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たたら製鉄と一つ目たたら師

 パチリパチリ、炭のはじける音が木霊する。ごうごうと音を上げるそのたたらは業火と呼ぶにふさわしい火を噴きあげていた。


 年に数回行われるたたら製鉄の儀式を私は執り行っていた。

 周囲は既に暗くなりそこはただ煌々と光り輝く炉の口が開いている。いや、周囲は明るいのかもしれない。しかし私の右目には暗闇の中でただ一点の炎だけが煌びやかに映るだけだった。

 とっくの昔に失明に片足を踏み入れてしまっている私の右目は炎の燭しか見えなくなってしまっているからだ。たたら製鉄に生きるものの代償というべき盲目の魔の手はもう間近である。しかしそれは花火のように短く、人生最高の輝きを放つ、一人前のたたら師に至った証であった。一人前のたたら師として瞬刻の誉れを受けたこの目はあと数度の製鉄をすれば光を失い失明をするだろう。これはたたら師の運命である。師匠や、その師匠もそうして一人前のたたら師となって朽ち果てた。

 不思議と右目を失う恐怖は感じない。ただ目の前の火だけが私の心を満たしていた。天から与えられた天職として最高の仕事をする事だけに集中する今、一つ目になる事は寧ろ渇望となっているのかもしれない。あるいは孤独な暗闇に浮かぶ灯火を前に一種の精神的な領域に領域に突入したのかもしれない。いや、それともたたら師としての高みに近づきつつある高揚感か。


 炎の上げる音、炭が灰になる時間、鉄が燃える光、すべてが心の雑念を打ち消し、ただ延々と炎を見つめる自分がそこにいた。

 今やたたら場と炎は自分と一体である。今この瞬間も煌めく炎がより一層の激しい輝きを見せるなら鞴を緩め、勢いを失えば鞴を激しくするように声を出さなければならない。これがたたら師としての仕事だ。


 たたら場には大詰めを迎える空気が漂っていた。一度火を付けたなら数日は消すことを許されない炉はもう七日と七晩燃え続けていた。あと数刻もすれば製鉄は終わりを迎え、炉は私の人生の結晶である鉄を吐き出す。その瞬間を今や今かと待ちわびている。


 一刻、二刻と時間は過ぎてゆく。そしてその瞬間は来た。

 たたらの窯は口を開き灼熱の色をした鉄が流れ出る。私はその窯の前で急速に勢いを失う炎を左目で見た。メラメラと燃え上がる火はまだ眩しく左目が生きている事を実感させる。そして同時に明かりと失い暗闇の広がる右目が失明に向かっている事実を伝える。


 流れ出た鉄を見ながら、自分の肌を伝う冷や汗に私は気が付かなかったのだった。

たたら製鉄では高温により高輝度になった鉄や火で網膜を痛めやすいそうです。そうでなくとも火の粉などで失明しやすいたたら師は一つ目小僧の起源の一つとされているそうです。またたたらを踏む事は足腰への負担が非常に大きく腰や足を早々に痛める事にも繋がり、失明と合わせて一つ目一つ足などとも言われたと聞きます。

そんなリスクの中で火に向き合った彼らには一種の哲学じみたものを持っていたのではないかと感じ、それを言語化できなかと考え書きました。

ふいごを踏む描写はまぁいいや。

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