#01 はじまりの日
「俺と付き合ってくれないか?」
なんてことのない、ありきたりな日の昼休みは、屋上の一角でお弁当を広げる僕の隣で、惣菜パンを頬張っていた親友の放った一言によって崩れ去った。
どうしよう……親友がついに壊れたみたい。
僕の名前は大槻梓。女の子っぽい名前をしてるけど、普通に男子だ。
そして隣でおかしなことを口走ったのが僕の幼馴染にして親友の吉田和明。幼稚園の頃からずっと一緒で、なんと家も隣。
ちなみにだけど、和明も勿論男。
え……?じゃあそれってつまり……。
「和明、お前……ゲイだったのか……」
「ん!?いやいやそうじゃないんだ。さっきは言い方が悪かったな」
「まぁまぁ、僕はLGBTQやSOGIにも理解がある方だと思うよ?……でもごめんね僕はノーマルなんだ」
「っ!……違うって言ってるだろうが」
和明はそう言いながら何やらスマホを操作すると、画面を僕に見せてくる。
「これなんだが……」
「あっ、これ知ってる。「VRtalk」だっけ?」
「VRtalk」は、VR空間上で世界中のユーザーとコミュニケーションを楽しめるサービスで、2025年現在世界で最も接続者の多いVR仮想空間らしい。
「そうだ。実はな、最近VR機器を買ってみたからやってみたんだが、これが結構楽しくてな?」
「それとさっきの話となんの関係が?」
「VRtalk内でフレンドさんと話してた時につい、
リアル彼女いるって言ってしまったんだ……」
「えぇ……」
ちなみに和明は彼女いない歴=年齢だ。
結構イケメンだし、もっとモテてもいいと思うんだけど。
「それでな……今度「VRtalk」に連れて来るって約束しちゃったんだよ……」
「お前何してんの」
「意地とプライドで引くに引けなかった」
「はぁ、なるほどね……。それで僕に彼女役をしてくれないかと、さっきの話はそういう訳なんだね?」
なんだそれ。和明には悪いけど、今回ばかりは……
「勿論タダでとは言わないぞ。……前からVR機器欲しいって言ってただろう?」
「うん。そうだけど……まさか!?」
「俺が買ってやろう!!だから頼む!!」
そう言いながら和明は頭を下げてくる。
VR機器はここ数年でだいぶ普及してきたとはいえ、まだまだ高価。1番安いやつでも余裕で渋沢さんが飛んでいく。
正直言ってVR機器がタダで手に入るというのはとても魅力的だ。それでも……
「けど、僕男だよ?いいの?」
「あぁ。というか梓のその声ならちょっと練習すれば十分女子に聞こえるはずだ。それに、こんなこと親友のお前じゃなきゃ頼めないからな。」
ぐぬぬ……たしかに僕の声は、場合によっては女子と間違われるぐらいには高め。抑揚とかにさえ気をつければ、普通に女の子の声になるだろう。一応声変わりは終わってるはずなんだけどなぁ……。
「わかった。じゃあそれで交渉成立だね」
僕たちは立ち上がると握手を交わす。
直ぐに予鈴が鳴ったので、僕たちは教室に戻る。
5、6限の授業をどこか浮ついた気持ちで受け、SHRが終わるとすぐに僕たちはすぐに教室を出る。
ちなみに帰る時も和明と一緒だ。家が隣だから、寄り道でもしない限りどうせ同じ道順になる。
それなら一緒に話しながら帰った方が楽しいじゃん?
家の前に着くと僕たちは一旦別れ、それぞれの家に入る。
僕が制服を脱いで普段着に着替えていると、
\ピンポーン/
家のインターホンが鳴る。
カメラに映るのは私服に着替えた和明。
……あいつ着替えるの早すぎじゃね……?
階段をおりて玄関まで行くとドアを開ける。
和明の脇には大きな袋が置いてあり、その中に大きい箱のようなものが入っていた。
「まさか!?」
「早速例の物を持ってきたぞ?」
「早過ぎない!?」
「実は昨日の夜にお急ぎ便で注文してた」
手際いいなぁ……ん?
