謎の高校生
切り立った崖に沿ってつくられた舗装道路を一台の車が走る。
ゴールデンウイークが過ぎて、帰省ラッシュなどで混んだ道路も閑散としている。
途中でさびれたガソリンスタンドが見えた。
ガソリンスタンドには今二人の従業員しかいない。
一人は箒で床を掃いている金髪に染めた二十代半ばの若者であり、もう一人は建物内で競馬新聞を読みふけり、頭髪の薄くなった五十代の男だ。
スタンドにあるラジオでは、AMの中年パーソナリティーの男女が取りとめない話を続けている。
「そういえば、センちゃん聞いた……大島の三原山あたりでUFOが目撃されたって、話……」
「ああ……この前のワイドショーでも見たわぁ……どうせ人工衛星か流星なんでしょ」
「いやいや……ぼかぁ、本物の宇宙人が日本を偵察にきたんじゃないかと思うんですよ……」
「またまたぁ……宇宙人だなんて、ザキさんはホントに子供っぽいことが好きですねえ」
「いやいや、真剣な話ですよ、これは……それにぼくは夏になると江ノ島によくサーフィングに行くんですが、そこの知り合いの話によると、神奈川には昔から宇宙人のようなUMAがいてですねえ……」
掃除を終えた若者がガラス越しに寄っていった。
「おやっさん、あれ見てくださいよ……左ハンドルですよ……外車ですよ、外車」
競馬新聞に赤鉛筆で熱心にチェックしていた老人が顔をあげ、
「おお……ありゃ、この辺じゃ珍しい高級車だな……イギリスのアストンマーティンじゃねえか」
「くわしいですね、三宅のおやっさん」
「タケは知らねえかな……イギリスの映画で有名だぜ」
「イギリス映画?」
「ジェームズ・ボンド……007(ダブル・オー・セブン)は殺しの番号だよ」
「ああ……デートで横浜の映画館で見たことありますよ……六代目ボンドのダニエル・クレイグ良かったなあ……おやっさんの推しのボンドは世代的に初代のショーン・コネリーですか?」
「コネリーももちろんいい……だが、俺はロジャー・ムーア推しだなあ……なんてったってガキの頃、来日したムーアを空港で見た事があるんだ……ハナタレの俺にも手を振ってくれたからなあ……それ以来のファンよ」
「へ~~…外国人スターを見るなんてすごいですねえ……俺なんて日本の芸能人も見たことがないですよ……そういや、アコは京都でジャニーズの誰だったかを見たとか言ってたなぁ……」
「以前、スタンドにも来たあの子か……で、アコちゃんとはうまくやってんのか?」
タケと呼ばれた若者はしょんぼりとうつむき、
「いやそれが……別れました……どうにも性格が会わなくて……価値観ってのが、違うんでしょうねえ……」
「お、おう……まあ、もっといい出会いもあるだろうさ……それより仕事だ」
スタンドに英国車が入ってきて、給油機の横にとめた。
左ドアが開き中から英国紳士が悠然と出てきた……と、思いきや、詰襟の学生服をきた高校生くらいの少年だった。
そのあまりのミスマッチさにスタンド従業員は目を見開いた。
「おやっさん、あいつ、高校生くらいの若造ですよ!!」
「ああ……いや、今年18歳で免許をとったばかりなのかもしれねえぞ」
「だけど、あんな高い外車に乗ってんのは変ですよ…………金持ちのボンボンにしちゃあ、着ている服が安っぽい学生服だ……盗難車かもしんねえ……俺が様子を見てきます」
「おい、よせって……」
「盗んだ奴なら、俺の問いに挙動不審になるはずです……そしたら、すぐに警察に電話してくださよ、おやっさん」
「うむ……」
三宅は建物内にある非常電話に視線をおくり、その間にタケは英国車から出てきた学生服の若者ににこやかにあいさつした。
「やあ……きみ、ずいぶんと若いようだが、免許証はあるのかな?」
学生が振り向いた。
黒髪黒瞳で高校生の平均身長の体つきだが、スポーツでもしているのか細マッチョな肉体を持つ若者で、笑顔がさわやかだった。
「あ、はい……ありますよ……それよりも、あなたが竹林毅さんですか?」
名前をいい当てられたスタンド従業員はぎょっとした。
「なんで、俺の名前を……知って……」
竹林毅が思わずうろたえ、挙動不審にあちこちを見た。
「お婆ちゃん、毅さんがいますよ!!」
若者が後部座席のドアを開いて大声でよんだ。
椅子に腰かけた老婆はスヤスヤとん眠り込んでいた。
「ば、ばあちゃん……信州のばあちゃんじゃねえか!! なんでこんな所に!?」
竹林毅が老女を揺り起こす。
「んあぁぁ……おや、毅じゃないか!」
