#02
気がつくと、僕は和明の部屋に立っていた。
「あれ?いつの間に和明の家に行ったんだっけ」
僕はそう呟く。
おかしいなぁ……。さっきまでは確かに僕は自分の部屋にいたはずなのに。
「そんな訳ないだろうが」
そう声が聞こえたかと思うと、目の前の虚空から一体のアバターが現れた。
「ここは「VRtalkの中の」俺の部屋だ」
そう言ってこちらを見るそのアバターに、僕は心当たりがあった。
というか、ありすぎる。なにせ……
「流石に現実そのまますぎない? 和明」
そう、目の前にいるのは和明だ。
ついさっきまで僕の隣にいたのに、いつの間にか自分の家に帰っていたらしい。
やっぱりいくら隣とはいえ早すぎじゃね……?
「まぁな。あまり現実離れしたアバターは俺の好みじゃないし、そもそも梓が俺の彼女役になるなら、全くの別人よりも俺の方がやりやすいだろ?」
たしかに言われてみればそうかもしれない。
「全く知らない誰か」よりも、「幼馴染として信頼のおける親友」の方が接しやすいだろう。
和明なりにいろいろ考えてくれてるんだ。
そう思うと、なんだか大切にされてる気がして気分がいい。
僕は和明の彼女役になるんだから、これぐらいの気づかいはしてもらわないとね。あれ?でもそれってそもそもの原因は和明じゃ……。
……それはそうと、
「でも現実よりもちょっとイケメンじゃない?」
「それは仕方ないだろ。流石に全部そのまま再現は厳しいし、少しは変えておかないと現実で顔バレするかもしれないからな」
「あーね?
ちなみに、この世界の部屋が現実の部屋と全く同じなのも、和明の趣味なの?
……それってVRの意味ある……?」
そう。VRの没入感が凄すぎて最初は現実の部屋だと錯覚するほど精巧に出来た部屋。
それなら現実でもいいんじゃ……
僕はふとそう思うも、それは和明に否定される。
「意味は大いにあるぞ?例えば、こうやってな……」
そう言いながら和明がなにかの操作をする。
すると、空中に沢山のウィンドウがあらわれた。
「すごい……! こんなこともできるんだ……!」
僕は素直に感銘を受けた。
僕もパソコンを使って作業することはそれなりにあるんだけど、モニター1枚では流石に限界があって、ちょっともどかしく感じることもあったのだ。
和明にそれを言うと、正解と言わんばかりに言葉を続ける。
「この状態なら一度にいろいろな作業ができるからな。それにここならスペースを気にしなくても良いし、現実でモニターを何枚も買うより圧倒的に安上がりだ」
「部屋が現実と同じなのは……単純に俺が慣れないからだな。まぁ現実の俺の部屋が俺が1番使いやすい配置にしてるからってのもあると思うが」
たしかに和明の部屋は機能性が高く物が効率よく配置されていて、スッキリとしていながらもなんだか心地よい。
「……前に1度ガラッと模様替えをしてみたんだが、なんか落ち着かなくて結局すぐに戻したことがあってな。データがあればすぐに戻せるVRで良かったよ」
「なるほどね」
そう言って僕は和明の部屋を見渡す。
いくつかの小物がなかったり少し違ったりする以外は、見事なまでに現実の和明の部屋と同じ。
少なくとも週に1度は遊びに行く僕が言うのだから間違いない。
「和明、これどうやったら動くの?」
「手元のスティックを倒せば移動ができる……そうそうそんな感じだ」
僕は和明の部屋の中を動き回る。
最初は操作に慣れなくて右往左往していたけど、コツを掴んでからはすぐに慣れた。
自分で自分じゃない自分を動かす。
それがすごく面白く感じる。
「和明、これ楽しいね!」
そう言って僕は無邪気に満面の笑みを浮かべた。
「……和明?」
なんだか和明の様子が変なのだ。僕が和明に近寄ると、なぜか和明は露骨に目を逸らす。
「なんで目を逸らすの?そんなに僕変?」
僕は更に和明との距離を縮める。
「あーもうっ!あのな、お前が可愛すぎるんだよ!
1回自分の姿見てみろっ」
そう言って和明は虚空から姿見を取り出すと僕の前に置いた。
僕は鏡を覗き込む。
そこには美少女がいた。
「えっ!?嘘っ……!?これが、僕……!?」
くりくりとしてぱっちりと開いた大きな目、整った顔立ち、さらさらとした黒髪、小柄で華奢な身体に控えめだけどたしかにある胸。
鏡に映る儚げな少女に、僕の心は一瞬で奪われた。
僕が動くと、鏡に映る美少女もう動く
つまり、鏡に映るこの美少女は僕なのだ。
僕は鏡から目が離せなかった。
「どうだ?かわいいだろう?俺的には最高傑作なんだが、感想を聞きたい」
「うん……すごくかわいい……」
「だろう?頑張って作った甲斐があったよ」
「……というかこの子、なんかちょっと僕に似てない……?」
「よく気づいたな。このアバターは「もし梓が女の子だったら」をコンセプトにして作ったんだ。
前々から梓はかわいいと思ってからな」
「!」
「嬉しい」不意に思ったその感情を僕は否定する。
たしかに僕は小柄で華奢だけど、それでも男だ。
だからかわいいと言われても別に嬉しくない。……その筈なのに。
美少女になったからなのかな……?……今はそれほど嫌に感じなかった。
「ところで時間大丈夫か?
大槻家はそろそろ夕飯の時間だった筈だが」
そう言われた僕は時計を確認する。
18時26分!?そんなに時間経ってたの!?もうすぐにご飯の時間じゃん!
「ごめん和明、一旦落ちるね。またあとで」
「あぁ。20時ぐらいになったらまた入ってきてくれ」
「わかった。じゃあ、また後で」
僕がログアウトの操作をすると、徐々に視界が黒く染まっていく。
「――――……」
接続が切れる瞬間、和明が小声でなにか言っていたような気がした。聞き取れなかったけど、なんて言ってたんだろう……。
◇
VRゴーグルを外して電源を切ると、すぐに夕ご飯の時間になった。
「ご飯だよ〜」
お母さんが僕を呼んでいる。
「すぐ行くー」
そう返事をして部屋を出る頃には、僕はこのことをすっかり忘れてしまっていた。