「それって僕がいいよって言わなかったらどうするつもりだったの……?」
「あー……正直考えてなかった。梓ならきっといいって言ってくれると思って」
そう言って苦笑する和明。
今更だけど、僕はこれから和明の彼女役になるのだ。そう考えると今の僕なら〜のところは個人的に結構ポイント高い。
「入ってもいいか?」
和明のそのひと言でこの場がまだ玄関だったことを思い出す。
「うん。上がって?」
僕がそう言うと、和明は慣れた様子で家の中に入ってきた。
まぁ年に50日ぐらいは来てるし、もう慣れたんだろう。僕だって和明の家の構造は物置や床下収納の位置まで把握してる。
和明は先に僕の部屋まで行き、僕は2人分の飲み物を持って部屋へと戻る。これがだいたいいつもの流れ。ちなみに和明の家に行く時は配役も逆だ。
ジュースを飲みながら少し雑談したあと、僕は遂に本命の箱へと手を伸ばす。和明がすごく得意げな顔をしているけど何かあるのかな。
「え待ってすごっ」
袋から出てきたのは、「指先の動きまで正確にトラッキング!」と謳う文句のフルトラッキングが出来るVR機器。欲しくなって調べてたからスペックは大体知ってるけど、たしかディスプレイも片目だけで4K。音響にもこだわっているらしい。
お値段はたしか渋沢さんが13人……
「って、高級すぎてこんなの貰えないよ!?」
僕はそう言いながら和明の方に箱を押し返す。
「いや、これはいわば報酬だ。だから受け取ってくれ」
そう言って和明は僕の方に箱を押し戻す。
そんなやり取りを数回繰り返した後、最終的には僕の方が折れた。
「そういえば梓、来月誕生日だったよな?それならこれが少し早めの誕生日プレゼントだと思ってくれ。それとも、俺が買ってきたのじゃ嫌か?嫌じゃないなら貰ってくれ」
なんて言われたら断りづらい。
「……わかったよ。これはありがたく貰っておくね」
僕は箱を手元に持ってくると、慎重に開封をする。
……もし僕のせいで壊してしまったら折角買ってくれた和明に申し訳ないよね。大切に使おう。
箱の中身を取り出して説明書を読みながら組み立てや初期設定を行っていく。
「そういえばVR環境の快適さってパソコンの性能に依存するんじゃなかったっけ」
「それなら問題ない。というか俺が半年ぐらい前に30万円かけて自作した超高性能PCあげただろ?」
そう。半年前に僕がポロッとパソコンが欲しいなぁって言ったらいつの間にか和明が作っててくれたのだ。僕は機械系の知識に疎いから、正直すごく助かった。
和明が作ってくれたパソコンはもの凄くサクサク動いてくれてるから、今のところ何も不便には感じない。スペックはたぶんメモリが128GBに第15世代のi9、RTX5070tiって言ってた気がする。
「……ん?あれって15万円だったんじゃないの!?」
「あー、まぁ細かいことは気にするな!」
「気にするよ!倍額じゃないか!」
僕は追加でお金を支払おうとするも、和明に「俺が勝手にやっただけだから」と止められる。パソコンの件といい、今回のVR機器といい、和明にはなにかと貰ってばかり。
忘れかけてたけど今回のこれはあくまで僕が和明の彼女役になることに対しての報酬だ。……和明にお返しをする意味でも、ちゃんと彼女になりきらなきゃね。
「そもそもそんなお金一体どこから出てくるのさ……」
「バイトと、あとはVRアバターやそれ用の服とかを売って稼いでるな。依頼を受けて1からオリジナルのアバターを創ることもあるぞ?」
どうやら僕の知らないところで和明はいろんなことをやっているらしい。
……ほとんど毎日会ってるんだから僕に話してくれたっていいのに。
「それは悪かったよ。ただ、VR機器が欲しいって言ってた梓の前でVR関連の話をするのは嫌味っぽく聞こえるかもしれないだろ……?」
そう言ってバツの悪そうな顔をする和明。
まぁそういうことなら仕方ない。
「まぁまぁ。お詫びとして梓専用のアバターを創ってきたから、それで許してくれ」
「僕、専用……!?」
専用。つまり世界で1人。
僕だけしか使えないアバター。
そのことになんだかすごくワクワクする。
「それはどんなアバターなの?まぁ彼女役ってことだからきっと女の子のアバターなんだろうけど」
「どんなアバターかは、中に入って見てからのお楽しみだ。ただまぁこれだけ言っておくと、めちゃくちゃかわいい」
その「めちゃくちゃかわいい女の子」に今から僕がなるって考えると、なんだかドキドキしてくる。
そうこうしている間に初期設定が終わったようだ。
僕は和明の手も借りながらなんとかゴーグルを被るとリモコンと一体になっている手首のデバイスをつける。
PCデスク前のゲーミングチェアに座ると体制を整え、僕は「VRtalk」を起動しながら叫んだ。
「リンクスタート!」