「ばあちゃん、なんでここへ?」
「ああ……お前が心配でねえ……毅は学生時代に悪さして高校を中退しただろ……三度目の就職先でうまくいっているかどうか、心配で心配でねえ」
「ちょっ……こんな所でやめてくれよぉ……ばあちゃん」
赤くなる孫を見て、老女は目を細めて口をすぼめた。
そこへいつの間にか三宅がやって来ていた。
「おばあさん……毅くんは、真面目に働いてくれてますよ……あっ、私は同僚の三宅といいます」
「そうですか……三宅さん、ありがとうね……ありがとうね……これからも毅をよろしくね」
「もちろんです」
「だけど、ばあちゃん、どうしてここへ?」
「ああ……横浜駅から出て、乗り換えのバスが分からなくて困っていた所を……この人が声をかけてくれて、孫の働き場所まで車で送ってくれたんだよ……本当にありがとうねえ……えっと、開運さんだったかい?」
「海雲寺……海雲寺蒼太っていいます」
「ありがとう、海雲寺くん……赤の他人のばあちゃんを助けてくれてありがとう……きみって、いい奴だなあ……」
「いえいえ……ついでに満タンでお願いします」
「おう、まかせとけ!」
毅は顔をくしゃくしゃにして、蒼太の両手をにぎり、車の給油作業をはじめた。
「見ててくれよ、ばあちゃん……俺の仕事ぶりをさ!! ガソリンスタンドは火気厳禁だから、この器具をさわって、静電気を消すんだぜ」
「おお……おお……タケ坊が立派になって……」
その間に海雲寺蒼太はスタンドの建物に設置された自動販売機で缶コーラを買った。
そこへ三宅がやってきて、
「いやあ、俺からも礼をいうよ……タケの婆さんを助けてくれてありがとう」
「いやあ……たまたま、行き先の途中に毅さんの勤め先があったもので、ついでに……ね」
「……さいきんは困った人を見かけても見て見ぬふりをして通り過ぎるのが当たり前……そんな人情紙風船の時代にきみは立派だよ」
「立派だなんて照れちゃいます……」
「真の男ってのはな、腕っぷしが強いとか、女の子にもてるとかいうんじゃねえ……困っている他人に優しくできる奴のことをいうんだ……きみは真の男って奴だな」
三宅が感慨深げに蒼太をみてうなずく。
「そんなにほめないでくださいよ……たまたまですって……それよりも、この先に真樽子漁港があるんですよね?」
「ああ……二十数キロ先でつく……用事かい?」
「ええ……勤め先の使い走りで真樽子漁港の先、海猫岬まで、ね」
「ほお……社用で……御苦労なことだ……きみは出世しそうだ」
「あははは……よして下さいよ。それにいまどき男だの女だのってこだわっていると、ジェンダー差別だって言われますよ」
「すでに娘どもにジェンダー差別だって、逆差別されているよ……俺は昭和生まれだから、『男』ってものにこだわりがあるのさ……幻想も含まれるがね」
「男、ですか……」
海雲寺蒼太となのった学生服の少年はスタンドで別れを告げて西へ向かった。
毅がウインドゥも拭いてくれて遠景がよく見える。
トンネルを抜けると、バックミラーに黒塗りの高級セダンが見えた。
ドイツ製のBMWで全面のウィンドウに濃いスモークが装着されていた……もちろん違法だ。
「ありゃあ、G70か……スモークで乗り手が見えねえ……反社のお偉いさんかな?」
BMWがアストンマーティンのすぐ後ろに迫って幅寄せしてきた。
車間距離すれすれである。
「おいおい……はやりのアオリ運転じゃねえだろうな?」
人間は車を運転すると、気が大きくなり、自分の思い通りにならないと些細な事で感情が爆発して、攻撃的になることがある。
いわゆる「ハンドルをにぎると性格が豹変する」という奴だ。
「しかも相手がヤー公とは……冗談じゃないぜ」
蒼太がうんざりした表情で溜息をつく。
だが、BMWは急にスピードを緩め、車間距離をとった。
「気のせいか?」
その時、彼は首筋に冷たいものを感じ、身体を固くさせた。
同時に車体に衝撃が起こった。
後続車が後部に追突させたのだ。
「てめえ……Eスーツのお陰でむち打ち症は免れたが……ロード・レイジとはやってくれるじゃねえか!! ドライブレコーダーで証拠は撮ってあんぞ!!!」
そのとき、車載のテレビ電話が鳴った。
スイッチを入れると、ハンドル横にあるモニターに軍服を着た人物が映った。
「取り込み中になんだ……げっ!? お前は……」
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