美人リポーター
アストンマーティンがガードレールを突き破って崖から転落し、爆発して海底に没した。
その少し前、英国車から黒い影が飛び出していた。
舗装道路に立つ影は、学生服姿の海雲寺蒼太であった。
「会社で借りたアストンマーティンが大破してしまった……こりゃ始末書モンだ……」
蒼太は飛び出す時、非常用のナップザックを持ち出していた。
携帯電話を取り出して、本部に電話した。
が、圏外通知が出て通じない。
「圏外かぁ……ついてないなあ……しゃあない、漁港までヒッチハイクすっか……」
高校生は非常用ナップザックを探ると、アルミ包装された救命糧食が一つあった。
乾燥クッキーをポリポリ食べながら西へ進んだ。
「育ち盛りには足りないよ……漁港でに着いたら刺身定食でも食べたいぜ」
真樽子漁港まであと7,8キロほどか。
左側には晴れた空と波音が聞こえる相模湾、右側は切り立った崖が密生する森林しか見えない。
「車が通ったらヒッチハイクでもするか……」
途中で右側に車の休憩用のスペースがあり、マイクロバスが二台とクーペが一台見え、十数人の人だかりが見えた。
「観光客か?」
よく見ると、レフ板を持った人間やカメラを肩に担いだ人間が見える。
「いや……違うな……何かのロケのようだ」
だが、トラブルでもあったのか、蒼太の来た方角を指さして、困り顔でなにかを相談している。
好奇心がわいた蒼太が近付いて行くと、薄茶色のメガネにピンクのカーディガンを肩に羽織った四十代の男と眼があった。
「おお……きみきみ……さっき、あっちの方で何か爆発するような音がしなかったかい?」
「ああ……しましたねえ……なんでしょう……三原山が噴火でもしたのかな? あは……あはははは……」
「えええっ!? 三原山が!? ……大丈夫かなぁ」
「あっ、ここまで被害は来ないですよ……大丈夫、大丈夫」
「そうかい……ん? ……そういうえば、きみは学生のようだが、なんで一人でこんな山奥に……」
「あっ、ぼくは蒼太っていいます……東京の高校生なんですが、週末にヒッチハイクで神奈川の知り合いの家に行く途中なんですよ……」
「そうだったのかい……ぼくは大空テレビでプロデューサー業をしている、牟田口っていうんだ」
「へええ……テレビ局の……ぼく、テレビの人って、初めて見ましたぁぁ!! 感動したなあ……」
蒼太は大げさに感動しリアクションをしたが、牟田口Pは大いに機嫌がよくなって、顎をあげた。
「そうかい、そうかい……実はぼくも学生時代、お金がなくてヒッチハイクで日本各地を旅行したことがあるよ! その経験と伝手が今のテレビの仕事に役に立つとは思わなかったなあ……」
「へええ……テレビのお仕事を……ところで、何かのロケをしているんですか?」
「ああ……BS番組の『ホワット!?ミステリー㊙情報部』のロケだよ……知っているかい?」
「ええ……っと、いや……さいきんテレビ見てないもんで……」
牟田口Pはしょんぼりと肩をおとし、
「やっぱ、知らないかぁ……四月から始まったばかりだし、まあ、裏で地上波の人気番組があるしねえ……」
「どういう番組なんですか?」
「日本各地にあるパワースポットや遺跡を巡ったり、UFOやUMAの目撃された場所を取材したり、昔から伝わる伝説など、いろんなミステリーゾーンを紹介する番組なんだよ……って、イマドキの高校生は興味ないかな?」
「いえいえ……ボク、そういうのにすごーく興味がありますよ。宇宙人やUFOを信じる派なので」
「そうかい、なら面白い内容になると思うよ、ぜひ見てね」
「放送されたら見ますよ。友人やクラスメイトにも宣伝しますね……SNSでも書き込みます!」
