。
そこへ、牟田口が近づき、ごにょごにょ話す。
「ごめんね、伏木先生……あの子は本番が終わると、誰にでもああいう塩対応だから……」
「いや、全然気にしていないよ……それより、また番組に呼んでね。交通費さえ出してくれたら、ノーギャラでどこにでも駆けつけるからさ」
「本当にノーギャラでいいんですか?」
「ああ、いいの、いいの……ぼくみたいに売れない中堅作家は、こうやってテレビで宣伝させてもらっているだけで、出版社と首の皮一枚でつながらせて貰っているんだから……」
「でもぉ……」
「本当にいいの、いいの……タレント業はぼくの生命線なのよ。また幾らでも気軽に呼んでね」
「いやあ……正直いってこちらも、予算がかつかつで助かりますよぉ……せめて今夜は奢らせてください。高級クラブとはいかないけど、いい店紹介しますよ」
「ほんと? じゃあ、ごちになろうかなぁ……」
伏木が目尻を下げてホクホク顔になった。
蒼太はAD土屋から頼まれたペットボトルの水を和鷹リポーターに持っていった。
「お姉さん、ごくろうさまです……はい、お水」
「ん……ありがと」
「あのぉ……さっきの、見ていましたけど、あの本もらったほうが仕事で役にたったんじゃないですか?」
「いいのよ……UFOなんて人工衛星とかの見間違いだろうし、さっきの海童とかいうユーマのYouTube動画だって、どうせ、地元の若者が半魚人のぬいぐるみを着てイタズラしたか、CG加工のフェイク動画に決まっているわ……」
「ホント、そうだと……問題ないんですけどね」
蒼太は鼻で息を吐いた。
「そうよ、オカルトなんて、本当に興味ないし、腰掛け仕事だから……」
「報道部へ返り咲くまでの?」
和鷹はギクリとして、高校生をじろりと一瞥し、
「そうよ……私は島流しでこんなインチキオカルト番組のリポーターやっているけど、また地上波の報道部に戻ってやるわ」
「いやあ、伏木先生じゃないけど、はっきりしていて、清々しいくらいですねえ……それにしても、人気キャスターなんでまたこっちの番組に?」
「大空テレビの大手スポンサーの横槍よ……連民党の大物政治家が私を左遷するよう仕向けたのよ」
「ええっ……そんなドラマみたいな事が本当にあるんですか!?」
「そうよ……火礼津代議士の悪事なんて小者よ……黒幕である連民党の大物政治家が世論をおそれて、火礼津に全責任を押し付けて、トカゲの尻尾切りをしただけ……このままじゃおかないんだから!」
「うわあぁ……いいんですか、そんな事ぼくなんかに言って?」
「別にいいわよ……ただの現役高校生がなにを言っても話題にならないわよ……SNSや週刊誌の記者にでも話してみなさいな」
「いや、そこまでは……まあ、いいや……」
そのとき、波止場の突堤の影からフラッシュが光り、眼が眩んだ。
「なんだぁ!?」
「また、あいつか……」
和鷹が眼を三角にしてツカツカとフラッシュをたいた二眼レフカメラを持った長髪の眼鏡をかけた二十代半ばの男に近づいた。
「勝手に写真撮らないでって、言っているでしょ!!」
「えへへへ……和鷹さん、ファンです……失礼します!!」
男は走って現場から逃げた。
「ファンだといったら、なんでも済まされると思わないで!!」
「あれって、ファンですか?」
「月間塔次郎という盗撮魔よ……私のスケジュールをどうやってか調べて、盗撮するのよ……ほとんどストーカー」
「ふ~~ん……有名税って奴かな?」
「いやな税金……」
「じゃね、お姉さん……ぼくはもう行くよ」
「じゃあね、ぼうや」
蒼太は別れをつげ、ロケ現場から去った。
二人とも、もう二度と会う事はないと思っていた。
その頃、横須賀のレーダー基地で、レーダー技師が血相をかえて同僚を呼んだ。
「津坂さん!! 大変です!!!」
「どうしたんだい、磯谷くん……血相を変えて?」
「妙な電波をキャッチしました……短くて鋭いバーストをキャッチしました!!」
「本当かい? パルサーじゃないのか?」
パルサーは高速回転する天体から発せられる電波のことだ。
「いいえ……これはFRBS……高速電波バーストです!!」
「なんだってぇっ!?」
高速電波バーストとは、一時的か、または不規則に出現する電波の放出である。
世界の天文学者を悩ませている怪電波群のことである。
2007年に始めて受信されてから、数年ごとに発生されているが、その正体はいまだ不明である。
仮説がいくつかあって、宇宙で星が燃える瞬間に電波が放たれた説、白色矮星の融合説、中性子星が衝突説、プリッツァー電波説などだ。
「もしかして、宇宙人からのメッセージかもしれんぞ……」
津坂が冗談まじりに混ぜっ返す。
「まさか……これは宇宙から発せられた電波ではありません」
「えっ……じゃあ、どこから?」
磯谷は日本の海図を示した。
「海です……神奈川県相模湾……真樽子沖の海中からです!!」