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幽霊岬

 月間がブレーキを強く踏み、ヒョンデ・スターリアはすんでの所で急停止した。


 身体がガクンと揺さぶられた。 


「ふうぅぅぅ……危なかった……」


 シートベルトをしていたので、みな怪我はなかった。


「ちょっとぉ……まさか人をいたんじゃないでしょうね!?」


「まさか……」


 蒼太と月間は外へ出て探してみたが、人はいなかった。


「なんだったんだ、今のは……白い服を着た女がいたようだったが……」


「もしかしたら、ハクビシンか白い鹿でも見間違えたのかもしれませんよ……」


「ううむ……そうかもしれないなあ……なんか、霧のせいで冷えてきたなあ……」


 二人は車に戻り、改めて出発した。


「ヒーターつけますよ」


「ああ……」


 あのおしゃべりなマリが黙ってままなので、気になった蒼太がルームミラーを見ると、さしもの気丈なマリも驚いたようで、放心したような表情で前を見ているのが映っていた。


「さすがのマリさんも驚いて声が出ないようだな……」


「……なによ……私だって、ビックリするわよ」


「俺もだよ……まさか、昼日中に幽霊でもあるまいし……」


「そうねえ……あっ、それでいやなこと思い出しちゃった……」


「えっ……なに?」


「それがねえ……『ホワット!?㊙ミステリー』の企画会議で、神奈川県特集をするとき、UFOや海底遺跡、海童の他にもう一つ候補があったのよ……海猫岬の幽霊……」


「おいおい……海猫岬って、ここじゃないか!?」


「なんでも、数ヶ月にこのハイウェイで、こんな霧の朝に走っていた車が事故にあい、地元在住の女性が亡くなったのよ……それ以来、この岬への道にはその女の幽霊が出るって噂よ……だから、海猫岬は地元では幽霊岬と呼んでいるって話よ」


 これを聞いて、蒼太はハッと思い当たることがあった。 


 タクシーを呼びとめても、三台とも乗車拒否をされたことだ。 


「まさか、本当に……いやいや……交通事故にあった人は可哀想だけど、幽霊なんているわけがないよ……この科学全盛の時代に幽霊って……日本政府が仮想現実でコミュニティを作ろうかって言っている時代だよ? リアル・マトリックスの時代に幽霊なんて時代遅れさ」


「そうですよ……きっと、霧か木の枝、動物の見間違えですよ……ねえ、蒼太さん」


「だな、ほら、昔から言うだろ、幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってね」


「そ……そうよね……私が言うのもなんだけど、インチキやらせ番組の題材だし……この世にオカルトなんてあるわけないわ」


「そうですよ、蒼太さん……さっきのも見間違いですって」


「だな……幽霊なんて気の弱い者が見るもんだ……あはははは……」


 蒼太がルームミラーを見ると、笑い顔のマリの顔が映った。


 が、ルームミラーのはしに……何か白いものが見えた……そういえば、ヒーターをつけたはずだが、妙に肌寒い。


「……なあ……マリさんの横に誰か……」


 蒼太がなにか見間違いだろうと、車内の真ん中から後ろを振り返る。


 そこに、白い服をまとった長い髪の人物だ。


 長い髪が顔をおおって表情はわからないが、若い女のようだ。


 さすがの蒼太もぎょっと目を見張った。


 その言葉にマリも横を向くと、今、初めて気が付いたように体を横につけたまま硬直した。


 死人しびとのように白い肌の女の髪が風もないのに吹き荒れ、顔が見えた。 


 その顔は両目と口のあたりにぽっかりと黒い穴が開いていて、その闇の穴が急激に広がり、超音波のような叫びが車内に響き渡った。


「きゃああああああっ!!」


「ひええええっ!!」


 月間があわててハンドルを左に切り、蒼太が月間の足の上からブレーキを強く踏んだ。


 車は横にある路肩を乗り越え、やっと止まった。


 気が付くと、いつの間にか、霧が晴れていた。 


 車内に女の幽霊の姿はどこにもない。


「ひえええええ……まさか本物の幽霊がいるなんてぇぇ……激ヤバですよぉ!」


「ああ……良かったな、マリさん……いいネタが見つかったようだ……本物のミステリーゾーンだぜ」


「いやよ!!! 本物の幽霊はお断わりよ!!!」


 とにかく霧の晴れた後は快調に進み、森の茂みを抜けると、岬の突端にある西洋風の館が見えた。 



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