「おお、そうかい……こういう番組は現役十代の子が話題にして、バズることがあるからね……よろしく頼むね、少年くん!」
「まかせてくださいよ!! ところで、もし、良かったら、バスに空席があったら、乗せて貰えませんかぁ?」
「いいとも、いいとも……ついでに見学していくといいよ」
「わあい、嬉しいなあ!!」
スタッフたちより後ろに下がった木陰にいき、撮影を見学することにした。
カメラマン、レフ板を持った照明スタッフ、集音マイクを持った音声スタッフ、タイムキーパー等があわただしく動き出す。
「土屋くん、マリちゃんを呼んで……」
「はいっ!」
ADがマイクロバスの簡易メイク室から女性を呼んできた。
番組のスタッフジャケットを羽織り、サングラスをして、口をむすっとさせた機嫌の悪そうな女性であった。
牟田口プロデューサーがインカム・トランシーバーに何か囁くと撮影がはじまった。
「頼むよ、マリちゃん」
「オーケー、オーケー……」
リポーターらしき女性が投げやりにプロデューサーに生返事する。
「……なんだか感じが悪い女性だなあ……表情も険があるし……」
蒼太が眉をよせてビスケットをかじる。
牟田口がスタートをいうと、カメラが回った。
すると、女性がサングラスを外した
きりっとした眉に切れ長の瞳、高い鼻に厚ぼったい唇、二十代半ばの美形の女性だ。
周囲がぱっと明るくなる感じは、芸能人オーラというやつか。
さきほどの不機嫌な女性とは別人のような笑顔をカメラに向けた。
「はい、『ホワット!?ミステリー㊙情報部』のミステリー・リポーターの和鷹マリです!」
それを聞いて、海雲寺蒼太は目を見開いた。
「ええっ!! 和鷹マリだってぇ!!」
和鷹マリといえば、9時のニュースの有名キャスターである。
特に有名になったのは、木更津強盗グループ事件と連民党のスキャンダル騒動だ。
ことの起こりは、未成年の不良グループが交番の警官から拳銃を盗んで、その警官を発砲して負傷させ、千葉の商店や民家を襲った拳銃強盗事件があった。
犯人グループは警察に捕まったが、なぜか不起訴となった。
実はその未成年犯行グループのリーダーは、連民党の火礼津代議士の私生児であった。
火礼津代議士が暴力団を使って被害者たちを脅し、盗まれた警官を権力で圧力をかけ、起訴することを辞めさせた事を、和鷹マリがすっぱ抜いて報道した。
この報道で世論が騒ぎ、それを切っ掛けに、テレビ・新聞・週刊誌などのマスメディアがこぞって火礼津代議士の旧悪を調べあげ、過去の収賄・選挙違反・経歴詐称などを暴きたて、報道合戦で視聴率を競いあった。
火礼津代議士は連民党を辞めさせられ、政治生命が断たれた。
和鷹マリは一躍、正義のニュースキャスターとして人気となった……が、その後しばらくして、9時のニュースから姿を消した。
「そういや、さいきん9時のニュースで見ないからどうしたのかと思ったら、BS番組のリポーターに移動してたんだぁ……でもなんでまたBSのオカルト番組に?」
高校生にだって、地上波夜9時の報道番組とBSのマイナー番組の差ぐらいはなんとなくわかる。
「実は今、神奈川県の真樽子市にある鋸山に来ています。以前、大島の三原山周辺でUFOの目撃があり、ワイドショーなどで有名になりましたが、その時の目撃者の一人である岡崎さんに来ていただきました」
ADが何かいって、クーペで待機していた初老の男性が出てきた。
少し緊張した面持ちだ。
「どうも、よろしく……」
「岡崎さんは横浜でナイターを見た帰りに、未確認飛行物体を目撃したんですよね」
「ああ……ちょうど、ここに車を止めて休んでいる時に見たんだよ……」
岡崎が伊豆半島と大島が見えるあたりの上空を指差した。